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056 マーキング

「うん、一緒に帰ろ。太一くん」


 俺はその美月の言葉に手を振り、1組の教室から出て行った。

 1組から男子女子問わず、騒ぎたてるように声が上がる。

 それは意図したことであるから別段気にすることもない。


 これは一種のマーキングだ。

 朝宮美月は2年生で1番人気の女の子。狙っているヤツも数多いし、今でもよく告白をされている。

 そんな美月のクラスで下の名前を呼ぶ男が現れたらどうなるか……。

 少なくとも美月に好意を持つ男子は打ちひしがれてしまうことだろう。難攻不落の朝宮美月と親しい男の存在は噂としてすぐに広まり、美月と俺が付き合っているんじゃないかという話になってくる。


 実際は交際していないが、互いに下の名前を呼び合う関係はただものではない誰でも予想できる。俺の美月にちょっかいを出す人間が相当減ると思っている。

 だから俺は1組に行き、わざと美月の名前を呼んで仲の良さを見せつけたのだ。


「ふぅ……」


 緊張はしないタイプだが、美月関係だとやはり慎重になってしまう。

 美月が帰りにちゃんと太一くんと呼んでくれたおかけでこの作戦は大成功だ。

 外野はこれで大丈夫。

 あとは美月との問題だけだ。


 美月は12年前、俺と幼馴染であったことは覚えている。結婚の約束を覚えているかどうか分からないが……そこは今はいい。

 美月は十中八九、俺に好意がある。いや、好意がないって言われたら女性不信に陥るレベルだ。


 ただ付き合うだけなら、この後放課後に告白すれば晴れてお互いは恋人同士になる。

 しかし俺が求めている交際は結婚を前提にした交際だ。18で籍を入れたいとすら思っている。

 だったらちゃんとしたシチュエーションで美月に一生記憶に残るような告白をすべきだと思う。


 ちっぽけな男のプライドというべきか。


 そのような意味ではこの前の遊園地は惜しかった……。

 この後、期末テストに夏の大会。さすがにこのタイミングで告白はできん。


 ちょっと考えるか……。



 ◇◇◇



 夜、部活が終わって解散する。

 俺はすぐさま着替えて、校門前で美月を待つ。

 お昼に連絡した通り、2人で一緒に帰るためだ。


 前は校門に美月が待っていて、他の部活の男子に絡まれていたっけ。

 俺は他の奴らに囲まれることはないのでのんびり待つだけでいい。


「太一くん、ごめん。待った?」


 神月夜(かみつくよ)学園指定のセーラー服に身を包み、足早と美月は駆け寄る。

 赤のチェックのスカートがひらりと揺れて白く目立った足先に自然と目がいく。


「今、来た所だ」

「じゃ、帰ろっか!」


 美月と2人で下校する。

 もうこれほぼ恋人同士みたいなものだろう。

 告白なんてしなくてももう意思が通じ合って結婚してるようなもんだろ!

 ここまで長かった。ここに来るまで12年もかかってしまった。だけどこれからはこうやって2人仲良く帰るのだ。


「今日の晩ご飯は私が作ろうかな~」

「ん? 何か作りたいものでもあるのか?」


「ふふ、太一くんがくれたキッチンツールを使ってみたいんだ。メニューはそうだね。オムライスかな!」

「いいじゃないか。フライ返しも入ってるし、使ってみたらいい」


「なんか最近料理がすごく楽しいんだ。せーくんも失敗が少なくなったって言ってくれるし、もっと味に拘りたいよね」

「随分と成長したよな。料理もそうだけど、マネージャーの仕事も安定してきた」


「ふふふ、もうポンコツなんて言わせませんからね!」

「美月のアレが見られなくなるのは寂しいもんだな」


「しかし……まぁ」

「どうしたの?」


「俺が贈った髪留め付けてくれてるんだな」

「うん、料理を作る時って思ってたけど可愛くて付けてきちゃった。学校だと無くすこともあるから……明日からは家で付けるようにするね」


「ああ……その……」

「うん?」

「すごく似合ってるし、かわいい……と思う。また買ってくるよ」

「はぅ! あああ、ありがと……」


 どんな髪型をしても美月はかわいい。

 俺が贈ったものを喜んで付けて、見せてくれるんだもんな。本当に心が動かされる。


 ……む。


「美月」

「え?」


 美月の腕を掴んで、道路の壁際に体を寄せる。

 この道は歩行帯がない。危なくないように道路側を歩いていたがハイエースタイプの車がやってきたため一時退避した。


「あ、あの……」

「あ」


 美月を壁に押しつけ、柔らかい二の腕を掴んでいた。

 どうにも壁ドンしているようにしか見えない。

 顔を紅くし、俺を見つめる美月のくりくりとした大きな瞳をもっと見たくて顔を近づける。


 いいだろうか。いいんじゃないんだろうか。

 美月が受けいれてくれるならこのまま。


「太一くん……」


 美月はゆっくりと目を瞑る。

 それと同時にもう片方の手を美月の髪に添えて、柔らかそうな美月の唇に顔を寄せて……寄せて……寄せるたびに。


 そして……。


 視界のギリギリの所でアリアと星斗が興味深そうに顔を覗かせていた。


「おい、見世物じゃねぇぞ」


「ご自由に」

「お構いなく」


「ファッ!?」


 美月は目を開き、そっちの方向に視線を寄せるとびくついて、俺から逃げるように体を離してしまった。

 ……いい雰囲気だったのに。


「ふ、二人はいつから!?」

「最初からです。校舎の所からずっといたのに気付いてなかったでしょう」


 アリアは呆れたように返す。


「仲睦まじく帰るのはいいけど、忘れられるのは何だか複雑」

「大変不本意ですが同意です」


 星斗とアリアは続けて言葉を交わした。


「兄様と美月先輩が仲良くなるのは大賛成ですが、この人と横並びで帰るのは嫌悪なんです」

「よく言うよ。さっきまで男子に囲まれて泣きべそかいてたくせに」

「かいてません!! そりゃ……庇ってくれたのは感謝しますけど」


「まったくこんなカマトト女の何がいいのかオレにわからん」

「それはアリアのセリフです! 他の女子も何でこんな性悪男に……」

「その口を男子に出せよ」


「ああ! もううるせぇ。ケンカするな!」

「ふふっ」


 星斗とアリアのケンカを見て美月は吹き出すように笑う。

 完全に弟、妹を見る目に変わってしまったじゃねーか。


 いいところを邪魔されたと思うが自然と怒る気持ちにはなれない。

 きっと焦る必要なんてないのだから。

 美月とこれからはずっと一緒だ。機会はきっとある。




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