054 その名で呼びたい
美月と2人きりのデートのはずだったのに気付けば8人の1大グループになっていた。
これじゃ普通に集団で遊びに行っているのと同じじゃないか。
こんなはずじゃなかったと何度もため息をついてしまう。
「せんぱい、ため息しすぎ」
「僕達に構わず行けばよかったのに」
隣を歩く星斗と悠宇に励まされる。
全員一緒に行動しているが結局8人いたとしても男グループ、女グループに分かれてしまうことになる。
前を歩く美月、吉田、麗華お嬢、アリア、ほのかはわいわい喋りながら歩いている。
後ろで歩く男3人は静かなものだ。
「抜け出すことも考えたけど……後々面倒なんだよ」
「まぁ……大きな話題にはなるよね」
家に帰ってからお嬢様に問い詰められることは間違いない。
それに今のこの気持ちで告白しても想いの全てを吐ける気がしない。テンションガタ落ちだ。
「こんなことになるとは……」
それからゆったり動くメリーゴーランドに乗ったり、パレードを観賞したり、観覧車に乗ったりと普通の休日へと変わってしまうことになる。
気付けば日も沈みかけてきた時刻。帰る時間となった。
「名残惜しいが夜は付き合いがあってな……先に失礼させてもらう。美月くんや鈴菜くんとディナーを楽しみたかったのだが」
全員集合した所で麗華お嬢様がそんなことをもらす。
名家有栖院グループ、総帥の娘は何かと忙しい。そもそも……そんな付き合いがあるなら初めから遊園地なんて来るなよって思うが、お嬢様なりの気晴らしがあるんだろう。
そんな麗華お嬢様にほのかも世話係としてついていくようだ。
麗華お嬢様が俺の側に来る。
「これで皆に夕食を振る舞って帰るといい」
色の黒いクレジットカードを渡される。
なんだコレ。一般庶民が持てるもんじゃないだろ。こえーよ。
「こんなもの渡されても困るんだが……、他人が使えるのかよ」
「悪いが札は持ち合わせてなくてな。太一が使用するのであれば問題ないよ。しかるべき所にはほのかから伝えさせている。恋に悩む弟分を応援したいという姉の気持ちだ」
「面白がってるだけじゃねーか……」
まぁ……気持ちだけは貰っておこう。
断るのもめんどくせぇ。
「手洗いだけすましておくか」
「お嬢様、私もついていきます」
「あたしは喉が渇いたな……」
「あそこに自販機があるよ。僕も行こうかな」
麗華とほのか。悠宇と吉田はそれぞれ一時この場から離れて行く。
最寄り駅まで30分。そのあたりまでは一緒だからそこで何か食っていくか。
その時。
「うぐっ!」
「きゃっ!」
後ろから思いっきり押されて前のめりとなる。
同時に美月が前に押し出されて、危うくぶつかりそうになった。
美月の後方に手を前に出すアリアの姿が、ちらっと振り返ると星斗が俺を押し出したようだ。
こいつら………。
「小日向くん」
俺の名を呼ぶ美月の声が耳を通り、胸を動かす。
肩まで伸びた麗しい髪が風と共になびく。今ここで美月を抱きしめたらきっとびっくりされるんだろうなと思う。
恥ずかしがりつつも、受け入れてくれる……そんな気もしてくる。
ムードもへったくれもないこの場では美月に好きだと言うこともできない。
「今日は誘ってくれてありがとう。凄く楽しかった!」
美月は屈託のない綺麗な笑みを浮かべる。こんな美月の顔を見ることができたなら今日は決して駄目な日ではないと感じる。
その可愛さに照れてしまってうまく応対することができない。
「そ、そうか。楽しんでくれたのなら幸いだ」
「うん、ホントだよ。だから……小日向くんにこれを渡したいの」
美月はバッグから小さなポーチを取り出す。
包装されているものでもない。なんだろうか。
美月から手渡されて、ポーチの封を開いてみた。
中にはボールのアップリケで必勝と書かれたお守りが入っていた。
「これ……朝宮が作ったのか?」
「うん、これからマネージャー達みんなで部員全員に作る予定なんだ。そ、その……小日向くんには私から……渡したくて」
「あ……ありがとう」
「まだ手作りが慣れてなくて不格好なお守りでごめんね! でも……受け取ってくれると嬉しいな」
両手を絡ませて美月は上目遣いで俺を見つめてくる。そんないじらしい仕草に顔が熱くなり、嬉しさがこみ上げる。
「嬉しいよ。本当に嬉しい。朝宮のおかげですっげー頑張れる気がする」
「あはは、頑張って!」
もうすぐ夏の大会が始まる。このお守りがあればどこまでも勝ち抜けて行けそうだ。
お守りを何度も何度も見てその手作りの力に心が励まされるようだ。
……そうだ。俺もあった。
背にかけていたバッグを降ろして、中から包装した箱を取り出す。
「俺も朝宮から渡したいものがあったんだ」
「えっ! そんな悪いよ」
「気にするな。今日の昼のお弁当、すごく美味しかったし、料理を頑張ってる朝宮に贈りたいと思ったんだ」
美月に包装箱を渡す。サイズがちょっと大きいのでここで開けるのは良くない。
「中にはキッチンツールセットが入っている。家に帰ったら開けてみてくれ。俺がよく使ってるメーカーの物なんだ」
「ほんと!? わ~嬉しいな。もっといっぱいお料理するね!」
「ああ、また弁当を食べさせてくれ」
そしてもう一つ……。
小さな包装紙の袋を取り出し、美月に手渡した。
「キッチンツールを買う時に見つけてな……よかったらもらってくれ」
「2つも!? 私は不格好なお守りなのに……申し訳ないよ」
こっちは美月に開けるように言葉を開けた。
美月は包装紙を開き、中身を取り出す。
「わぁ……かわいい髪留めだぁ」
「前、料理する時に髪をまとめていただろう。それでその……似合うと思って」
自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
美月の黒髪に似合う、白のバラを模した髪留めだ。
白のバラが綺麗なのもあったし、花言葉的にも合っていると思って購入した。
美月はさっそく後ろ髪をまとめて、前に流すように髪留めを付けた。
「どうかな?」
「かわいい……。あっ!」
思わず言葉が口から出てしまった。それと同時に美月も顔を赤らめて顔を隠す。
歯止めがきかなかった。間に合わなかった。髪を流したいつもの美月も本当にかわいいが、こうやって髪をまとめてみせたところもすごく可憐だ。
本当にたまらない。
「だ、大事に使わせてもらうね!」
「すまん」
首をそらして顔を隠す美月は強く言葉を吐く。
我慢すべきだった。あと少しだったのに……。
「うん、良し……言うぞ」
「朝宮?」
美月は一歩下がって、顔を隠していた両手を後ろに頬に赤みを残しながら、朗らかに笑った。
「小日向くんは12年前からずっと優しいままだね! 嬉しい!」
「えっ、それって!」
「みんな、飲み物買ってきたよー!」
俺の返す言葉は帰ってきた面々によってかき消されてしまった。
おい、どいてくれ! 俺は美月に聞かなければならないんだ。
「はぁ……ここまでですね。美月先輩」
「美月どうしたんだ?」
「私は美月くんとまだまだ語り合いたいんだが」
「もうお嬢様、美月ちゃんとはまた学校で話せますよ」
どいつもこいつも美月、美月、美月と言いやがって。
どうしてそこで邪魔をする。俺だって美月ともっと、もっと喋りたい。
何で女子はそんなに平然と近づくことができるんだ。
そうか……。ああ呼べば美月は応えてくれるのか。
「だったら俺も!」
激情に身を任せ、気付けば渾身の声が出ていた。
「美月って呼ばせろ!!」
『えっ』
一同静まる。
「……あ」
勢いと怒りにまかせて、思わず言葉を吐いてしまった。
こんなこと急に言っても美月が困るだけ、何やってんだ俺は……。
「お互い名前で呼べばいいじゃないか」
その静まった空気の中で麗華お嬢様が唐突に声をあげた。
「太一と美月くんは2人で遊びに行く仲だろう? いいじゃないかお互い呼び合えば。なぁ美月くん」
「えっ……。私は、その、構わないですよ」
少し困惑したように見える美月がゆっくりと口が開く。
「太一くん」
ドキリとした。
「その……太一くんでいいのかな。な、なんだか久しいね」
4歳の時にずっと呼ばれたその名前が久々に美月の口から放たれた。
その言葉が聞きたかった。ずっとずっと聞きたかった。
だから……思わず、俺の口からこの言葉がこぼれ落ちていた。
「美月」
「はぅっ! うおうおうおうお、ななななんだか落ち着かないね!」
俺以上に美月の方が感激しているようにも見える。
プレゼント上げた時よりも喜んでないか。
告白はできなかったけど……。
ゆっくりと一歩進めたような気がする。
12年前の俺と美月。
今の俺と美月。
そこがそろそろ線になって結びそうな気がした。
今日、この日から俺は美月をちゃんと口に出して『美月』と呼び始めるのだ。