058 モチベーション
期末テスト1日目の朝、朝宮家に到着し、玄関の前で扉が開くのを待つ。
正直、期末のテスト時くらい通う必要はないと思うこともあるが、成績よりも美月と朝一緒に登校する方が大事だ。
俺は1位は難しいかもしれんが、普通にやれば10位以内くらいには入れる。
今回は自己勉強より美月の試験勉強に力を入れたから成績が下がるかもしれんな。
逆にアリアは先週の終わりの頃から美月の家に寄らず、自己勉強に励んでいた。
アリアにとってはこの学園に来て初めての試験だ。是非とも1位を勝ち取りたいのだろう。
「おぅ星斗」
「ふぁ……おはよ、先輩」
「おお!?」
家の扉を開けてくれた星斗だが……風貌がいつもと異なっていた。
目にクマがあり、非常に眠そうな顔をしている。
「おまえ……何やったんだ」
「ん? ……ちょっとしたゲームだよ」
「おいおい、月曜の朝から大丈夫かよ」
「うん、ちょっとだけ勉強したし赤点は大丈夫だと思う」
そんなわりによろよろだ。
星斗を支えるようにして家の中に入る。
「あ、太一くんおはよ~」
エプロンに身を包み、俺が贈った髪留めで髪をまとめた美月が笑顔で迎えてくれる。
可愛すぎてやばい、尊い!
同じく贈ったフライ返しを手に朝ごはんを作っていた。
最近は美月が朝ごはんと俺の弁当を担当しており、俺は美月と星斗の弁当を担当している。
今の美月の腕であれば俺が朝行く必要はないかもしれないが、俺も美月もそこには触れない。
「オムレツ、うまくできたよ~」
「おお! 形も綺麗だし、うまそうだ! すごいな美月」
「えへへ……」
褒めてあげるだけで嬉しそうな顔を見せてくれるので、俺はいつだって過剰に褒めてあげるのだ。
喜んだ美月のかわいい顔を見るだけで俺も嬉しくなるのだからやめられない。
朝食、弁当作りを早々に終えて、学校へ行く準備を進める。
朝練は無くても、学校へ行く時間は変わらない。
「日曜は勉強捗ったか?」
「うん! 英語ばっかり勉強して捗っちゃった!」
「ん……確か今日って英語はなかったよな。数学、化学、歴史……」
「……どうしよ」
突如美月が青ざめた表情をするがそこはどうしようもなかった。
他の科目も試験範囲はおさらいしていたからどうにかなるだろう。
「でも、こんなに頑張ったんだから100点とか取ってみたいな~」
「満点は大変だぞ。でも取ると気持ちいいからな」
「ほんと!?」
美月は褒められると伸びるタイプだ。
これまでの料理、部活と褒めちぎってると急成長してるように感じる。
もう一つ伸ばす秘策が……試してみるか。
「じゃあ、今回に限らずだ。もし100点取れたら」
「うん」
「俺にできること、何か1つ叶えてやるよ」
「え」
美月はその言葉と共に硬直する。
100点なんて普通は取れるものじゃない。成績上位者の俺だって高校入ってから1、2回ほどだ。
美月のお願いだったらどんなものでも叶えてもいいかなと思う。恋人、結婚、上等!
「な、なんでも?」
「そうだな~。あ、エロいことは控えめに頼むぞ」
「そそそそそそ! わ、私えっちな子じゃないしいいい!」
びっくりするほどの過剰反応。
美月って実は……結構イケる口なのかもしれないな。
そういや前の一生ゲームでも占いの時でも子供5人欲しいって言ってたっけ。
どちらにしろ交際してから……かな。
「まぁ考えておいてくれ」
◇◇◇
時は大きく過ぎていく。
気付けばテスト最終日より1週間が過ぎていた。
今日の昼休みに1階の昇降口の壁に1~3年の成績上位者30名の名前が張り出される。
多くの生徒がそこに集まってる。
さてと……見てみるか。
まずは3年生。
「あ、たーくん」
「たーくんって呼ぶなコラ」
生徒会長天童ほのかがそこにはいた。
大勢の男子、女子の取り巻きを連れて自身満々に振る舞っている。
1位 天童ほのか 487
5教科全部の得点であり、副教科は含まれない。
ほのかの1位は俺が1年の時から常連だ。
「ふっふーんすごいでしょ」
「大したもんだな」
3年間1位を維持するのは素直にすごい。
元々ほのかの学力は神月夜の学力に合っていない。もうちょっと上の学校であれば同じような結果にはならなかっただろう。
この学園が有栖院グループの息がかかっており、有栖院麗華が通っているという事実で俺とほのかがこの学校に来るハメになってしまった。
高校卒業後は自由に選ばせてもらうがな。
ほのかと仲良くすることを好まない取り巻きの視線が痛いので早々に移動しよう。
次は2年生。
お、吉田のやつ、28位じゃないか。かなり頑張ってるな。
俺は……5位。少し下がってしまったが平均90は取れてるし、文句はないだろ。
最後は1年生。
アリアが1位を取れたかどうかだな。
ちょうど1年の掲示の前でアリアが佇んでいるのが見える。
あの様子だと……。
「………………」
俺は慌てて兄として妹の顔を隠した。
学園一の美少女にあるまじき顔をしていたからだ。
振り向き、掲示を見る。
1位 夜凪星斗 493
2位 小日向アリア 492
「うっそだろ!?」
どうなってんだこれ。
しかも3位と20点以上差があるじゃないか。
「あれ、2位さんじゃないですか」
「っ!?」
アリアの体が大きく揺れる。
大衆をかぎ分けて、星斗が現れたのだ。コイツ何で丁寧語なんだ。
「星斗、1位すげぇな……。どうなってんだ」
「あ、せんぱい。大したことないよ」
大したことないよ……か。
夜凪星斗が成績優秀なんて聞いたことないぞ。少なくとも中間テストで張り出された時は名前は無かった。
「足をすくわれちゃったな。よりによって負けないって言ってたヤツに」
「くっ!」
アリアが歯を食いしばって耐えている。
ちょっと覗いてみると般若のごとき顔を見せていた。これはいかん。妹の未来に関わる。
キレた時の俺の母と顔が一緒だ。父も勝てない恐ろしい姿。
アリアはどんと俺を突き飛ばした。
「絶対、絶対に次は負けない! わたしは……あなたを見返してやる!」
この場にいる全員に響かせるようにアリアは大声で叫んでいた。
俺を含む全員がアリアに視線を寄せるがアリアはそのままこの場から早々と走り去っていった。
「……やりすぎたかも」
「星斗……?」
「ごめんせんぱい。後よろしく」
星斗も翻り、大衆の波を抜けて視界から外れてしまった。
しかし……こんな結果になるとはな。
テスト1日目の朝、確かに星斗はとんでもなく疲れた顔をしていた。
本当にゲームだったのだろうか。アリアに勝つために勉強していたとしたら……?
並大抵の努力ではなさそうだ。
「……分からないな」
星斗はアリアにつっかかる理由を頑なに話そうとしないし、アリアはアリアで頑固者だ。
俺も美月も苦労しているんだ。本当に。
「あっ」
掲示物を見る大衆から離れた所に美月が1人で立っていた。
俺と目が合って、美月が小さく手を振る。
くっそかわいいな。
荒れたこの場に現れたオアシスかよ。
人混みを抜けて美月の所に到着する。
「まさかせーくんがアリアちゃんに勝つなんてびっくりだね」
「美月も見ていたのか。俺達にとっては大波乱だな」
これをきっかけにさらに仲が悪化するのは正直困る。どうしたものか。
美月が下を向いてモジモジとし始めた。後ろ手で何かを隠しているようだ。
「英語のテストがね、今日返ってきたんだ」
この様子だとかなり良かったのかもしれないな。
当然だが美月の名前は上位30名の中には入っていなかった。
あと今回の英語は難しかった。俺のクラスも返却されていて、80点台だったんだよな。
学年平均も50点らしいし、70,80点くらい取れたのかもしれない。
美月はテスト用紙を見せびらかせるように提示した。
「じゃーん、100点取れたよ!」
「うっそだろ!?」
今日2回目のセリフだ。
確かに全問正解している。今回のテストで100点ってマジかよ。
「いっぱい勉強した成果が出てよかったよ~!」
「あ、ああ……美月はすごいな。よく頑張った」
「うん、ありがと!」
少しだけ頬を紅くした美月がテストを胸に喜びを噛みしめた顔をする。
「そ、それでね。100点取ったら何かしてくれるって言ってたよね」
「あ、ああ。まさかこんなに早く取るとは思ってなかったかな」
「だからその……そのお願い、今日じゃなくてもいいから……」
もしかしてそのために頑張ったんだろうか。
美月はそのお願いを聞いてもらうために英語のテストで100点を取った。
そして星斗はアリアに勝つために必死で勉強して1位になった。
美月と星斗……もしやこの2人はモチベーションを大きな力に変えて急激に伸びるのでないだろうか。
料理も部活のことも美月は上達したいという想いを力に変えて急成長してきた。
もしそうだとしたら……この姉弟をうまく焚きつけることができたのなら無限の可能性も考えられる?
美月は手で顔を隠すも真っ赤になった表情全てを隠しきれていない。
そのままゆっくりと口が動くと……。
「太一くんの胸元でぎゅっとして欲しいな……。12年前のあの時のように」