006 好機
美月と急接近できた。
12年の時を経て、再び歩み始めたおかげで俺の心は明るい。
それに良き夢を見たこの日はきっといいことがあるに違いない。
るんるん気分でお昼の野球部のミーティングに参加した俺は……また信じられない物を見た。
「星斗……何でまた日の丸弁当なんだ……」
「ねーちゃんがはりきったせいでおかずが焼失した」
さすがの星斗も悲しげだった。
美月は思った以上に料理が下手なようだ。
しかし……これはチャンスかもしれん。
◇◇◇
その日の夜。
俺と星斗は再び、一緒に帰路へつく。
ウチの神月夜学園は体操着やユニホームでの登校を禁じているので面倒だが毎回制服に着替えて登下校している。
だらしない星斗の着衣の乱れを直しつつ、美月のいる家へ向かった。
「せんぱいの弁当上手かったなぁ~」
「2日連続で食い尽くされるとは思わなかったぞ」
相変わらずの食いっぷりだった。
さすがに部員全員ドン引きだったぞ。俺のおかずは全員から1品ずつもらったから何とかなったが。
「せんぱいのメシが上手すぎるのが悪い」
「褒められるのは嬉しいが実害が出るのは困るんだが」
星斗は欠伸をしてきょとんとした顔をする。絶対申し訳ないと思っていないに違いない。
話題を変えよう。
「朝宮はもう帰ってるんだろうか」
「うーん、今日は家にいると思う」
「ん? なぜ分かるんだ」
「ねーちゃんは吹奏楽部で、今日は休みのはずだから」
「そうだったのか」
まぁ、知っているがな!
当然美月が吹奏楽部であることは高1の4月から知っている。美月は中学の時も3年間ずっと吹奏楽部だった。
トランペットをずっと吹いていて……あの可憐な演奏を是非とも語り尽くしたいが俺は知らないという設定を押し通さないといけない。
美月がよく練習している曲が何かだって知っているんだから。
吹奏楽部は平日2日の休みがあって、今日は休みの日のはずだ。遊びにいってなければこの時間はすでに家にいるはず。
「ああ、星斗。それなら朝宮に俺が来ることを伝えておいてくれ。前みたいな炎上騒ぎはまずいからな」
「ん、分かった」
星斗はスマホを取り出し、電話をする。
「あー、ねーちゃん、オレ」
しかし、星斗と隣で歩いていると……やはり姉弟だからかよく似ている気がする。
ちょっと擬似的に美月と登下校している感覚に陥りそうだ。
性格は全然違うのが面白い。4歳の時の美月は大人しめな感じだった。12年経った今もミスはあるけど、しっかりお姉さんをしている。
弟がこんなマイペースだったら仕方ないのかもしれない。
「えっ、ねーちゃんが20分くらい待ってって」
「もう少しで到着するだろ。何かまずいことでもあるのか」
彼氏が家にいるとかそんなことじゃないだろうな……。
そんな現実だとそのままマンションから飛び降りてしまいそうだ。
通話中の星斗が耳からスマホを外す。
「ああ、多分……下着とか散乱してるから恥ずかしいんだと思」
『余計なこと言わなくていいの!!!』
美月の大声がスマホから聞こえてくる。
星斗は耳を押さえた。変わりにスマホを取り上げる。
「耳がぁぁぁぁ! 耳がぁぁぁ!」
「朝宮、入っていいタイミングで連絡くれ」
『あ、……うん』
そして20分後、近くの公園で時間をつぶして、美月の住むマンションへと向かった。
「来ていいってさ」
美月から連絡を受け取った星斗が俺に言う。
「掃除終わったみたい」
「昨日来た時はそこまでちらかってなかったろ」
「リビングはオレが片付けてるから。他の部屋がヤバイ。ま、せんぱいもねーちゃんの本性を見たら」
本性?
聞き返そうと思ったら、目的地に到着してしまう。
マンションの前でふわりとした黒髪の美少女が1人。
朝宮美月はマンションの前で俺達を待っていた。さらさらの髪が風で揺れて、思わず見惚れてしまう。
美月は白のチェック模様のブラウスに品の良さそうなロングスカートを履いていた。
……こうやって美月の私服を見るのは本当に初めてかもしれない。
「小日向くん、こんばんは」
「あ、ああ」
やばい、好きだって言いそうになった。
ちょっと破壊力強すぎじゃなかろうか。
昨日はずっと制服だったからそこまでではなかったが……やはり着飾った姿は本当に美しい。
「ねーちゃん、どっかいくの?」
「こんな時間からどこにもいかないよ」
「だって、そんな服。まるで好きな男に見せ、んぎゃっ!」
美月に見惚れていた俺は星斗がよろけて言葉に詰まる様子に気づくのが遅れてしまっていた。
頭を押さえているが何かぶつけたのだろうか。
声をかけようとしたと同時に美月から声が上がる。
「じゃ、じゃあ上がって!」