007 下心しかない提案
再び美月の家。
さっそくリビングの方に通された。
元々は母親と住んでいただけあって、全体的に小綺麗というか、かわいらしい色合いの物が多い。
明るめの色のカーテンにテレビを置く台にはたくさんのぬいぐるみが置かれている。
「大して掃除できていないからあんまりじろじろ見ないでねっ」
美月は再度確認するようにリビングの中を見ている。
そういえば家に入ってすぐの部屋の扉が閉められていたからあそこにいろいろ放り込んでいるのかもしれない。
やっぱり下着とかは落ちていないか……ちょっと残念。
よし、こいつらの胃袋を掴みにいくか。
「さっそくだが台所を貸してくれ」
◇◇◇
「おいし~い!」
「やばっ、メシが超進む」
今日は豚肉の生姜焼きにニラ玉をチョイスしてみた。
定番料理ゆえに一段とご飯が進む。
美月も星斗も頬を綻ばせてご飯をかきこんでいる
「しかし……2人とも普段は何を食べてるんだ?」
「土日はスーパーで惣菜を買ってくるんだけど、平日は時間が合わなくてコンビニ弁当が多かったかな」
美月は一度箸を置いて言葉を出す。
野球部も吹奏楽部も18時~19時くらいまで練習していることが多い。
学校から気軽に寄れるスーパーがこの付近にはないから仕方ないんだろうな。
「このままじゃまずいから今週からねーちゃんが料理を始めたんだけど……」
「それでこの惨状というわけか」
「うぅ……」
土日にしっかり食材を買って、いざ平日に作ろうとした結果が先日のアレだ。
そういう意味ではタイミングがよかったのかもしれない。
「せんぱいおかわり!」
お茶碗を差し出す、星斗。そして……。
「朝宮もどうだ?」
「あっ! ……オネガイシマス」
恥ずかしそうに顔を伏せつつも美月は茶碗を差し出してきた。
自分が作ったメシを上手いと言ってくれるのはありがたいものだ。
夕食を終えて、お茶にする。
「小日向くん、今日もありがとう。してもらってばかりで本当に申し訳なくて」
「気にするな。俺がしたいからしているだけだ」
そこは謙遜ではない。事実である。
美月はもちろん、野球部のエースとして星斗にもちゃんと栄養を取ってもらわないといけないからな。
「……それで俺から朝宮と星斗に提案があるんだ」
「提案……?」
朝宮の言葉には俺は頷く。
「今日の星斗の昼飯が日の丸弁当だった。おかずが焼失したと言っていたが間違いないか?」
「うん……料理ヘタな女の子なんて幻滅だよね」
「初めてなら仕方ないだろう。朝宮はよくやってる方だと思う。幻滅なんてしない」
女の子がどうって問題ではない気もするが……美月にもプライドがあるのかもしれない。
俺だって初めは上手くできなかったし、数をこなしてだと思う。
「そこでだ。平日の朝、昼、夜と……俺がここに来て2人のメシを作ろうかと思う」
「え!? そんな悪いよ!」
「星斗には野球部のエースとして働いてもらわなきゃならん。どうだ星斗」
「だいさんせい! せんぱいの弁当食えるならオレ頑張る!」
「もうせーくん! いくら何でも小日向くんに負荷がかかりすぎるよ! 平日毎日だなんて」
「そうでもないぞ」
俺は毎朝5時半に起きてランニングをしている。
その後、家に帰って朝食と昼の弁当を作って通学をしているんだ。
そのランニングの先が美月の家であれば日常として変わらない。
「せーくんや私はともかく小日向くんに申し訳がなくて……そんなの手放しで賛成できないよ!」
美月は優しいなぁ。
当然、俺がいくら野球部のおかんと言われたとしても他の奴ならそこまで絶対しない。
美月と接点を持つため。ただ1つ、それが理由だ。
毎朝美月の家にいって、美月とおしゃべりをしながら朝飯を食べて、美月の分の弁当を作って、一緒に登校して……時間が合えば美月と下校して、美月と一緒に晩ご飯を食べる。
完璧じゃねぇか!
それができればもう夫婦みたいなものだろ!
「気にするな。俺がしたいからするんだ。朝宮や星斗が頷いてくれるなら明日からでも行いたい」
「小日向くん……優しい」
純真な美月の瞳に少しだけ罪悪感が芽生える
弟の食育を盾に迫っているわけだからな……美月の内心は迷惑かもしれない。
だがそれも長い時間をかけて……俺の力で変えてみせる。4歳の頃のように!
「もし時間があれば料理を教えてあげることもできる。朝宮にとっても悪くないだろ」
「そ、そこまで……? 小日向くんがいいなら……。でも本当にいいの?」
「……もう一つ理由がある」
俺は1度、美月が入れてくれたお茶が入ったコップに手をつける。
「俺の家はちょっと特殊でな。誰かと一緒に家で飯を食うってのをした記憶がほとんどないんだ」
お茶を一度すする。
「だから朝宮と星斗とメシを食った昨日、今日が……楽しくてな。それも理由の1つなんだ」
これは事実である。
自分で作って、自分で食う。それも悪くはないが、こうやってワイワイしながらメシを食べるのは本当に楽しいんだ。
家族である両親と妹と一緒にメシを食ったのなんて本当に数えるほどしかない。
「そういう事情であれば……」
美月は立ち上がる。
「小日向くん、宜しくお願いします!」
ああ、結婚しよう。
「せんぱいが何か違う所を見ているよーな気がする」