085 朝宮美月は花火の下で……
やっぱり太一くんの手って大きくて、太くて、暖かい。
この手が星斗の球を受け止めているのだなと感じる。
野球部主将として、アリアちゃんの兄として……、安心できる力で私の手をしっかり握ってくれている。
今日、私は太一くんに告白しようと思っている。
彼に好きだって伝えたい。
この機会を逃すと太一くんは野球部でまた忙しくなって……いつになってもお付き合いすることできない。
お付き合いもそうだけど、もういろいろ我慢できない。
抱き合いたいし、いっぱいキスもしたいし。夜のことだっていろいろしたい。
もう我慢の限界。家に来てくれるんだったらそのまま抱き倒してよ!
表向きは清純なフリをしているので多分バレてないと思う。
「美月」
「ん、どうかした?」
「あれは兄としてどう接してあげるべきなのだろうな」
今いる場所はちょっと高台になっているため、低い場所の一面を見ることができる。
太一くんの指さす先、それは星斗と浅田くんに両手を引っ張られたアリアちゃんだった。
「あの3人、何やってんだろう……」
「アリアの奴は女友達と見に行くって行ってたし、悠宇もクラスの連中と行くと聞いていた」
「せーくんも同い年の友達と行くって言ってたのになぁ」
危険はないから放っておくしかないだろう。
2人の男の子に引っ張られたアリアちゃんは楽しそうな顔をしている。
何だか、少女漫画の主人公みたい……。主人公にしては美人すぎるけど……。
「お兄ちゃんはアリアちゃんの相手としてどっちがいいですか?」
インタビューするかのように太一くんに聞いてみる。
太一くんは笑みを浮かべた。
「どっちもどっちだな。とりあえず、アリアを欲しければ俺に勝て、それだけだ」
「それは一生無理じゃないかな~」
そこは冗談として、次第に3人は私達の視界から消えていった。
さて、歩こう。
……でもこれだけは聞いておこうかな。
「ねぇ……太一くん」
「なんだ?」
花火大会の観衆達と一緒に一定の速度で歩いて行く。
はぐれないように手だけは繋いだままだ。
「4年生の時のこと……覚えてる」
「……あの時も一緒だったな」
実を言うと太一くんと花火を見に行ったのは4歳の時から12年ぶりではない。
小学4年生の時に一緒に花火を見ているのだ。
「あの時は本当に偶然だったな」
当時、私の友達グループと太一くんの友達グループが偶然祭りの所で出会って、会話を始めたんだよね。
私の友達と太一くんの友達が幼馴染で仲良くて……そのまま一緒に見ようって話になったの。
お互い5人グループで混ざりあって……。久しぶりに太一くんと話せる……そう思った。
「でも、話せなかったよな……」
「話せなかったね」
ちょうど4年生って異性を意識してしまう時期だったから、照れちゃったんだよね。
それに仲良しの幼馴染の男の子と女の子が仲睦まじく話をしていたから、同じ幼馴染のはずの私と太一くんが距離を見せつけられる感じだった。
「あの時勇気を出せばよかった」
「私も……何で勇気出せなかったんだろう」
だけど、その別れがあったからこうやってまた出会えた。
もし、4年生の時に再び出会っていたら……今みたいな仲になってたのかな。
……今ほど大好きになってなかったんじゃないかなって思うよ。
「美月」
「太一くん」
「4年生の時に見た花火スポットで見ようか」
「うん!」
こうやって言葉を出さなくても通じ合えている。
今の関係がとても好きです。
◇◇◇
まるで秘密基地を見つけるように木々を抜けていく。
4年生の時は木々の間を抜けていくのは苦じゃなかったのに、私達は大きくなったんだねと感じてしまう。
苦労しながらも記憶をたどり、その道を追っていく。
太一くんの握ってくれる手が暖かくて、嬉しくて……早くこの想いを伝えたいなと感じる。
ようやく狭い道を抜けて、花火の見える高台に到着した。
「やはりここも人が多いな」
「4年生の時は少なかったのにね」
5,6年も経てば人が人を呼び、良いスポットして認知されてしまうようだ。
人が多くても見上げれば真っ暗な空が見える。
遮蔽物もないため、花火を見るだけで言えば100点満点だろう。
そうする内に一発目の花火が打ち上がる。
夜空に真っ赤に広がる光の花は皆の視線を釘付けにする。
当然、私も太一くんも見上げた。
「12年、毎年見ているから飽きるかと思ってたけど……やっぱ花火はいいよなぁ」
「うん、12年……毎年欠かさず見てたねぇ」
12年間、同じ場所で花火を見ていたのにこうやって手を握り合って見るのは12年ぶりなんだよね。
近くて遠かったよ。
「きゃっ」
続々と打ち上げられる花火に感銘を受けたのか、まわりの人々が興奮し、その場で体を動かしている。
そこまで人の人の間にスペースがないので私は隣の人の体にぶつかってよろめいてしまう。
「大丈夫か」
それを見逃さず、太一くんは私を受け止めてくれた。
やっぱり優しいなぁ。
アリアちゃんの男性の好みが確かいつも側にいてくれて、困った時はすぐに助けに来てくれてる男性だっけ。
……その気持ちすごく分かるよ。
「た、太一くん?」
受け止めてくると思ったら、そのまま太一くんの体に抱え込まれてしまった件。
あれ……これって抱きしめられている?
「こ、これならぶつかる心配もないだろ」
太一くんも顔を紅くしてる? かわいい。
この力強い抱きしめは駄目。太一くんの胸板を感じ、興奮してしまう。
「はぁ……大胸筋、いい……」
「花火見ないのか?」
はっ! しまった。
最高品質の大胸筋に見惚れてしまった。
でも仕方ないじゃない。こんなに強く抱きしめられたらクラクラしちゃうよ。
太一くんは優しく……髪を撫でてくれる。
「花火見ないの……?」
「美月の方が綺麗だから」
ああ、そんなこと言われたら顔がまた真っ赤になっちゃう。
私、赤面症なの! 駄目だよ!
そんなに強く好意をぶつけられたら私は……我慢できなくなってしまう。
「私ね……ずっと太一くんのことね」
「え?」
最後の大きな花火が続々と打ち上げられ、音の大きさは増していく。
今言っちゃ駄目! 花火大会が終わってから……終わってから。
太一くんに告白するって決めていたのに……
あなたが愛おしいせいで……。
「世界の誰よりも大好きだよ」
私の渾身の好きは特大の花火の音と一緒に被さってしまったのだ……。
聞こえたかな?
聞こえてるといいな。
太一くんは花火が打ち終わり、再び真っ暗な夜空になっても……私をじっと見つめてくる。
反応がなくて怖い。
聞こえた? 聞こえてない? 好意を寄せられても困る? どれなの!?
太一くんの唇がゆっくりと動いた。
「……すまん、花火の音が」
や、やっぱぁそうだよねぇ……。
◇◇◇
私と太一くんは談笑しながら帰路につく。
何かのトラブルで告白失敗したら、帰り道でって考えていたけど、駄目だね……。
全力を使い尽くしてしまって……もうそんな気持ちにならない。
何で我慢しなかったんだろ……。花火の間に告白したって聞こえるわけないじゃない。
「じゃあな、美月」
「うん、また」
てっきり私の家に寄ってくるかなと思ったけど、太一くん足早と帰るようだ。
明日も野球練習だから仕方ないよね。
好きな人の背中を見つめて……私は大きなため息をついて立ち尽くした。
◇◇◇
「世界の誰よりも大好きだよ」
くっそ……油断すると顔がにやけそうでやばい。
俺は美月を家に送った後、有栖院屋敷に帰る道でずっと花火大会のことを思い出していた。
「ごめんな……美月」
聞こえていたんだ。
美月の告白は全部聞こえていた。
多分、一ヶ月前なら問答無用でOKで、俺も大好きだったと告白していただろう。
でも……あの夏の大会、夏のバカンス……そして今日一緒に過ごして思ったことが1つある。
この恋はきっとお家問題という障害があるだろう。
だから本当はこの恋を保留のまま……大人になって解決した方がいいのかもしれない。
でも、無理なんだ。
俺、美月のこと好きすぎるんだ。誰よりも好きだから。
お家問題とかもうどうでもいいんだ。美月に好きって言いたい。
これはちっぽけだけど、大事な男のプライドだ。
だから告白は……。
「美月への告白は……俺からするんだ」
告られるのではなく、俺から告る。
もう決めた。