067 試合前に会いたい
くっそ、間に合うだろうか。
星斗を除く野球部員は全員球場に勢揃いしている。
監督、主将、レギュラーメンバーは皆慌ただしく準備をしている。
そろそろグラウンドに出ないと直にシートノックの時間になっちまう。
……星斗が間に合うかどうかは微妙な所だ。
「星斗と連絡はついたの?」
悠宇もベンチ入りメンバーの1人だ。
神月夜学園のユニフォームを身につけて俺達は歩きながら話をする。
「間に合ったとしてもギリギリだな。どちらにしろ1回表からは無理だ」
「ウォームアップはできてないだろうしねぇ。なら先発は村田さんか」
3年の村田さんは星斗が来るまで神月夜のエースだった。
スタミナも胆力もある人だが、やはり星斗に比べると球速も変化球のキレも落ちてしまう。
……どちらにしろ今日の帝方第一高校は甲子園に何度も出場している強豪校だ。
正直今の勝率はゼロに近い。星斗が間に合って最高のピッチングをしたとしても10%いくかどうかだろう。
何か不安になってくるな。
小学、中学、高校2年になるまでこんな気持ちにならなかったのになぜだ……。
違う、怖いんじゃない。俺は求めてしまっているんだ。
「悪い、少し観客席へ行く」
「太一!?」
悠宇の呼ぶ声も無視して、俺は観客席へと向かった。
何やってんだろうなぁ……、副主将としてこんなことをしてる場合じゃないんだけど。
無性に君に会いたい。
神月夜学園の応援席のある。ライトスタンド側へ移動する。
どこだ、どこにいる……。
「太一くん!」
聞きたかった声に俺の視線は一気に引き寄せられた。
美月が大きく手を振り、意思表示をする。
今日も変わらずカワイイ! 球場で結婚式ってできるんだろうか。
美月だけでなく、楽器を持った吹奏楽部員達が応援席に来てくれていた。
1回戦、2回戦はいなかったんだが、強豪校との戦いということでこの暑い中来てくれたようだ。
これほど嬉しいものはない。
「話は聞いたよ。せーくんのこと……。私が側にいればよかった」
「こうなる可能性を少し予想してたけどな。ここ一番で寝坊してくるとはさすがだ」
美月は吹奏楽部兼マネージャーとしていち早く会場入りしてくれて、吉田と一緒に準備をしてくれていた。
優しくてかわいいとかマジで最高だな。
「ところで……太一くんの応援歌って本当にアレでいいの?」
「ああ、あれがいい」
「久しぶりに演奏するから……いけるかなぁ」
「美月ならやれるさ。美月が応援してくれるなら何でもできる気がする」
「あはは……ただでさえ暑いのに照れちゃうよ」
俺が求めた曲は中学3年生の時に吹奏楽部のコンクールで演奏していた曲だ。
あの時、美月のソロ演奏が印象的だったんだよな。
「あの……太一くん」
「どうした?」
「手を貸して」
「へ?」
「いいから!」
顔を紅くした美月によって俺の両手は柔らかな手のひらで包まれる。
指先の柔らかさに心地よくなってしまう。
「太一くん、頑張ってね。ぜったい、ぜったい勝てるから!」
「……ああ!」
美月のその言葉が聞きたかった。
この12年間望んでも得られなかったものだ。ようやく……ようやく手に入れたと思う。
「この2人って付き合ってないんですよね?」
「美月先輩は付き合ってないって言ってたけど嘘でしょ?」
「めちゃめちゃイチャついてるじゃん」
「いいなー、私も先輩の筋肉に触れたかったな」
そうだ、ここには美月の他に吹奏楽の部員がいっぱいいた。
俺と美月のやりとりを興味深そうに眺めている。
口々に女子から言葉が飛んでくる。
「ちょ、みんな! だまりなさーい!」
「小日向先輩は美月先輩のこと好きなんですか?」
「もうキスした?」
「どこまでいったの?」
たくさんの女子部員から問われ、困惑してしまう。
どうしてここまで俺と美月の仲が広まっているんだ!? 対外的には結構隠していたのに……。
正直、まだ交際はしてないから。不用意は発言は避けていた。
「美月、何で……こんなに広まって」
美月は吹奏楽部員の声を止めようしていた所、急に振り返った。
顔を紅くしたのは変わらないが、原因は俺であると……言わんばかりににらみつける。
「この前の……吹奏楽部との打ち合わせの時……」
大会前に俺と吉田で吹奏楽部の面々と打ち合わせに行ったっけ。
確か美月が間に入ってくれて、順調に進んでいたはずだ
打ち合わせの後、美月の紹介で各パートの練習を見せてくれた……そこまでは覚えている。
「太一くんが吹奏楽部の中で所構わず、私を美月って言うからでしょーーー!」
ああ、それか!
美月の男避けのつもりでバラまいていた呼び名が女子の話題のネタになっていたとは。
「あの後、どういうこと!?って聞かれて大変だったんだからね!」
美月も結構俺のこと太一と呼んでいるような気がするが……。格好のネタの原因はそれもあるだろうに。
まぁいいか。
「じゃあ、行ってくる。美月、俺の活躍を見てろよ」
「キャーーーーー!」
「え!? ちょ……もうバカァ!」
真っ赤な顔で持てはやされる美月の顔を見るのは悪くない。
十分に美月の愛らしさを満喫できた俺は颯爽とベンチの方へ戻ることにする。
よし、気合十分、やってやる!
そして……試合が始まる。
星斗は……間に合わなかった。