046 お姫様だっこ
クラッカーを鳴らしたのはピュアランドのマスコットであるウッシーくんとにゃん子ちゃんだ。
名前の通り、牛の着ぐるみとネコの着ぐるみを着た謎生物である。
側のマイクを持った女性が近づいてきた。
「お客様はピュアランドで今年20万人目の来場者となります。宜しければ記念撮影をさせてもらえないでしょうか!」
き、記念撮影? これはいったい。
「あ、ピュアランドって確か10万人毎の来場者へお祝いで、記念撮影をしているって聞いたことがあるよ」
「そうなのか」
美月の言葉に納得する。
10万人の中の1人……いや1組か。すごい確率が当たったものだ……。
「お二人はどのようなご関係でしょうか? カップルですかね」
お祝いをする女性が美月に向けてマイクを向ける。
このおねーさん、ぐいぐい来るな。
「わ、私たち……そんな!」
美月は慌てて首を横に振る。
俺達の関係は間違いなく友達同士だろう。しかし、俺は今日に美月を恋人にするために誘ったんだ。
もう好意を隠す気なんてない。
どうせ2人並んで写真撮るくらいだろ。
「カップルです」
「小日向くん!?」
「やはりそうですか! ではお二人ともこちらへどうぞ!」
お姉さんが先導し、マスコット達に背中を押されて入門ゲートを越えた先にあるピュアランドの名物であるハート型のモニュメントの前に連れてこられた。
ちょうどそこには20万人達成ありがとうという立て札とたくさんの花が添えられていた。
「お二人とも記念撮影をしますのでちょっとお待ちくださいね~」
「小日向くん、カップルって……!」
「ダメか? あれこれ言うのも時間がもったいないと思ったんだ。俺とカップルって言われるのは嫌か?」
「そんなわけない! いや……むしろ……その」
美月は顔を紅くしてもじもじと言葉を出す。
どんどん声が小さくなってきて、その後に続く言葉はまったく聞こえない。
堂々と言ったは良いものの実際、俺の心臓はバクバクだ。
かなり大それたこと言ってしまった気がするし……、嫌がられなかったからよかったけど、結構危ない橋を渡っているような気がする。
そもそも、モニュメントの前にめちゃくちゃ人がいるんだが。
「すっごく見られてるね……。は、恥ずかしい」
あの女の子可愛くない? って声が聞こえ、モニュメント前にどんどん人が集まってくる。
美月がかわいいからより人を集めてしまうのか。
俺の美月をただ見するんじゃない!
「悪い、こんなことになるなんて思ってなかった」
「ふふ、いいよ。記念になるし、アリアちゃんやせーくんにも見せてあげよ?」
少し照れながらも美月はニコリと笑ってくれた。
やっべかわいい。抱きしめたい。
「朝宮は堂々としていてすごいな。大物になれるぞ」
「うーん、でも小日向くんには負けるよ。中学2年の時に表彰されて、体育館の壇上で全校生徒に向けて堂々とコメントしてたもんね~」
美月はぐっと俺の方に体を寄せる。
「あ、朝宮」
「カップル設定なんでしょ? ……側に寄らないと、だ、だめだよ」
積極的な美月に思わず胸が熱くなってくる。
それにしてもあの時のこと覚えてたんだ。
「川で溺れた子供を助けるために橋から飛び降りるなんてヒーローだよ」
ざっと美月は俺の左腕に両手をまわした。今日は半袖のためその柔らかい手のひらの感触が腕に伝わる。
嬉しさで飛び跳ねてしまいそうだ。
……今、告白したい。
美月に好きだって伝えたい。
あと一歩、あと一歩のところで……。
「お待たせしました!」
邪魔が入ってしまう。
でも、こんな観衆の前で告白するわけにはいかない。止めてもらって正解だったのかもしれない。
「カップルの方々にはこのような構図で写真をお願いしています!」
「なっ!」「えっ!」
俺と美月の声が重なった。
係員のお姉さんが過去に撮ったとみられる写真を何枚も見せてくれる。
カップルで撮ったものは全て女性をお姫様だっこしていた。
「彼氏さんは力強そうですし、問題ないですよね」
「ダメダメダメ! 私、激重です!」
もちろん鍛えている俺は美月を抱きかかえるなど造作もない。
まさか……お姫様だっことは、だがこれはチャンスだ。
「あきらめろ朝宮。この段階ではもう逃げられない」
「で、でも、私最近食べ過ぎてて……ウッシーくんより重いかも!」
「おまえの腹には石でも入ってるのか? 大丈夫だ、俺を信じろ」
「うぅ……こんなことならダイエットすればよかった」
項垂れる美月に近寄る。ところでお姫様だっこってどうやるんだろうか。
「男の子は片膝を立てて座って、女の子がそこに座るウッシー!」
ウッシーくんとにゃん子ちゃんがにょっきと現れる。
さすがマスコット。こういう状況も手慣れているんだろうか。
促されて、片膝を立てて屈んで、美月に乗ってもらう。
「だ、大丈夫? 膝が折れたら夏の大会に支障が……」
美月の体型は普通である。そりゃアリアやほのかみたいにモデルかってぐらい細くはない。
でも俺は美月くらいの体型の方が好みだ。絶対抱き心地とか良さそうだし。肉感って大事じゃないか。
右手を美月の背に、左手を美月の膝の裏へ持ってくる。そのまま持ち上げた。
「重い? 重い? 重いよね!? 絶対重いよね」
「……重さに何かトラウマでもあるのか?」
「ああ、ダメやっぱ言わないで! 小日向くんに重いとか太いとか言われたら自死しちゃう」
「言わないから死ぬな」
美月をしっかり持ち上げるがどこかバランスが悪い。
「女の子はしっかり男の子を抱きしめにゃー!」
「は、はい!」
美月は恥ずかしそうに目を瞑って手を俺の首にまわす。
ああ、やばい。いいにおいする。今日朝、風呂入ってきたな。すっげーいいにおいするもん。このまま遊園地まわりたい。
これぞ夢にまで見たお姫様だっこ。
数年後、美月と結婚するときはぜひともヴァージンロードをこのまま歩きたいものだ。
「では撮りますよ~。彼女さんも撮る時はこっちを向いてください」
大勢の観衆が見守る中、俺は美月をだっこしたまま……記念撮影を行った。
あとは記念品の授与だけだが……降ろしたくないなぁ。
記念品の準備を待つ中……美月から声が上がる。
「……重くない?」
「まったく。もっとメシ食った方がいいんじゃないか」
「いっぱい食べてるよ。小日向くんのご飯に……自分で作った料理も可能な限りは処理してるし……」
処理しきれないものは星斗の口に入るのか。
「もうちょっとだけ……抱いたままでもいいか?」
「えっ! だ、だめ!……その、汗もかいてるし……くさいよ」
俺の首の後ろで抱きしめたままの美月が手を外し、距離をおく。
今の位置だと顔がしっかりと見える。確かに顔は紅いし……額に汗もみられる。
だけど、右手に力を入れて無理矢理抱きつかせた。
「すっげーいいにおいだ。俺、好きだな。……朝宮の匂い」
「ひゃああ!? だめだめ匂っちゃだめ! バカバカバカ、小日向くんのバカぁ!」
お姫様だっこしながらも猛烈に暴れられて、やむなく降ろすしかなくなった。
記念品を貰った俺は少しご立腹な美月に謝りつつ、ようやく……ピュアランドを満喫できそうだ。
「でも……本当にいい匂いだったぞ」
「すっごく恥ずかしいんだから、言わないで!!」