063 不完全燃焼
だったら幸せにしてやる。俺と!
なのにその先の言葉が出てこない。
言えると思った。言おうと思った。
絶対成功する。ほぼ確実だと思える。
なのに。
口が動かない……。
「太一……くん?」
ピピピピィィィィー!
そのような甲高い笛のような音が耳の中を支配する。
その音の発信源に目を向けると……真っ赤な顔をしたアリアが笛を吹いていた。
アリアが笛を口から外して、指をさす。
「不埒です! 人目を考えてください!」
言われてまわりを見渡す。
そういえばここは広場だっけ。老若男女、犬猫問わず……気付けばかなりの人に見られている。
アリアの笛が原因じゃないのかと思ったが……これはかなり恥ずかしい場面かもしれない。
「美月先輩も立って下さい!」
「は、はい!」
あー、何か。やりきれない感がやばい。
不完全燃焼のまま俺達は場を後にした。
◇◇◇
広場から離れた俺達は再びジョギングコースへと戻ることになる。
邪魔にならないように端っこで立ち止まる。
「ここまで離れたら大丈夫でしょう」
「アリア、おまえいつからいたんだ?」
「キャッチボールを始めた頃から和やかに見ていました」
わりと早い段階じゃないか。アリアはじとーっと目を細めて口を出す。
「2人だけの世界に入っていて、全然気付かれなかったですね。お仲がよろしいことで」
「ぜんぜん気付かなかった」
美月の言う通り、俺も気付いてなかった。
広場にあんなに人がいたのも気付かなかったな。本当にまわりが見えていなかった。
「アリアちゃん。久しぶりだね。部活にも顔を出してなかったし、心配したよ」
「あ……、ごめんなさい」
バツが悪そうにアリアは目を背けた。
期末試験の結果発表があってから1度も部活に来ていなかったからな。
「それで何でここに来たんだ? そもそもおまえは俺と美月がここにいるって知らないはずだろ?」
「そ、それは……」
美月と俺が見つめ、アリアはしどろもどろになる。
しかし次第に観念したのか、声に出し始めた。
「あの性悪男に負けてから……悔しくてずっと家にこもって勉強していました。あの男にリベンジするためにアリアは頑張り続けたのです」
屋敷でも会わなかったのはそういうことか。部屋に引きこもられちゃ会うこともない。
用がなければこっちから話すこともなかった。
その話とここに来た理由って関係あるのだろうか。
「それで昨日、リベンジする機会があったのです。点数結果の出る小テスト!」
「そうなんだ。ど、どうだったの?」
美月はハラハラしながら聞く。
まぁここにいるってことは……おそらく。
「ボロ勝ちでした。アリアが100点を取って見に行ったらあの男、30点しか取ってなかったんです」
あぁ……そんな気がした。
アリアの表情に次第に怒りが見え始める。
「腹が立ったので問い詰めたんです! そしたら何て言ったと思います? ゲームのガチャ更新日にテスト勉強なんかするはずないじゃん。バカなの?って」
アリアは両手を振り上げた。
「あーーー! むかつく!」
そーいや、星斗ってゲーム好きだったな。スマホの方も課金はしてないが、かなりやってるらしい。
星斗の性格から期末テストの時が異常であって、普段勉強するようなキャラじゃない。
むしろ30点も取れたことを褒めるべきじゃないだろうか。
「アリアの怒りはぷっつんなのです! なんか勝った気がしません!」
星斗のやつ、相変わらずアリアを手玉に取っているな。そしてアリアは翻弄されすぎだ……。
「それで……あの男から今日いきなりメッセージが来て」
「何だ連絡先交換してたのか」
「アリアは嫌だったのです。でも悠宇様が太一と朝宮さんがそういう関係になったら無関係じゃなくなるし、連絡先は交換しておいた方がいいよって」
「そういう関係ってなんだろうな!」
「そういう関係ってなんだろうね!」
「そういう関係ってなんでしょうね」
アリアがにっこりと笑い、俺と美月は互いに見合って、目線をそらす。
悠宇のヤツも余計なことを……。
「せんぱいとねーちゃんがこの公園にいるらしい。暇だったら見に行けばって連絡が来たんです」
「せーくん、何でアリアちゃんに……」
「それでここに来たのか」
「あの男に言われて行くのはシャクですが、どうしても気になってしまって、でも結果的に来て正解だったようですし」
何だか最近年下勢にいろいろ見抜かれているような気がする。
こうなるのであれば遊園地の時に決めておくべきだったのかもしれない。
俺は腕時計を目にする。
「そろそろ家に帰らないと部活の時間に遅れちまう。ここでお開きにするか……」
「あ……そうだね。今日はありがとう。しばらく頑張ってみるよ」
「無理はするなよ。自分のペースで頑張れ」
こうして、美月と今後の運動の計画を確認し、互いに家へ戻るために一度別れることになった。
美月のやつ、筋肉痛で悲鳴を上げそうだな……。部活に来れるんだろうか。
美月が去ったのを確認し、俺とアリアも有栖院屋敷へ向かって歩き出す。
「すみませんでした」
アリアから唐突に声をかけられる。
「美月先輩に告白するつもりだったんでしょう?」
「……」
俺はあえて何も答えない。
「兄様と美月先輩がお付き合いされるのであればアリアは応援します。でも……兄様はその先のことを見据えていませんか?」
「……」
「もし、その先のことを成し遂げようとしているのであればアリアは正直、心配です。美月先輩をお家騒動に巻き込むつもりですか?」
「……分かっている」
美月に告白をしようと口を開いた寸前、俺の脳内を支配したのはこのお家事情だ。
名家有栖院とそれに命を捧げる小日向家。アリアも有栖院麗華お嬢様のお付きとなる以上……俺も完全に無関係とはいられない。
交際だけならまだいいだろう。結婚となるとお家がどう動くか。
……美月をこの問題に巻き込んでいいものか。
ただ今思うことは。
「ひたたたた! ひたいですぅ!」
なんか腹が立ってきたのでアリアのほっぺをつねることにした。
アリアはつねっている俺の手をはたいて逃げ出す。
「もう、何ですか!」
「生意気言ってんじゃねーよ。まったく」
「何か昔を思い出します。兄様昔っからアリアをいじめて楽しんでましたもんね!」
「そうだったか?」
「物は隠す、お菓子を奪う、泣くまでくすぐる。アリアはいつまでも覚えてます!」
「俺はそれ以上におまえがお転婆のじゃじゃ馬娘だった記憶しかない」
有栖院女学院に行ってすっかりお嬢様っぽくなってしまったが……。
こうやってからかったりするとすぐ頭に血が昇る所、星斗に向かって暴言を吐く所は昔懐かしかったりする。
美月のこと、アリアのこと……。
「子供のままなら何も考えずにいられたんだろうか」
時はまた少し進む……。