005 重いんですけど
皿出しは美月に手伝ってもらい、自分を含めた3人分の料理を作る。
もう夜の8時を越えている。昼飯はバカに食い尽くされてしまったから、さすがの俺も空腹の限界だ。
手早く調理して、テーブルの上に並べた。
「せんぱいのごはんだ~」
「小日向くん、すごいね……」
元々炊けているご飯に、鶏肉と玉葱の卵とじと野菜炒め、あとはインスタント味噌汁を並べて晩ご飯の完成だ。
少し栄養に偏りはあるが、今日は仕方ないだろう。
時間も遅くなったし、さっそく食事を取る。
「おいしい……。卵がふわふわで……鶏肉が柔らかくて、味がよく染みていてすごく美味しいよ」
美月は顔を綻ばせて喜んでいる。
星斗はがっついて食べている。よほど腹が減っていたんだろう。
即席とはいえ、わりと上手くできたんじゃないか。野菜炒めの味付けもばっちりだ。
「せんぱい、おかわり!」
もう食べたのかよ。
差し出されたお椀を受け取り、席を立つ。俺がおかわりをよそうのも変な話ではあるが……まぁいいか。
「多めに作ってあるからしっかり食え」
「あ、あの……」
美月はおそるおそる手をあげる。
「わ、私も……おかわりしていいかな」
顔を紅くして美月も空になったお椀を差し出してきた。
恥ずかしそうに遠慮しがちな所が実にかわいい。はやく結婚したい。
「気にするな。男も女も変わらねぇよ。いっぱい食べな」
「やっぱり太一くんは優しいな」「せんぱい、はやくはやく!」
美月の発した言葉は星斗の賞賛の言葉にかき消されてしまった。
聞き返そうかと思ったがメシを求める2人の目に唆され炊飯器の所へ向かった。
俺の作るメシは特に白米に合うように考えている。3杯でも4杯でも食べるといい。
◇◇◇
「ごちそうさまでした!」
結構多めに作ったつもりだったが結局全部無くなってしまった。3人で5人分くらい食べたんじゃないか。
完食してくれたことは素直にありがたい。
まぁ星斗と俺は運動部ってことでよく食べる方だが……美月も負けてなかった。
満腹で落ち着いた俺達はお茶を飲みながら談笑する。
「うぅ……男の子の前でこんなに食べてしまうなんて……恥ずかしい」
「いい食べっぷりだったぞ朝宮」
「もう、小日向くんの料理が美味しいのが悪いの!」
ぷんぷんと美月はそっぽを向いて怒る。これは褒められているということでいいのだろうか。
ところでもういい時間だ。親が帰ってこないのが気になる。死別はしていないって言ってたっけ。
「今日は2人だけなのか?」
「うん、今日というよりしばらく……かな。4月から母が転勤になっちゃってね。今、単身赴任で別の所にいるの」
「そうだったのか」
「それでちょうどせーくんが神月夜学園に入学することになって、女1人で住むのは危ないけど、姉弟ならって」
それで今、2人で住んでいるのか。美月がそのまま母についていったら完全に失恋確定だからそれはよかった。
親がどんな仕事をしているか知らないが、いろいろ家庭事情はあるんだな。
「転勤だったらかなりの長期じゃないのか? 一緒に行かなくてよかったのか?」
「迷ったんだけどね。でも……どうしても転校したくなくて」
「どうしてだ?」
素朴な疑問に、美月はじっと俺の顔を見る。
何か変なことを言ってしまっただろうか。
そのまま美月を頬を紅くしてそっぽを向いた。
「……言えない」
「ま、無理には聞かないけど……」
ふと視線を別の方に向けると戸棚の方にコップサイズのシーサーの彫像が置いてあった。
「朝宮もシーサーを買ったんだな。中学の時だったか」
「うん、修学旅行の沖縄旅行……楽しかったよね」
「ん? ってことはせんぱいとねーちゃんってさ」
星斗が声をあげる。
「同じ学校だったの? 知り合い?」
「っ!?」「っ!」
こ、こいつ! いきなり俺と美月の関係に切り込んできやがった。
天然マイペースヤロウはこれだから……。何て言うべきだろうか。4歳の頃、幼稚園で一緒だったって言うべきか?
それから同じクラスになることはなかったって言うべきなのか……。
少しの間……時が止まる。
導いた答えは……。
「同じクラスになったことはなかったな」
「そっそうだね……」
言えなかった。
もし、ここで4歳の時……仲良かったよな俺達、なんて言ってみろ。
美月にきっとこんなことを言われるかもしれない
「え? そうだっけ。小日向くん、そんな昔のことしつこく覚えてるの……?」
想像上の美月が引いたような目で見る。
「うわっ、重いんですけど……」
ぐうきつい!
美月にそんなこと言われたら自害しかねない!
そう、だから……美月とは名前は知ってたけど、実際に話すのは初めてだよな~って雰囲気で話さなければならない。
俺のこの12年の重い想いがバレてはならない……。絶対にバらさない。
「うん、そう……」
でも何だか美月は寂しそうに言葉を発した。
どうしてそんなに俯いているんだ……。まぁいい。ここから美月の好感度を稼いでいけばいいんだ。
「そんなわけだから星斗。俺と朝宮は……」
「ぐぅ……」
「聞いておいて寝るんじゃない」
はぁ……どっと疲れてしまった。
時刻は9時をまわろうしていたので俺は帰ることにする。眠ってしまった星斗はそこに置いておいて、美月が玄関までついてきてくれた。
「今日は急に悪かった」
「そ、そんなことはないよ。美味しいご飯をありがとう……。あと、弟が迷惑をかけてごめんね」
「気にするな。星斗は野球部でよくやってくれている。いい刺激になるんだよ」
「弟は昔からあんな感じだから誤解されやすくて……でも小日向くんが一緒のおかげで最近すごく楽しそうなんだ」
美月は頬を綻ばせる。星斗のマイペースな性格から起こることに昔からいろいろあったのかもしれないな。
しかし、俺は絶対にあいつを見捨てたりはしない。
「弟想いだな、朝宮は」
「あはは……どうだろう」
「親代わりのようなものだろう? 本当に朝宮はすごいな。不慣れな料理を頑張っている所が尊敬できるし、素敵だと思う」
「はぅ!!」
美月は顔を真っ赤にさせ、目線を背けた。
さすがに恥ずかしい言葉だったかもしれない。いや、笑いを我慢して真っ赤になったのかも……。
「……昔みたいにもっと褒めて……」
「え?」
「な、何でもないよ!」
「じゃあ、俺は帰るよ」
手を振って礼をし、俺はエレベーターに乗って美月の家を後にした。
ここから俺の家まで歩いて30分くらいか……夜風に当たってのんびりと……。
「小日向くん!」
その声に俺は見上げる。
バルコニーから美月が身を乗り出していた。
「またね!」
美月は手をあげて大きく振る。
俺も応えるように大きく手を振った。
美月の顔が見えなくなる最後まで……大きく手を振ったのだ。
美月の住むマンションから少し離れた道路で俺はぐっと両手を挙げた。
「おっしゃあああああ!」
かわいい。
本当にかわいい。
完全に遠ざかった美月との距離がぐっと近づいた。そのような気がした。
今日は……いい夢が見れそうだ。