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062 君に伝え……

「……」

「……」


 思いつきで手を繋ぎながらゆっくりゆっくりと走ったが、めちゃくちゃ恥ずかしいなコレ!

 美月のペースで2キロを走るとなると相当な時間かかるし、通りすがるランナーから微笑ましい声とリア充○ねみたいこと言われるし、

 何だかいたたまれなくなってお互い無言になってしまった。


 俺と美月はジョギングコースから外れて、広場へ来ていた。

 この場所は公園の中で最も開けた場所であり、芝生となっている。

 親子連れがボールやフリスビーなどを使って遊んでいる。


「そ、そろそろ手を外すぞ!」

「う、うん!」


 手を外すことになぜか許可を求めてしまう。

 何やってんだろうな俺。


「あ、あの太一くん」


 美月は慌てた様子で声をかけてくる。

 強ばった顔も実にかわゆい。ずっと見ていたい。


「私汗っかきだから、その手は早めに拭いてもらえるとありがたいかな!」


 そういえばずっと手を繋いでいたから相当汗がにじんでいるな。

 今日は猛暑日。汗っかきとか関係なく汗が出てくるものだ。

 俺もすでに汗をかいている。


 美月の汗……か。


 俺は手のひらを鼻の近くへ寄せ嗅いだ。


「かぐなぁ! バカァ!」


 怒られた。


 変な雰囲気を払拭させるため俺はバックから遊具を取り出す。

 今日は元々浅めの運動の予定だったしちょうどいい。

 俺は美月にグローブを手渡した。


「キャッチボールをやってみるか?」

「うん!」


 キャッチボールで使える軽いグローブと軟球を用意した。

 これなら女の子でも軽々扱えるはずだ。

 どれだけ投げられるか分からないので3mほど離れてみることにする。


「ばっちこーい!」


 そんな言葉どこで覚えたのやら。

 本気で投げたら取れないのは分かっているのでゆっくりとボールを放り投げる。

 放物線を描いて、美月は慌てつつもグローブに納めた。


「やるじゃないか」

「へへーん、野球部エースの姉なんだから当然なのです」


 さっきまでぜーぜー言っていたとは思えないぐらい強い言葉を放つ。

 この距離なら行けるか?

 俺はしゃがんでキャッチャースタイルへと体勢を変える。キャッチャーミットじゃないが問題ないだろう。


「よし、本気で投げ込んでこい」

「いいの? 150キロ近く出るかもしれないよ」

「出たら今日から部員になってグラウンドに出てもらおうかな」

「甲子園で活躍しちゃうかもね」


 今、まだ女子は甲子園に出れないけどな。

 でもその意思は尊重したい。

 美月はフォームを作り、足を上げた。あのフォームは星斗の物に似ている。

 見よう見まねの弟の投法。美月の右手からボールが放たれる。


 天へ向かってボールは上がって、上がって、下がって……、


 美月の頭の上へと落ちた。


「んぎゃっ!」


 そうはならんだろ。



 ◇◇◇


「いくよー」

「おお」


 美月にしっかりとフォームを教えて何回かキャッチボールを行う。

 最近分かってきたことだが朝宮美月は非常に飲み込みが速い。


 初期レベルはマイナスだが、経験値10倍のスキルを持っているイメージだ。

 磨けば女子選手として活躍できるんじゃないだろうか。

 吹奏楽でもソロに抜擢されるくらいだから根気よく練習するのが一番なんだろうな。


「太一くん」

「ん?」

「もうだめ」


 だけど、体力はさすがにすぐにはつかないようだ。

 肩で息をする美月の元へ近づく。今日の運動はこれくらいでいいだろう。

 美月に水を渡してゆっくりと飲ませる。


 そしてもう一つ。


「よく頑張ったな。2キロも歩けたし、ボールもちゃんと前に投げられるようになった。大したもんだよ。美月は本当にすごい子だ」


 昔のように美月の一挙一動全てを褒め称える。

 すると美月は顔をまっすぐオレを見据えた。


「もっと……」

「え?」

「もっと……昔みたいに褒めて!」


 美月が詰め寄るように近づき、俺のTシャツを掴み取る。

 そのあまりの勢いに俺も動揺した。


「み、美月。そんなに動いたら!」


 当然疲れている美月の足が砕けてしまい、バランスを崩す。

 俺もその勢いに負け、美月を守るために無理矢理引き寄せて芝生の地面へと倒れ込んだ。

 俺が下へ、美月が上へ……そんな体勢となる。


「太一くん……」


 俺は首を動かす……。


 やばい。


 美月の頬や額から汗が滴となって落ち、艶っぽい唇と相まって非常に色気を感じる。

 目線の先にはシャツの隙間から豊かに育った胸元が覗け、視線が釘付けになってしまう。

 何というか全体的に柔らかい。太ったとかそういう次元ではなく、純粋に美月は柔らかいんだ。


 両手は美月の背に触れており、ウェアが汗でべっちょりしている。

 このまま胸元を見続けるのはまずい気がしたので美月の後頭部を俺の胸に押しつけた。


「むほっ! むふふふふふふふふふふふ!」


 何か嬉しそうな声が聞こえる。

 って!


「おま、ちょ、舐めるな!」


 慌てて美月の頭を持ち上げる。

 見上げた先には恍惚とした笑みを浮かべていた。


「太一くんの胸元……筋肉してて……すごくイイ」


 美月のフェチを刺激してしまったようだ。

 それだったら俺も美月の胸を舐めさせろって言ったら犯罪になるんだろうなぁ。


「少し落ち着いたか」

「うん……」


 俺はもう美月を体を掴んでいない。言えばフリーの状態だ。

 それなのに美月は俺の体から離れようとせず、俺の体をベッドにしている。


「楽しいなぁ……」

「美月?」

「すごく楽しい……4歳の頃に戻った時みたい」

「ああ……」


 俺の人生……決して悪い物ではなかった。

 裕福な家庭に生まれて、友人にも恵まれ、能力にも恵まれた。

 なのにもの足りなさをずっと感じていた。


「私……幸せだなぁ」

「……俺もだよ」


 少しだけ無言になる。

 なんとなくだけど……思いが重なっているように感じる。

 美月も思ってくれていたのだろうか。4歳の頃から今の間までの空虚な気持ちを。

 12年前の結婚の約束は抜きにして……幼馴染でずっと仲の良いままでいられたらきっとこの12年は至高の時だったんじゃないかと……。


「もっと……幸せになりたいなぁ」


 美月がそう願ってくれるのであれば……俺は覚悟を決める。

 美月の両腕を手に取り、一気に横へとずらす。そのまま芝生の地面に押し倒し、俺は美月の上へ覆い被さる。


「太一くん……?」


 美月の両腕を押さえて逃げられないように固定し、怯えつつも目が合う美月にこの気持ちを伝えるんだ。


「だったら幸せにしてやる。俺と……!」


大きく息を吸い、美月を押し倒した状態で……覚悟を決める。


胸の中にある想いを全てぶちまけようと思った。

きっと美月なら受け止めてくれる、そう信じて……。


でも。


それとは逆に頭の中にある想いが楔を外したように広がる。


「っ……」


口が動かない……。

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