049 間接キス
美月は俺の弁当をのぞき込む。
「……本当に忘れたの? 1人で食べきれるサイズじゃないような気がするケド」
「朝宮なら大丈夫だろ」
「もうー! 私は食い意地が張ってるって思ってるでしょ!」
行楽用の弁当箱なのだから元々1つしか持ってきていない。
美月が弁当持ってきていると気付いて本当によかった。
美月の持ってきた弁当箱を開ける。
おにぎりに唐揚げ、ウインナー、卵焼き、ポテトサラダ。アスパラのベーコン包みに餃子も入っている。
定番のおかずがちゃんと揃っている。
「唐揚げの油が他のおかずに……うぅ、振動でおかずの配置が無茶苦茶になっている」
美月が開けた俺の弁当箱の中身と比較して美月が伏せてしまう。
このあたりは経験だから仕方ないだろう。今度ゆっくりと弁当の作り方について美月に教え込むとしよう。
箸で卵焼きを掴んで口に入れる。
「おっ」
「ど、どう?」
卵焼きをかみ砕いて飲み込んだ。
「上手くなってるじゃないか。これならいくらでも食べられそうだ」
「ほ、ほんとうに」
美月はぎゅっと拳を握った。
「ああ、美味しいよ。よく頑張ったな、すごいよ」
「えへへ……」
本当にうまく出来ている。
唐揚げはちゃんと火が通っているし、ウインナーも焦げていない。
ポテトサラダもじゃがいもの皮は残っていない。
大した進歩じゃないか。
「私もいただききま~す」
美月も俺の作ったハンバーグを口にした。
「う~~~~~~ん、美味!」
そうやって美味しそうに食べてくれるのが一番だよ。
お互いのためのお弁当。俺はしっかりと愛情を込めたつもりだ。
今後も続けていきたいな。
俺も美月も大きめの弁当箱に詰め込んできたので相当に量が多かった。
お互い気遣い屋のためわりと限界近くまで食べた気がする。
「……もうお腹入らない」
「さすがに多かったな」
こんな状態でジェットコースターなんて乗ったら吐いてしまいそうだ。
しばらくここで休憩だな……。
しかし、喉が渇いたな。ペットボトルの飲料はメシを食う時に飲みきってしまったし、買いに行くか。
「飲み物買ってくるけど、なんかいるか?」
「あ、もしよかったらお茶を飲む? 弁当に合うと思って暖かいお茶持ってきてたんだ」
「そうなのか。もらうよ」
美月は準備よく、紙コップも持ってきてくれていた。
2つ置いてお茶を注いでくれる。
その内の1つを手に取り、ゆっくりと喉へ入れた。
「美味しいなぁ……良いお茶っ葉を使ってる」
「お母さんが送ってくれたんだよ。単身赴任先で手に入れたからお裾分けだって」
「良いお母さんじゃないか」
満腹の腹に暖かいお茶の味がしみこむ。
実に心地よい時間だ。このままのんびりするのも悪くない。
俺も美月も早起きして弁当を作ったから昼をまたずに腹が減ったんだろう。
ちょうどよかった。
俺も美月もテーブルの上に紙コップを置いた。
「ワン!」
「ひゃん!」
大きな犬の声に反応し、俺も美月もそちらの方に向いてしまう。
12時を超えたから犬を連れた家族連れが隣の席に来ていた。
「かわいい!」
黒い肌の大型犬だ。ラブラドールレトリバーだったか。
こちらのテーブルの方に顔を寄せて元気にしっぽをふっている。
美月は優しく犬の頭に手を触れた。人なつっこいようだ。
「犬……私も欲しいなぁ」
「あのマンションではさすがに無理か」
「うん、でも働けるようになったらペット可な家に住みたいなぁ。あ、小日向くんの家……屋敷はいっぱいいるの?」
「名家有栖院だからな。麗華お嬢様なんて2,30匹飼ってるぞ」
「へぇ、すごいな。見てみたい」
「頼めば見せてくれるぞ。あの女、見せたがり屋だしな」
美月を自分の家に連れ込めないのがあの屋敷に住んでいる難点の1つだ。
高校卒業したら早々に家を出てやる。それか美月を嫁に出来ればいいのか? そうすりゃ有栖院グループの一員とすることが……。
そんなこと考えちゃ駄目だな。
俺は再びお茶を飲もうとコップに手を伸ばす。
「……」
「ん、どうしたの?」
「コップ……どっちだっけ」
「え」
そういえば紙コップを置いた瞬間犬に叫ばれたせいで
どっちに置いたか見てないんだよな。
後は美月の記憶頼りだったのだが、美月も止まったままだった。
いや、別にどっち使おうが構わないんだけどな。間接キスなんてき、気にしないし。
「新しい紙コップは……」
「今日持ってきてるのでこれだけなんだ……」
美月は伏し目がちに答える。
どっちだ。どっちが俺のコップなんだ。
……わからん。
「俺はどっちのコップだろうが気にしない。朝宮がよければ……」
「わ、私もだよ! じゃあ……」
「いいよね!」
「いいよな!」
俺と美月は適当に紙コップを掴み、中のお茶を飲み干した。
間接キスって言っても確率は50%。当たらない可能性もある。
お茶を飲み干してふとコップのふちを見る。
……しっかりと口紅の跡がついている件。
ちらりと美月の様子を見る。
「~~~~~~~~っ!」
顔を真っ赤にさせて、震えながらコップを見ていた。
もしかして俺が飲んだ跡が残っていたのかもしれない。
これはお互い言わない方がよさそうだ
そうだ。交際したらいつかはキスしたりするんだ。
間接キスくらいで動揺してたまるものか。
……でも美月が口を付けた所に口を付けるのは何だか背徳感を覚えてしまうものだ。
うん、やっぱり早々に移動しよう。