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074 泣かないでくれよ

 病院に到着した俺と美月が見たものは包帯にまみれた星斗の姿だった。

 左腕は全部に巻いてるし、服で隠れているが腹部もかなりやられたらしい。

 頬にも青アザがあり、学園一のイケメンの顔がもったいないことになっていた。


 夏休み中でよかったな。学校始まってたら女子の悲鳴ですげーことになっていたに違いない。


 先ほどそんな姿を見て、美月がふえーって言って卒倒しそうになってたのが大変だった。

 なんだかんだ美月は弟を溺愛している。


「そ、その……試合はごめんなさい……」


 星斗は気まずそうに伏し目がちで答える。

 同級生から試合結果は聞いていたことだろう。


「おまえがいてもいなくても試合結果は同じだったと思うが、やはり遅刻してしまったことに対してエースの自覚が足りていない。3年生の最後の試合だってこともある」


「うん」


「罰としてグラウンド50周と清掃、ボール磨きだ。ちゃんとやってもらうからな」

「……うん」


 これはケジメだ。

 あと……やってしまったことに対して本人の罪の意識を発散させることも目的としている。

 誰も1人でやれとは言っていない。今回の件はある程度部員全員に伝えている。それを踏まえて手伝う部員がいるのであれば黙認する。


 実際の所、1点も取れなかった打線に投手陣に申し訳なさすぎたし、投手で3年の村田さんも星斗が投げていたら恐らく出番はなかったはずだ。点を取られたことを悔やんでいたが、3年間で一番いいピッチングだったと言っていたので終わってしまえばこっちの方がよかったのかもしれない。


「野球部の次期主将からは以上だ。……次にアリアの兄としてだが」


 ここからが本題だ。

 俺は立ち上がり星斗に対して深く頭を下げた。


「アリアを助けてくれてありがとう。その結果、本当に申し訳ないことに巻き込んでしまった。もちろん治療費は小日向家から出させてもらう」


「……」


 星斗は言葉を返さず沈黙を貫く。その表情はどことなく悔しそうにも見える。

 試合に出れなかったことだけではなさそうだ。


「センパイくらい鍛えてたらこんなケガしなかったのかな。オレをボコった奴らも倒せたのかな。……オレ、悔しいよ」

「星斗……」


「あの時、運良く人が通りかかったからよかったけど、あのままだったらオレは殴られて気を失って、あの子はもっとひどいことになってた」

「そうだな」


 アリアが一緒にいたという迷子の女の子。その父親が警察官であったことは本当に幸いだった。

 結果的にアリアは無傷ですみ、星斗も打撲だけですんで、選手生命への影響は無かった。


「オレ……無様な姿を見せたのが悔しいよ」


 人には向き、不向きがある。

 星斗は野球の投手として才能はあるが、恐らくケンカ事に対しての才能はない。

 筋肉の付き方がそっち向きではない。

 逆に俺は護衛を生業にしている親父の血を強く引いているため筋肉量、武の素質はそれなりに高い。


 親父におまえは野球の才はないが、武術(こっち)の才は親父(おれ)を超える。鍛えれば世界に通用すると言われている。

 実際、武術に興味はなく、野球が好きだからずっと野球ばっかりやっている。


 病室の扉が開き、美月とアリアがやってきた。

 思ったよりも見た目がひどいケガだったので美月にはアリアを離すようにお願いしていたのだ。

 そのため治療後初対面となる。


 アリアは星斗の方へ掛けだした。


「夜凪さん! ……ひどいケガ……わたしのせいで……本当に、本当にごめんなさい」


 星斗はさきほどまでの不安な表情を一変させ、いつものように自信ありげな顔に変わる。


「ただの打撲だ。骨にも影響ないし、1,2週間したら投げれるようになる。アンタが謝る必要はない」


「強がらないでください! あんなに痛めつけられて……わたし、わたし、何もできませんでした」

「大丈夫だって。それより、アンタに傷はないんだな。アンタに傷があったらせんぱいやねーちゃんが悲しむからな」


「わたしは……あなたが心配なのです。あなたの傷が治るまで毎日お世話します。それぐらいさせて下さい」


「いや、いいって!」


「やだぁ……やだぁ。わたしのためなんかに傷つくのは嫌なんです! 誰も傷ついてほしくない……」


 アリアは大粒の涙を流し、長い黒髪が大きく乱れ、星斗に訴えるように言葉を投げかける。

 さすがの星斗もいつも強情な表情は維持できず、言葉につまる。


 俺は側にいた美月に目を配らせた。


「アリアちゃん、少し休もうか。ずっと泣いてばかりじゃ疲れちゃうよ」

「……わたし、わたし!」


「……泣かないでくれよ」


 星斗の発した言葉に一同視線をそちらに言葉を沈める。


「いつもみたいに怒るか、カマトトぶるかにしてくれよ……じゃなきゃオレ」


 星斗はゆっくりと話を続ける。


「アンタにそんな顔されると……胸が苦しくなるんだ。殴られるよりも数倍つらい。……頼むから泣かないでくれ」


「……ぐす……はい……ぁ」


「アリアちゃん!?」


 まるで力を失った人形のように泣くことを止めたアリアはゆっくりと座り込み、目をトロンとさせ、まぶたが重くなってるように見えた。

 美月が後ろに倒れそうになったアリアを支えて、病室の外のベンチに寝転がらせた。


 すると……ゆっくりと寝息を立て始めた。


「泣き疲れてしまったようだな」


「うん、治療中もずっと泣いてたからね」


 美月が再び、病室に入ってきて、星斗の前へ立つ。


「せーくん、えらかったね。とても優しかったよ」

「ありがと……」


 少しバツが悪そうに星斗は顔を背けた。


 しかしまぁ……。


「星斗、おまえもあんなマジなセリフが言えるんだな。びっくりしたぞ」


「なっ!」


 星斗はばっと俺の方を向き、慌てたように顔つきを変える。かぁっと顔が赤くなっていく。

 となると……。


 俺は美月に視線を送った。


「美月、アンタにそんな顔されると……胸が苦しくなるんだ。殴られるよりも数倍つらい。……頼むから泣くんじゃねぇぞ」

「きゃっ、きゅんときちゃう!」


「おぉぉい! ほんとやめて!」


 星斗が顔を真っ赤にさせて、叫び出した。

 こいつがこんな顔するのを初めて見た。

 なんだ……意外に表情豊かじゃねぇか。


「ふふっ、せーくん、かわいい」

「くっそ……せんぱいとねーちゃんに弱みを握られるなんて……」



 ◇◇◇


 ケガの箇所は多いが、大きなケガはないので自宅療養という形となる。


 一足先に美月と星斗はタクシーに乗って帰ってもらうことにした。


 俺は遅れて病院の入り口へ行く。そこには制服姿の天童ほのかがのんびりと待っていた。

 奥には麗華お嬢様も立っていた。


「ほのかだけじゃなく麗華お嬢様も来てくれたのか」

「うん、とんでもないことになっちゃったね」


 タクシーはほのかが呼んでくれたようだ。美月や星斗もそのタクシーで帰ってもらっている。


「アリアと星斗くんを傷つけた男達を警察は確保できていないようだ」

「確保できていないんじゃなくて……止めているだけだろ」


 停車していたリムジンの側で腕を組む麗華お嬢様はそのように告げる。

 眠ったアリアはすでにこのリムジンに乗せていた。


 名家有栖院グループの力があれば警察の動きを変えることもたやすい。

 次の選択肢としては……。


「では太一……どうする?」


 意地悪な質問だ。

 だが、やはり俺も有栖院の空気にある程度染まった人間だと自覚してしまう。


 悠宇のような万人に優しい人間にはなれないな……。


「麗華姉さん。アリアと星斗を傷つけた奴らには……有栖院の名のおいて……鉄槌を下してほしい」


 麗華姉さんはにこりと微笑んだ。


「いいだろう。姉と呼んでくれた弟分の頼みだ。それに私のお気にいりの2人を傷つけた罪は……そうだな。そう簡単にお日様が拝めない場所で働いてもらうことにしよう」


 相変わらずとんでもねぇな。

 それができるのが日本、いや世界に名を知らしめる企業、有栖院グループだ。


 そしてこのお願いをしたことにより、俺は有栖院から逃れにくくなってしまった。

 少なくとも麗華姉さんのお願いを断ることはできない。


「ではさっそく太一。私から君にミッションだ」

「ああ……なんでも言ってくれ」


 ばっと麗華姉さんは手を振り上げた。


「では美月くんと鈴菜くんとバカンスに行きたい。2人を誘ってくれたまえ」



「ああ……。はぁ!?」


 相変わらず……このお嬢様は無茶苦茶だ。

 こうして夏の大会が終わり、次のイベントは……そう、夏のバカンスである。


 美月の水着か……それは楽しみかもしれない。


1章 甘やかし、甘やかされる編 完結となります。

この最後のイベントで太一・美月、星斗・アリアの関係は大きく変わったとみていいでしょう。

次の夏のバカンスイベントでその様子を見ることになります。

今後の更新は少し後に掲載する活動報告をご確認下さい。


2ヶ月ちょい毎日走り続けたので少しだけお休みさせて頂ければと思います。

なるべく早く帰るように致します。


1章が終わりましたのでここまで読んで頂けましたら是非ブクマ、評価、感想等、応援を頂けると嬉しいです。

作者のモチベーションが上がってもっと頑張れるような気がしますので宜しくお願いします。

評価は後書き下の欄から行うことができます!


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