073 I want to protect
「夜凪さん、あなた……どうして」
「たまたま見かけたらアンタがバカみたいに尻餅ついてたから笑いにきたんだ」
アリアはそんな軽口にむっと表情を変えるが、こんな人通りの少ない高架下にわざわざ来るはずがない。
どこかで見かけて助けに来てくれたのだと感じる。
しかし、それ以上に疑問に思う所があった。
「試合は!? こんな所にいる場合はじゃ……もう始まりますよ!」
「……寄り道しすぎたかも」
「いってぇ」
自転車でタックルをかけた男がゆったりと立ち上がって険しい表情をこちら側に向けている。
残り2人の男も同様に星斗と後ろのアリアを取り囲む。
「覚悟はできてんだろうな……クソガキ」
「何が? ブッサイクなツラで何言ってるかわかんないし」
じりじりと男達は近づいてくる。
星斗も少し振り返った。
「オレが時間を稼ぐ。アンタはさっさと逃げろ」
「……そんなこと!」
「悪いけど……殴り合いのケンカはしたことないんだよ。アンタに何かあったらせんぱいが悲しむ……わかんねぇのか!」
「ベラベラ喋ってんじゃねえ!」
男の拳が振り上げられ、星斗の頬に強烈な打撃として与えられる。
星斗は首は跳ね上がる、たまらず、バランスを崩して地面に倒れこむ。
そのまま男は星斗の腹部を踏みつけて、蹴りを打ち込んだ。
「ごふっ」
「なんだ威勢がいいわりに弱えーじゃねぇか」
「夜凪さん!」
「おい、逃げんなよ」
アリアは別の男に両肩を摘まれ、捕まってしまう。
非力なアリアではそれを振りほどくことはできない。
「は、離して!」
「おい! その子に汚い手で触れんな!」
星斗は苦痛に耐えながらも首を起こしてアリアに掴みかかる男に向けて叫ぶが、
蹴りを入れてくる男が再度腹部を蹴り上げたことで苦痛の声を上げる。
「弱いくせに言葉だけは一丁前だなァ!」
男は星斗の左手の手のひらをぐりぐりと踏みつけた。
「がぁっ!」
アリアはその光景を見て、大きく体を動かす。
「や、やめて、やめてぇ! その人は投手なんです! だから手は!」
「へぇ」
男はアリアの言葉を聞き、ゆっくりと星斗の左肘を思いっきり踏みつけた。
「がっ!」
「よかったなぁ。今日で野球人生引退できるぜ」
その後も何度も何度も男は星斗の左肘を踏みつけた。
「なんで……なんで! やめて、やめてください!」
アリアの声は当然男達には届かない。ただ痛めつけられる星斗の声の苦痛のみが静かな場で響き渡った。
「その人を傷つけないでっ! なんでも……何でもしますからなぁ……」
アリアは涙を流し、何度も懇願する。だがその願いは無情にも聞き入れられない。
ひとしきり蹴り終えた男が星斗から離れ、アリアの方へ近づいていく。
星斗の手に力が入る。
「……痛くもかゆくもねぇ……んだよ」
「あっ?」
「その子に手を触れんなって……言ってん」
「殺されなきゃわかんねーよだなぁ!」
男は再び、地面に倒れ込む星斗の方へ向かい、足を振り上げた……。
「や、やめてぇ!!」
絶望的な状況でアリアの悲痛な叫びが広がった。
その声は……救いという形で繋がった。
「パパ! こっち」
「そこで何をやっている!」
「あ?」
さきほどアリアが逃がした女の子が父親を連れて戻ってきた。
男達はその声に微動だにしていなかったが、その父親が懐から出したものを見て、表情を変えた。
「警察だ! そこを動くな!」
「やべぇポリか!」
女の子の父親は非番の警察官だったようだ。
3人の男達はすぐさまアリアや星斗を置いて一目散に逃げ出してしまった。
アリアはすぐさま、星斗の元へ駆け寄り、赤くなっている星斗の腕を手に取った。
「夜凪さん! 夜凪さん」
「……ケガはないか?」
アリアは涙をぼろぼろと流し、頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしのせいで……わたしのせいで腕が……」
「カスリ傷だ。アンタの責任じゃない」
「でも、わたしが投手なんて言わなければ……、全部、全部わたしが悪いんです!」
星斗は傷だらけとなった腕をゆっくりと上げて……アリアの頬に触れた。
「アンタは子供を守ったんだ。……そこは誇っていいだろ。そこんとこやっぱせんぱいの妹だな。かっこいいよ」
「あ……」
「だから……もう気にすんな」
「夜凪さん……、わたし!」
アリアは頬に触れる星斗の手のひらを包み込んだ。
様々な感情がこみ上げてくる。
ただ……星斗の手は力を無くす。
「夜凪さん……」
「……痛いから、ごめ、寝る」
「夜凪さん!!」
こうして夜凪星斗は近くの総合病院へ搬送されることになる。
アリアも一緒に救急車に乗りこみ、そして速やかに兄と姉である太一と美月が病院に呼ばれることになった。
そして時間は過ぎていく。