060 もしかして太りました?
「ななななな何を言っているのかな!」
星斗のいきなりの太った発言に当然、場は凍る。
美月の顔をちらっと見る。ここ最近毎日会っているから太ったような印象は見えない。
まるまるとしたほっぺにゆったりとした顔立ち。愛くるしいものだと思う。
「太一くんの前で言わないでよ!」
「せんぱいの前じゃないと逃げるだろ。ねーちゃんの聞いてないフリは聞き飽きた」
俺のいない所で結構言い争いをしていると見える。
俺がアリアと口ゲンカするのと似たようなものか。
美月は混乱した様子で床に落ちたフォークを拾う。
「太ったって証拠はあるの! 証拠!」
「この前から制服の腰のファスナーがきつそうだよね。あと部屋からよっこいしょって声が聞こえる」
「う」
美月はそっぽを向いた。
これは……そうなんだろうな。
「た、太一くん」
「せんぱい。ねーちゃんのために醜いんだよデブって言ってくんない」
「美月じゃなくてもそんなこと言えるか!」
前々から姉に対して言葉が過ぎると思っていたがちょっと強めに見える。
星斗がここまで言うってことは相当なのだろうか。
俺からすればそんなに太っているようには見えない。
判断に困るな……。
「ねーちゃん、太ったってことを認めないんだね」
「……」
「ふぅ」
星斗はスマホを取り出して、写真フォルダを表示する。
そこに写っている美月と今の美月を比べてみる。
「5月の初め頃のねーちゃん」
「あ……」
「あ……って何!? その察したって感じの声は何なの!?」
確かに……大きく違っていた。
ただ言い訳させてもらうなら俺は痩せ細っているより、多少膨らみがある方が好みである。
「かーさんがいなくなってから1ヶ月。オレらの食事事情がいよいよヤバくなってきて、ねーちゃんが料理し始めた頃の写真」
俺と再び出会う直前というわけか。
あの頃はおかず焼失の日の丸弁当が衝撃的だったな。
「燃やし尽くしたねーちゃんの料理のせいでちょっと痩せた頃だったね」
「あ……ああ!」
美月は思い出したように床に伏せてしまい、泣くように地面にしがみつく。
口出しづらいんだが……。
「な、なんで……そりゃ確かに料理の練習でいっぱい味見してたけど……太一くんやせーくんだって同じもの。いや、それ以上に食べてたじゃない」
「……そりゃ俺達は野球部で死ぬほど練習してるからな」
「くっちゃ寝、くっちゃ寝してるねーちゃんが同じ量食ってたらそりゃ太るよ」
実際は吹奏楽部とか野球部のマネージャー業もあるから言葉通りではないが、俺達男子と同じレベルで食うと……太るよな。
「オレが買ったポテチをしれっと部屋に持っていって食ってるでしょ。1,2個だったら見逃したけど……」
うん、それは太るな。
しかし、異性の俺が下手に言うと美月を大きく傷つけることになる。
この場合なんて言えばいいんだ?
「……太一くん、どうせ私はブタさんだよ。ぶひぶひ言うよ」
泣き顔で言うが意外に余裕そうにも見える。ブヒブヒ言っているのも可愛くて良いが……。
「俺は美月がどんな姿になろうが構わない。美月の思うようにしたらいいと思う」
「太一くん……」
「家帰ってきたら巨漢の嫁が尻かきながらポテチうめーって言っててもいいんだ」
星斗の言葉に自然と頭がそのシーンで浮かび上がって、俺の動作は自然と止まる。
「3日前のウチのねーちゃんです」
「……それは嫌かもしれんな」
「太一くん!?」
「ねーちゃん、そろそろ認めないと」
「わ、私は! それにかいてたのはお尻じゃなくてフトモモだから!」
「美月、気にするのはそこではないと思う」
そうなるとやはり次のステップが必要か。
料理もマネージャー業も上達した美月。ちゃんと教えこむことが出来たらもしかしたら……。
「美月、なら運動するか」
「……うん」
美月は頷いた。
「太った太ってないはともかく、適切な運動はしておいた方がいい。健康にも関わってくるしな」
「分かった。私……運動するよ!」
「ねーちゃん、カラダを引き締めると将来ウェディングドレスとか着る時に見栄えいいらしいよ」
「そ、そうなの!?」
美月が俺の方をじっと見る。俺との結婚を考えてる……? いや、その考えは早計か。
「ねーちゃんならやれるよ。がんばって!」
「ありがとせーくん。私、がんばるよ!」
それより心配なのは完全に弟に丸め込まれている奥さん(予定)の姿なのかもしれない。