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068 試合の結末

 試合開始直前、円陣を組み、主将の声で皆に気合いが入っていく。

 レギュラーのメンバーである俺は気合い十分のメンバーを見て、悪くないと感じた。


 ただ、1つ。


 俺はため息をついた。


「俺、何してんだろ……」

「どうしたの。観客席で何かあった?」


 ため息を見られていた悠宇に肩を叩かれる。

 キャッチャー用プロテクターを取り付けながらさきほどのやりとりを思い返した。


「美月に恥ずかしい想いをさせたかもしれない」

「何だかよく分からないけど、太一ってテンション上がるとたまにわけのわからないことするよね」


「うっ」


 幼馴染は的確に見抜いてくる。


「中二の時に文化祭で最優秀取って胴上げされた時も調子に乗って上半身裸になって叫びまくってたよね」

「思い出させるなよ……」

「そんで次の日に何やってんだ俺って……言うまでがお約束だったね」


 美月に応援されたテンションで大見得を切ってしまった気がする。

 戻る直前に言ってしまった俺を見てろってなんだよ。彼氏でも何でも無いのに何言ってんだ俺……。


「前はあの痴態を朝宮さんに見られたかもって落ち込んでたけど、今の太一と朝宮さんなら何をしたってきっと大丈夫だよ」

「そう思うか? ……そうだったらいいな」

「ほらっ、気合いいれなよ。太一は僕達2年の代表なんだからヘマしたらダメだよ」


 神月夜(かみつくよ)学園の主力は3年。レギュラーも2年は俺ともう1人しかいない。

 悠宇の言う通り相手は強豪校。勝つ見込みはほぼなかったとしても、結果は後の野球部の活動に大きく影響してくる。

 ルール上は5回に10点差、7回に7点差でコールドゲームとなり勝敗がつく。

 5回コールドよりは7回コールド。負けるにしてもできる限りはくらいついてやる。



「プレイボール!」


 そして試合は始まった。


 神月夜学園はイニングの表が守備で、裏が攻撃である。

 先発の村田さんの調子は悪くない。

 ストレートは伸びてるし、制球も悪くない。これならいけるかもしれない。


 相手の帝方第一高校の1番の選手がバッターボックスに入る。

 事前の調査ではこの選手はシニア出身だった。しかも県外から来た野球留学生だ。

 ウチにはシニア出身はいない。星斗も軟式中学出身と聞いている。


 村田さんの足が上がる。外角、やや低めにミットを構える。ここに投げ込めば早々に打たれないはず。


 そのはずだった……。


 1番バッターは狙っていたかのようにスイングをして、気付いた時にはボールは美月のいる……観客席へ放り込まれていた。



 ◇◇◇



 5回の裏、俺はバットを手にゆっくりとバッターボックスへ入る。

 観客席から必死に応援する声が聞こえる。だが……俺の耳には雑音にしか聞こえない。


 悔やむ、どうしてこんなことに……。

 5回の間に13点を取られてしまい、現在2アウト。

 俺がアウトになってしまったその瞬間に敗北が決定する。


 ピッチャーの村田さんの球威は悪くなかった。全て、全ては……俺のリードが悪かった。


 ヒットとエラーとフォアボールで2アウトの満塁のチャンス。

 ここで一発撃てば5回コールドゲームを避けることができる。


 しかし……。


「ストライク!」


 打てる気がしない。

 強豪校とここまで差があるのか。

 俺だって中、高と常にレギュラーの選手で努力もしてきた。

 なのに……。


「ストライク!」


 あっと言う間に追い込まれてしまった。

 だが……俺は本当に努力していたのだろうか。


 2年生になってこの3ヶ月。

 思えば野球部のことを二の次にしてしまったのではないだろうか。

 もっと努力していれば……こんな弾を打ち返すことだってたやすくできたかもしれない。


 俺は何をやっているんだ。


 バットに力を込めて、必死にボールを見る。

 狙いはストレート。相手の投手が投げる弾をよく見て、俺は……。


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!」


 審判のコールが無情にも告げられる。

 一歩も動けなかった……。打てなかった……。


 こうして夏の大会は終わってしまった。



 ◇◇◇


 試合が終わった控え室。


 大敗してしまった神月夜学園の野球部は重苦しい雰囲気だ。

 今日で引退となる3年生の先輩達は涙を流して震えている。

 先発投手だった村田先輩も何度も何度も謝るように声を上げた。


 吉田も悠宇も同じように涙ぐむ。


「小日向」

「……主将」


 涙で目を腫らした主将が俺の肩を掴む。


「俺達はここまでだった……。次はおまえ達の番だ。頼むぞ次期主将」

「……はい」

「おまえと夜凪が育つ、来年が楽しみだ」


「今回の借りを返してくれよ!」

「夜凪に体力付けさせろ! 来年の活躍を期待してるぞ」

「がんばれよ、小日向」


「先輩……」


 涙を振り切った先輩達の声で俺達2年、1年は奮い立つ。

 こうやって次の世代にバトンを受け継いでいくんだ。


「分かりました! 先輩達から受け継いだものをぜってぇ役に立ってみせます! 来年は絶対甲子園に行くぞ!」


「おおっ!」


 2年と1年のメンバーの声が重なり、勢いとなる。

 去年も思えばそんな感じだった。これが勢いとなって練習にも熱が入るんだ。


 来年はいよいよ3年生。最後の年になる……。

 すっかり涙を枯らして、勢いを取り戻した神月夜学園野球部は……次のステップへと進むのだ。


 だが……俺は自分で放った言葉に自分自身が奮い立つことができない。


「悠宇」

「どうしたの?」

「少し席を外す」

「……分かったよ」


 俺は1人、野球部から離れ……この場から逃げ出した。

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