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048 信じてるよ

「ずっとえらいえらいしてあげるね」


 この言葉が俺の頭の中でぐるぐるまわっていた。


 4歳の頃の一件で高所恐怖症になってしまった俺は可能な限りこういうことを避けてきた。

 高層ビルとか足が地についていれば大丈夫なのだが、このドロップタワーのように足が宙ぶらりんになってしまうと血の気が引いてしまう。


 だけど……美月が手を握ってくれて、頭を撫でてくれた時にその恐怖がすっと抜けていくような気がした。

 いつもドジでポンコツっぷりが見られる美月がとても逞しく見えたんだ。


「もう、怖いならちゃんと言わなきゃダメだよ!」


 アトラクションを終え、俺と美月はタワーから離れるようにして歩く。

 美月からまるで星斗をたしなめるように怒られる。

 克服したと思っていたのに……かっこ悪い所を見せてしまった。


「すまない。恥ずかしい所を見せてしまったな」

「誰でも苦手なことってあるから仕方ないよ」


 美月はニコリと微笑み、優しい瞳で俺を見てくれる。

 幻滅させてしまったかと思ったが……心が広いおかげかな。


「俺は弱みを見せたくなかった。男としてってのもあるし、ちっぽけなプライドだ」

「そんなことないよ」


 美月はすぐに否定する。


「頼りがいがあるってのはすごいことだよ。小日向くんは野球部の副主将として皆を取りまとめている。マイペースなせーくんが唯一尊敬している。アリアちゃんからも兄として頼られている」


 美月はゆっくりと歩いて、俺の正面まで来て、顔をぐっと近づけてきた。


「でも隙を見せずに生きていくのはきっと大変だよ。だから……私には隙を見せて欲しいな」


「思ったよりも情けない男かもしれないぞ」


「うーん、私の方がボコボコな所見せちゃってるからね~。私の方が幻滅されてもおかしくないかな」


「朝宮は持ち味、個性みたいもんだろ。みんなからそれを求められている。幻滅されるわけがない」


「だったら小日向くんもでしょ。私はあなたの良い所いっぱい知ってるから。少なくとも私は絶対幻滅しないよ」


 美月の肩まで伸びた艶のある髪がゆらりと揺れる。感情のゆらぎを示しているかのようだ。


「もっと私を信じて欲しいな」


 ……信じているよ。4歳の頃からずっと。


 その華奢な腕を掴んで今にも抱きしめたいとずっと思っている。

 俺だって美月の良い所をいっぱい知っているんだ。

 4歳の時に結婚の約束をしたから美月が好きなんじゃない。4際の頃からずっと好きなんだ。

 美月と話はしなくても、美月の話題が出るたびに思い焦がれてしまっている。


 そして再び接し始めた今は……より強く美月を好きになっている。


 だから。


「ぐぅ」


 どこかのお腹から音が鳴る。

 美月は慌てて腹を押さえて、顔を紅潮させ、俺を見た。


「ちょっと早いけど、メシにするか」

「うぅ……、恥ずかしいよぉ」


 このピュアランドには大きな飲食エリアがある。本来であればそこで食べるのが普通だが、休憩もできるリラクゼーションエリアでは持ち込んだ物で飲食できるスペースがある。

 家族連れでここへ来て弁当を広げて食べることも可能なのだ。


「あ、あの」

「今日は特製弁当を作ってきたんだ。すっげーうまいぞ、食べようか」


 今日は早起きして手によりをかけて弁当を作ってきた。

 是非とも美月に食べたいもらいたい。今回は全部手作りだ。


「あ……うん、楽しみ!」


 予想とは裏腹に美月のテンションは低い。

 いつもの美月なら飛んで喜びそうなものなのだが……。

 元々美月はよく食べる。本人が気にするのであまり言わないが、食べることが好きな女の子だ。

 アリアやほのかはそんなに食べないから作りがいがないんだよな。そういう意味で美月が食べてくれるのがありがたい。


「それじゃ、休憩所へ行こっか!」


 美月の表情が明るい物に戻る。

 今はいつも通りだが……なぜさっきはあぁなったんだろう。


 ……もしかして。


 俺達は少し歩いて、リラクゼーションエリアの芝生に足を踏み入れた。

 ここには十数個のテーブルと椅子が置いており、他にも家族連れが弁当を広げていた。

 ちょっと早い時間だったから空いていたが12時を超えていたら座れなかったかもしれないな。


 俺と美月は椅子に腰掛ける。

 俺はリュックから弁当を取り出そうとチャックを開ける。


「あ、しまったー。弁当を1つ忘れてきてしまったようだ」

「え?」

「朝宮、この弁当を食え。俺は適当に買ってくるよ」

「そ、そんなの駄目だよ!」


 美月は立ち上がった。


「私1人だけ食べるなんて!」

「忘れてしまったのは俺の責任だ。それに朝宮に食べてもらいたいから作ったものだし、気にするな」

「だ、だったら」


 美月はカバンの中に手を入れて綺麗な小風呂敷で包まれた弁当を取り出した。

 テーブルの上にそれを置く。


「実は……私もお弁当をその……作ってきてたの」


 遠慮しがちで美月は目を背ける。


 やっぱりか。


 美月はこの前一緒に買い物へ行った時、小さなハンドバックを手にしていたのに今日は大きめなショルダーバックを持ってきていた。

 遊びに行くのにあんな大きなバックを持っているのはおかしいと思っていたんだ。

 ……気付いてよかった。ってか早めに気付くべきだった。反省だ。


「持ってきていたならさっき言えばよかったのに」

「言えないよ! 小日向くんの弁当の方が絶対美味しいもん」


 そこは仕方が無い。料理勉強中の美月と10年以上の実績のある俺とはまだまだ料理の腕に差がある。

 でもそうじゃない。弁当ってのは美味しいだけじゃ駄目なんだよ。


「でも俺は自分で作った弁当より朝宮が作ってくれた弁当が食べたいな」

「美味しくないかもしれないよ」

「美味しいさ。朝宮が作ってくれたんだ。きっと美味しい」


「うん……」


 美月は嬉しそうにはにかんで見せた。

 最近は失敗も減ってきているし、正直そこまで心配はしていない。

 むしろ好きな子の手料理を食えるという事実が嬉しい。


 俺達を作った弁当を交換し、テーブルの上へ広げた。

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