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082 先手取られる

 夏のバカンスも終え、夏休みもあと10日ほどで終わろうとしていた。


 バカンスからあっと言う間だったと思う。

 というのも野球部の練習が非常に忙しくて、考えている暇がない。


 麗華お嬢様が立ち上げたプロジェクトチームのおかげで、野球部は急成長をとげている。

 神月夜(かみつくよ)学園、弱小野球部をわずか1年で甲子園優勝レベルに持って行くというふざけた名目で海外から優秀なトレーナーを呼び出して、俺達野球部員の体を最適化していく。

 最新のテクノロジー、栄養バランス、指導、教育その他で俺達の意思とは裏腹に強化されていく。


 始めは反発もあったが、有栖院麗華に刃向かえる人間がいるわけがない。

 我慢しつつも最適化された猛練習に皆、耐えていた。


 勝つために最善を尽くすのは当然だが……やりすぎだ。

 予算は麗華お嬢様のお小遣い、数十億。

 冗談のように聞こえるがあの女はマジでそれぐらいのカネを余裕で出せるのだ。

 あの女、いろんな会社を経営しているからな……。天才なんだよ、あの女も。

 それにその金は名家有栖院グループの総資産を考えればはした金らしい。


 あくまで野球部に所属している生徒だけで野球留学生だらけの名門校に勝つのが目的らしい。

 これはお嬢様の気まぐれと暇つぶしであり、成功したらまたお嬢様の株は上がってしまうことだろう。

 秋の大会でどうなるか……楽しみだと麗華お嬢は笑う。


 そんなこともあり、夏休みの休養日はわずか残り1日しかなかった。

 この1日で美月を呼び出してしっかりと交際を申し込みたい所だ。


 夏の大会、バカンスを経て、美月との距離はさらに縮んだ。

 もう普通に肉体接触しているからゼロみたいなものなのかもしれない。


「何かないか……絶対的なシチェーションで想いを伝える場を……」


「兄様、アリアです。今、よろしいですか?」


 俺の部屋をノックし、アリアが外から一声かけてくる。


「ああ、入ってこい」

「失礼しますね」


 上品に礼をしアリアは俺の部屋に入ってきた。

 最近成長し、顔つき、体付きが少しずつ大人になっているような気がする。


「兄様はこの街の夏祭り、花火大会について知っていますか?」

「ああ、おまえは知らないと思うが、この地方の名物だぞ。有栖院も金出してるからな」

「そうだったのですね」


 例年、8月末に行われる花火大会。

 その近くの神社や公園で祭りが開催され、縁日となる。

 この地方に住んでいたら当たり前に参加しているものだ。俺も毎年、男友達と当たり前のように参加している。

 今年も野球部の面々で行こうという話になっている。


「兄様は美月先輩と二人きりで遊びに行かれるのですよね」


「ん?」


「花火を見ながら手を寄せ合い、愛を語る。いいではありませんか。ロマンチックです」

「それだ!!」


 灯台下暗し。

 何でその発想に至らなかったんだ。

 くっそ、花火大会なんて当たり前過ぎて……全然考えてなかった。


「花火大会で盛って、行きすぎる所まで行かないようにしてくださいね」

「どのくらいがセーフラインだと思う?」


「うーん、やっぱり夜空をバックにキスとか……、男女ほどけた浴衣のまま体と体を寄せ合うとか……憧れますね」

「分かった。悠宇と星斗に伝えておく。妹は思春期中と」

「ぜぜぜぜ、絶対やめてくださいね!」


 言われて困るなら言うなよ……。

 まぁ、キスはどうだろうな……。付き合うのがOKなら抱き合うくらいならギリギリ許されるだろ。


「……それにしても何で悠宇様とせーくんなんです?」

「ビーチの時、悠宇と星斗と一緒にいただろう。あの二人にアリアって呼ばせて姫プレイしてるのかと思ったが」

「最近の兄様アリアに対して……失礼だと思います」


 妹なんて兄からすればおもちゃみたいものだ。

 だが、これ以上言うと噛みつかれて手負いになるのでこのあたりで止めておこう。


「それでどうなんだ?」

「そもそも、悠宇様がアリアを誘うことなんてないし、せーくんも同様でしょう。アリアは女友達と行ってきます」

「ふーん、そうか」


 あの2人のアリアを見る視線は変わった気がするんだよな。

 悠宇はアリアちゃんって照れなく話すようになったし、星斗も憎まれ口を叩きつつも以前よりも言動は優しくなったし、アリアに自身から声をかけるようになっている。

 だがこのチャンスでアリアを誘わないとはまだまだだな。妹と交際したいなら俺より強くなければ許さん。


 祭りの会場の公園や神社の話や花火の見やすいスポットを伝えて、アリアは部屋を出て行った。

 夏祭りは男友達とまわる予定だったが、うんキャンセルだな。男の友情なんて何とでもなるが、恋愛のチャンスはそう多くない。

 美月と一緒にいる方が重要だ。メッセージを送っておこう。



「よし、善は急げ、美月に連絡しよう」


 スマホで美月に連絡を取る。

 平日は変わらず朝、夜と美月の家で飯を食ってるが今日は日曜日。会わない日である。


『もしもし、太一くん』

「ああ、いまいいか?」


 美月の声はやはりいいな。

 はやく結婚して毎日直で聞きたい。


「うん、ちょうど私も電話しようと思ってたんだ」

「そうなのか」


「えーと」「えっとね」


 話が被ってしまう。


「美月が先でいいぞ。レディファーストだ」

『うん、ありがとう。じゃあね』


 美月の話にゆっくりと耳を傾ける。


『夏休み前に太一くんと遊園地に遊びにいったじゃない?』

「ああ……あったな」


 そんなこともあったな。

 あの時から美月を下の名前で呼べるようになったんだったな。いい思い出だ。


『あの時、太一くん、遊園地の入場料を払うから、今度は私が遊びに誘えって行ったよね』

「ああ……」

『だからね……今度の夏祭り……2人きりでまわりたいの』


 ま、まずい……この流れはまさか!


『そこでね……。大事な話があるの。太一くんに伝えたい……話があります』

「あ、ああ……分かった」


 先手を取られた!!?

 せっかく、美月に告白しようと思ったのに……これじゃあ……。

 まぁいい。また邪魔が入るかもしれないし、次は美月の番とあの時、俺も思っていた。

 今回は譲るしかないか……。まぁ……違う話かもしれないし。


 こうしてあっと言う間に日は過ぎて、夏祭りの日となる。

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