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061 スポーツウェアを着た君に見惚れたい

 土曜日朝7時。

 今日から美月のシェイプアップ計画の始動となる。

 本当のことを言うと断ろうと思ってた。

 夏の大会まで後少しの状況。野球部の副主将として考えることは山ほどあるし、今日は9時から練習で夜まで続けることになる。

 さすがの俺も体力の限界だ。今も少し疲れている。


 スポーツウェアを身に、屋敷と朝宮家の中間くらいにある自然公園へ足を運ぶ。

 この公園は2キロほどのジョギングコースが設けられており、他にもテニス場やドックランなど運動メインの多目的な公園となっている。

 すでにウェアを着た人達が老若男女問わず運動をしている。


 集合場所に到着……と美月はいるかな。


 いた。


 朝宮美月は道路の際で待っていた。

 やはり人目の惹く容姿をしているためか通りすがる人達の視線を集めている。

 実際可憐だもんな、よく分かる。


 美月は可愛らしいピンクのショートシャツにハーフパンツを履いていた。

 何だかウキウキ気分で待っているようにも見える。


「美月!」


「あっ、太一くん!」


 美月は俺の声に応えるようにこちらを向いて大きく手を振る。

 遠目から見ても嬉しさが溢れているようなそんな風にも見える。

 美月はすぐさま俺の側に来た。


「おはよう、太一くん! 今日はあついね~!」

「あ、ああ」

「今日はいっぱい運動して汗かくぞ~! 太一くんと一緒だから……楽しみだな」

「美月」


「なぁに?」


 美月は和やかに微笑む。

 俺が贈った髪留めで1つにまとめた艶らかな髪が夏風で揺れていた。


「明日から朝、毎日走ろう。きっとやれる」

「毎日!?」


 かわいすぎんだろ。

 かわいすぎんだろ。

 かわいすぎんだろおお!


 ちょっとした疲れが全部吹き飛んだわ。

 計画の変更だ。練習の疲れを美月に癒してもらおう。朝、癒やしてもらってから野球を頑張るのだ。


 美月のウェアをじっと見る。


「部活で使っているのとは違うな」

「あはは……。何度かダイエットしようと思って買ってあったんだ。使うことなくて仕舞ってたんだけど、使う日が来てよかった」

「良く似合ってるぞ。通気性も良さそうだし、運動しやすそうだ」

「でもね……」


 美月は肩を落とす。


「かなりゆったりめなのを買ってたのにいざ履いてみるとキツかったの。そんなに太ったかなぁ」

「どこがきつかったんだ? そこを重点的に鍛えてみようか」


「えっとね、胸とお尻がつっかえちゃったの。2年前に買った時はすんなり入ったんだけどなぁ」

「……それってただ成長しただけじゃないのか」

「え」


 美月は目線を下げて、自分の胸元を見て、すぐさま顔を上げて俺を見る。

 頬を紅潮させ、少し涙目になってしまう。


「えええ、太一くんのえっち!」

「それは理不尽だ!」


 どちらにしろ他の部位もやや太めになっているのは間違いない。

 ゆっくりしている時間もないからさっさと動かないとな。


 軽く準備運動をして俺と美月は動き出す。

 部活で行う鬼の校舎20周の時は相当なスピードを出すが、もちろん美月に合わせたペース配分を行うつもりだ。


「背筋をまっすぐ、顎を引いてゆっくり走ろうか」

「うん、お願いします!」


 しかし、美月の運動能力はどうなんだろう。

 クラスが一緒になったことはないから体育も一緒じゃなかったし……、運動会でも見たことなかった気がする。

 4歳の頃は誰よりもかけっこが早かった記憶があるから決して運動能力は低いわけじゃない。

 アリアと同じくらいと思うべきか? でもあいつ非力だけど運動センスは高いんだよな。


 5分ほどゆったりと走り、ペースを整える。

 このジョギングコースは森林に囲まれているので影が多く、涼しい。夏にはもってこいの場所だ。

 美月とゆっくり会話しながら……走るのも悪くない。


「なぁ美月。……あれ?」


 ふと横を見ると追走しているはずだった美月の姿がない。

 いやな予感がして振り向くと……。


 大木に寄りかかり、涙目になってぜーはーぜーはー言っている美月の姿があった。


「ハァ……ハァ……わ、私を置いて……先へ……ハァ……ハァ行って」


 さっきも言ったがまだゆったりペースの5分だぞ。

 息を切らしたままの美月の所へ向かう。


「だ、大丈夫か? 速かったか」

「……ふふふ……私はここまでみたい。大丈夫、しんがりはつとめみせる」

「小ネタを仕込む余力はあるんだな」


 ショルダーバックから水のペットボトルを取り出し、美月に手渡した。

 美月はくびっと水分を補給する。少し休憩して息も落ち着いてきた。


「こんなに体力が落ちてるなんて思わなかったよ」

「吹奏楽だって体力はいるだろ。楽器を持って何曲も演奏するなんて俺には無理だし」

「そうなんだけど……走ると駄目なのかなぁ」


 使ってる筋肉とかそういうのもあるのだろう。

 それにしたってダメすぎる……。


「体育の時間はどうしてるんだ? 冬とかは女子だって持久走とかあるだろ」

「万年最下位争いしてたよ」

「体力無いのは昔からじゃねーか」


 美月は軽く息を吐き、しゃがみこむ。


「運動会の時もね。私は走らなくていいって言われた」

「あの感じだと50mも走れなさそうだもんな」

「中学の時にね。走らなくていい、その代わり男子の名前を言って、がんばれって言うだけでいいって」

「え……」


「そしたら男子がすごく喜んでくれて……私のクラス1位になったなぁ。あれから何かすごく告白されるようになった気がする」


 そりゃそうだ。

 上手いこと考えるやつがいたものだな。美月と同じクラスだったらその恩恵を受けられたというのに……。


「太一くんは短距離も速かったもんね。中3の時、陸上部の人にリレーで勝った時は大盛り上がりだったっけ」

「見ていたのか……」

「見てたよ」


 美月はしゃがんだままニコリと笑った。

 こんなの言われたらこのままコースを10周してしまいそうだわ。


 ただ、あの時は向こうがバトンの受け渡しミスをしたおかげで勝てたようなものだった。

 だからこそ思う。


「一緒のクラスだったらよかったのにな……」

「一緒のクラスになりたかったね」


 お互いの知るエピソードを同じ立ち位置で経験してみたかった。

 一緒に笑い、一緒に勝利を感じあいたかった。


 俺は美月に手を差し出した。

 美月はその手を掴み、俺はその手を引っ張った。


 だけど俺はその手を離さない。


「太一くん?」

「手を繋ぎながら走ってみるか。それなら美月のペースに合わせられるし……悪くないだろ」


 美月はゆっくりと頷いた。


「うん、悪くないよ」


 過去に交われなかった分、今たくさん交わろう。

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