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070 朝宮美月は彼を甘やかしてあげたい

 球場の控え室に入った私に野球部の人達は笑顔で声をかけてくる。

 瞳に涙の跡はあるけど、そんなに落ち込んではいないようだ。

 鼓舞するようなことでもあったのかな。


 私は口々に言葉をかけて、試合を頑張った部員のみんなを労う。

 大差で負けてしまったけど、2回戦まで突破したんだ。

 みんなお疲れ様だよ。


 あ、浅田くんがいた。


「浅田くん」

「朝宮さん、どうしてここに?」

「えっと……その」


 なんとなく異性に太一くんに会いたいって言うのは恥ずかしい気がする。

 恋愛脳丸出しの私ってどうなんだろう。さすがに失礼かな。

 浅田くんはあらぬ方に顔を向ける。


「太一のこと頼んでいいかな」

「え?」

「彼は昔からまわりの期待に応えることを第一に考えちゃうからさ。本当に泣きたくて、悔しい時は1人になることが多いんだよ」


 ……それは知っている。

 中学3年生の時の夏、太一くんの引退試合の後、人のいない暗がりの通路で1人涙する彼の姿を見ていたから。

 みんなのために全開の力で頑張る太一くん。……そんなあなたが大好きだけど、1人で抱え込むことはないんだよ……。


「太一のことお願いしてもいいかな。朝宮さんが行けばきっと元気になる」

「そ、そうかな」

「うん、僕だって……朝宮さんに負けないくらい太一の幼馴染やってるんだからね」


 そっか……。

 一緒にいた時間は浅田くんの方が長いもんね。

 その長さに嫉妬しちゃうなぁ。


 浅田くんから離れて、私は太一くんの居場所を探す。

 恐らく、人通りの少ない暗がりの通路に彼はいる。


 試合前はみんなにからかわれるのが恥ずかしかったけど、太一くんが会いにきてくれてすごく嬉しかった。


 不謹慎な話かもしれないけど夏の大会が終わったらもっと……一緒にいられるよね。


 夏休み……いっぱいしたいことがあるんだ。


 でも、今はあなたに会いたい。


 直射日光も遮られる暗がりの通路で神月夜のユニフォームを着て、座り込む太一くん。

 中学3年の時と一緒だね。


 あの時はまったく声をかけられなかったけど……、今は違うよ。


 すっと息を吸う。


「そんなところで汗をかいたままだと風邪を引くよ」

「……美月」


 太一くんは三角座りのまま顔を膝にうずめていた。

 いつも大きくて見上げてしまうのに、縮こまっていてとってもかわいい。結婚したい。


 私は太一くんの横に座り込んだ。


「どうしたの。良かったら話してみてよ」

「……俺さ。……実はそんなに強い人間じゃないだ」

「ふふ……」


 太一くんは少し顔を上げて、私の方を見る。


「……幻滅しないのか?」

「遊園地の時も言ったでしょ。私はあなたの良い所いっぱい知ってるって」

「そうだったな」


「私を信じて欲しいな」


 あの遊園地で話したときのようにゆったりとしたトーンで声をかける。

 頑張りすぎなんだよ太一くんは……そんなところも素敵なんだけど。


 将来の旦那様候補なんだから……弱みはいっぱい見せてもいいんだよ。

 太一くんは再び顔を膝元に埋めるようになる。

 私はゆっくりと彼の側に寄る。体と体がふれ合うほど近づき、彼の言葉を聞こうと耳を傾ける。


 どんな言葉を投げかけられても優しく答えよう。安らかな気持ちを維持するんだ。


「5月に入るまでは……野球部のことを第一に考えていたんだ。星斗を育てて、夏の大会を勝ち抜くぞって、そう思っていた。でも……ゴールデンウィークが終わった頃から二の次になってしまった」


「仕方ないよ。誰だって何かのきっかけで変わってしまうことがある。……もしよかったらその変わったわけを教えてくれるかな」


「きっかけは………美月に再び会ったことかな。それからさ……俺、美月のことしか考えなくなっちまった」


「ほえっ!?」


「美月と一緒にいたいために星斗を出汁に弁当を作るように迫った卑怯な男なんだよ。朝、昼、晩……美月と会うために俺は野球部を台無しにしたんだよ」


 ちょっと待って!!?

 これ私が今聞いていいこと!? こういう話って第三者にするものじゃないの!


 太一くんは混乱しているのかもしれない。


「そ、そうなんだ」


「美月がマネージャーになった時は本当に嬉しくてな。もう選手辞めて、マネージャーに転向しようかなと思ったくらいだ」


 そこまで!? それは嬉しいけど……。それはしちゃいけないような気がする。

 鈴菜ちゃんが聞いたらマネージャーはもういらねーんだよ! って怒りそうだ。


 この後も何か聞いてはいけないようなことを何度も暴露され、恥ずかしさで私がぶっ壊されるんじゃないかと思った矢先。

 話の展開が野球部のことへと変わっていく。

 私は何度も呼応するように聞き役に徹する。


「だからさ……3年生の先輩の涙を見た時……俺もっとやれることあったんじゃないかってすっげー後悔したんだ」


「うん」


「もっとあの人達と野球をやりたかった。次の主将……がんばれって言われたけど、正直自信がない」


「うん」


「野球部を一番に考えられない俺は……もう」


 私は太一くんの頭を抱きかかえるように自分の胸元へ引き寄せた。


「お、おい……」

「甘えていいんだよ」


 太一くんの汗でぬれた髪をゆっくりと撫でていく。優しく、優しく……赤子のように撫でていく。


「私達はまだ高校生なんだよ。……完璧である必要なんてない。間違えることもあるし、失敗することだって多々ある」


「ああ……」


「太一くんなら大丈夫。もし今日みたいにつらくなったら……私が側にいてあげるから」


「……」


「えらいよ、太一くんはすごいね。とっても頑張ってるよ」


「ああ……ああっ!」


 太一くんの泣く声が聞こえる。私も思わず泣いてしまいそうだ。

 甘える彼の頭をぎゅっと抱きしめてあげて、私は彼を勇気づける言葉を吐いた。


 たくさん、褒めてくれた太一くんのため……今度は私が彼を褒めるんだ。



 ◇◇◇



「本当に申し訳ない」


 詳しくは正直覚えていない。何かあれから30分ぐらい抱きしめてたような気がする。

 太一くんは立ち上がって……何度も頭を下げてきた。


「でも、もう元通りだね」

「ああ、美月のおかげでふんぎりはついた。俺は失敗してもいい。美月や悠宇、吉田達が一緒にいてくれるんだ。主将として頑張るよ」


 立ち上がった太一くんはもういつものかっこよくて、凜々しい……旦那様(たいちくん)だった。

 お互いこうやって支えあっていけばいい。

 これからはずっと一緒なんだから。もう12年も別れることはないんだ。


「美月、頼みがあるんだが……」


 太一くんは顔を紅くして、躊躇しながらも小声で喋る。


「……またくじけそうになったときはその……甘えてもいいだろうか」


 甘える……。

 私の顔の熱が一気に沸騰する。

 さっき私、自分の胸元に太一くんを寄せて、すっごく恥ずかしいことを叫んでいた気がする。


 いや、でも頼れって言ったのは私だし。恥ずかしいけど頷かなきゃ。


 今度からは私が太一くんを甘やかしてあげるんだ!


「その……、何というかすごく柔らかくて……」

「ちょ、恥ずかしいこと言わないで! もう!」


 2人見合い、黙り込んでしまう。

 静寂で心安らぐ時に……ぶち破るような音が鳴り響いた。


 私のスマホだ。試合中はマナーモードにしていたので先ほど解除したんだった。

 着信が来ていて、相手はアリアちゃんだった。

 そういえばアリアちゃんのことすっかり忘れていた。


「もしもし?」


「美月ぜんぱぁぁぁぁぁあい!」

「アリアちゃん!? どうしたのその声!」


 いつもは穏やかなアリアちゃんの声が強くぶれていた。涙と鼻水が混じったような声でまさしく電話の先の女の子はとんでもない顔をしている。

 太一くんもそれに気付いて、スマホの方に耳を寄せる。


「夜凪さんがぁ! 夜凪さんがぁぁ!」


「せーくん!? せーくんに何が!」


「わたしの……わたしのせいなんです。お願いです……病院に……うわわわああああああん」


 いったい……何が。

 私と太一くんはすぐさま、指定された病院へ向かうことになった。

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