008 朝宮美月は重くない
朝宮美月は~のサブタイトルの時は美月視点のお話となります。
「太一くんとけっこんしたら毎日褒めてくれる?」
「ああ! おれにまかせろ! 美月をいっぱい褒めてやる」
今でも思い出せる。4歳の頃の記憶。
幼稚園の年少のクラスで私は太一くんと初めて出会った。
体が大きくて強気な男の子だったけど、時より見せる笑顔が本当にかっこよく、太一くんと会える毎日が大好きだった。
彼の大きな手のひらで髪を撫でてくれるだけで私は何だってできる。そう思っていた。
「やったー! 太一くんだいすき! ぜったいだよ! ぜったいけっこんするんだよ」
「ああ、ぜったいだ」
この時の思い出を原点にずっと私は想い続けてきた。
そして青空の下、太一くんはタキシードを着て私の左手の薬指に指輪を付けてくれるのだ。
「美月、俺と結婚してくれ」
「喜んで!」
ベッドから飛び起きる。
「あ……」
そう……それは夢なんだ。
今の段階ではありえない夢。でも希望はある。
一昨日、昨日と小日向太一くんと出会い、彼の料理を食べたから見た夢なのだろう。
私、朝宮美月は4歳の頃から太一くんに想いを寄せている。
4歳の頃に将来結婚しようと約束をして……幼なじみとしてずっと彼と一緒にいられる。そう思っていた。
でも現実は違った。
幼稚園の年中からクラスが変わって離ればなれとなって……それでも親同士が仲良かったり、家が近かったりしたらよかったのだけれどそんなこともなかった。
また、私も太一くんも幼稚園の年中の時、病気で少しお休みした期間があって、その間に仲の良い友達が出来てしまうと……もう太一くんと会う機会は皆無になった。
もし、後に出会ってあの時は楽しかったねって話をすれば取り戻せたのかもしれないけど、小学、中学そして高校と全て別のクラスだとやはり関わりがまったくないのだ。
無理してでも野球部のマネージャーになればよかったと後悔している……。
だから弟の星斗が太一くんを連れてきた時は本当に心臓が飛び出るくらい驚いた。
「太一くん……かっこよくなったなぁ」
彼を真正面で見たのは本当に久しぶりだ。
先日通りすがっても……見合うこともなかったしなぁ。せっかく数少ない小中高一緒の人。これをネタに話してもいいんだけど……。
野球部だけあって体もがっちりしていて、背も高くて、声も私好みだ。
あの胸板に今でも飛び込みたいと想うほどだ。
「でも……私のこと覚えてないんだよね」
そこは残念だった。一昨日太一くんからはっきり言われて私は残念に思ってしまった。まぁ、4歳の頃の思い出なんて覚えてるわけないよね。
正直、12年も前の結婚の約束を覚えていて、今もずっと想ってるなんて正直言いづらい。もしあの時こんなことを言ったらどうなっていたか。
「私達……4歳の頃仲良かったよね? 結婚の約束とかもしたし」
「は?」
想像の中の太一くんは渋い顔をする。
「随分メルヘンチックな記憶だな朝宮。12年も前のことにしつこく覚えてるなんて……」
太一くんの目は冷たい。
「正直、重いんだが……。あと体重も重くない?」
ぐぅきつい!
そんなの言われたらマンションから飛び落りちゃう! あと余計なことを言われた!
太一くんの晩ご飯美味しかったなぁ……。料理男子って尊い。
私はパジャマの裾を少しまくりあげる。
「調子に乗ってごはん2杯食べたのはまずかったかな……」
一昨日の鶏肉料理、昨日の生姜焼き……ご飯に合いすぎてあっと言う間に食べきってしまった。
これから毎日太一くんの晩ご飯を食べるとなると……。
「ダイエットしないと……」
ベッドから起き上がって部屋から出る。
私はお風呂が大好きなので平日は1日2回入る。朝は時間の関係上シャワーだけど仕方ない。
「ねーちゃんおはよ」
「せーくんおはよ~」
弟の星斗が起きてきた。
両親が離婚して長い間離れて暮らしていたからちょっと距離感をつかみかねているけど、血の繋がった弟はやっぱりかわいい。
でも……。
「せーくん、ちゃんと服着て寝なさい!」
「えー、とーさんもこうだったよ」
いくら弟だからって下着一丁ですごされるのは困るの!
随分と甘やかされて育った弟を何とか姉として教育して行かないと……。
太一くんにも世話を掛けっぱなしみたいだし、姉の力を今こそ!
でもその前にシャワーだ。
◇◇◇
ふぅさっぱり。
朝のシャワーは最高に気持ちがいい。よく母からは小言を言われていたけど習慣は簡単には変えられない。
「あっ」
下着を持ってくるのを忘れた。
母と2人暮らしの時はまったく気兼ねなかったけど、弟だとさすがに気を使う。
星斗がまったく異性に興味がなさそうなのは姉としてどうかなって思う所はあるけど……。まぁいいや。
バスタオルを巻いて、体を隠して……扉を開けた。
そこには人がいた。弟よりも背が高くて、体つきも良くて、私好みの顔をした男の子。
男の子は私の顔をじっと見つめ……そして視線が下へと向いた。
頭の中がぐちゃぐちゃになりとにかくいろいろなワードが頭の中で動き回った。
ただ一つ言えることは……私は今、バスタオル1枚の姿を好きな人に見られている。ただそれだけだった。
「いやあああああああああああああ!」
小日向太一くんの頬にビンタをかましたのはそれから数秒後のことだった。