043 朝宮美月は弟に相談する
「まずい、まずい、まずい」
クローゼットから服を引っ張り出してあれだこれだと掴んで考える。
決まらない。何を着ていいか分からない。
明日は将来の旦那様(予定)とのデートだ。
誘われた時はびっくりした。
慌てて逃げちゃったけど……すぐに勇気を出して答えて本当によかった。
2人きりか……、普通に考えたらそういうことだよね。
だけど、太一くんとちゃんと話すようになってまだ1ヶ月半を越えたぐらいだ。そこが不安要素でもある。
料理とか部活で頑張ってる朝宮へご褒美! って堂々と言われるような不安もある。太一くん、お母さんみたいな人だもの!
でも私がトランペットの奏者で中学3年の時、ソロで吹いた時のことも知っていた。
やっぱり12年前の結婚のことを覚えているんじゃないかな。
想像を働かせる。
「小日向くん、私……12年前にあなたと結婚の約束したこと、ずっと覚えてるの! 今でも気持ちは変わらないよ」
想像上の太一くんは私を見下ろす。
「朝宮、いつまでも過去のことでグチグチと……見損なったぞ。もっと先を見れない女など必要ない。あとフトモモに3人分の頭乗せたけどやっぱ太すぎない?」
「だって……ひっく! ……私、そんなに利口な女じゃないもん。ひっく、不器用だから、太一くんとの過去にすがるしかないんだよ……」
「わあ!? な、泣くな! べ、別におまえと一緒にいたくないわけじゃないんだからな!」
まずい、私がポンコツすぎて想像上の太一くんがデレてきた。
でも最近は料理の失敗も減ったし、マネージャーの仕事も覚えてきた。
前ほどひどくはないはず!
一番お気にいりの服で行こうか。
正直、太一くんなら何着ても素材を活かしてるぜなんて言ってきそうな気がするし……。
太一くんってどんな格好が好みなんだろう……?
聞いておけばよかった。
実直な人だから派手目な服はダメだと思う。もともと、私自身が地味なタイプだから合わないというのもあるけど……。
美容院行って、無駄毛処理して、お風呂に入って、やれることはやった。
「あ、もうこんな時間か……。何か喉渇いた」
リビングを抜けて、キッチンに入る前……テレビゲームをしている星斗の姿が目に入る。
やっぱり男の子視点で聞いておいた方がいいよね。
「ねぇせーくん、ちょっといい?」
「なに」
「明日ね。ちょっと男友達と出かけるんだけど……」
「ああ、せんぱいと行くんでしょ」
え、なぜ知ってる。
私は星斗には話してない。ということは太一くんが星斗に何か言ったんだろうか。
「ねーちゃんの男友達ってせんぱいしかいないし、逆にせんぱい以外の男と出かける気ないでしょ」
「……せーくん、最近鋭くない?」
まさしくその通りだった。
自画自賛したくはないけど、小5くらいから私は急にモテだした。
太一くんと結婚する気しかなかったし、ずっと太一くんの姿しか追ってなかったから他の男の存在が邪魔で邪魔で仕方なかった。
下手に関わるとお礼に遊びにいこうとか言われて逃げにくくなるから、初めから関わらないように逃げまくった。
そのおかげで告白してくる男は後を絶たないけど、後腐れなく断ることが出来ている。仲良くなると断りにくいので男子と仲良くならなきゃいい。
「せーくんから見てさ、お姉ちゃんのいい所言ってくれない?」
「ねーちゃんのいいところ? うーん」
男を徹底的に排除したせいで相談できる男友達がいないのも困ったものだった。
弟視点から話を聞けば解決策はあるのかも。
「顔はかわいいよね」
「え?」
「友達からもねーちゃんはかわいいってよく言われるよ。そこは誇っていいんじゃない?」
「そ、そう? なんか照れちゃうな」
「みんなねーちゃんがポンコツっての知らないもんな。かわいそう」
「私がかわいそうだよ」
星斗がそっぽを向く。
「他にはないの?」
「うーん……」
何だろう、視線が私の顔ではなく、何か別の部分に行っているような。
「おっぱいがでかい」
「お姉ちゃんを変な目で見ないでくれる!?」
「じゃあ、下着とかちゃんと干せよ。そこ、Eカップのブラジャー混じってたよ」
星斗の視線を向ける先には洗濯竿につるされた下着があった。
「あわわわ!」
下着とか分けて洗ってるのに、他の洗濯ものに紛れ込んでた!?
慌てて回収する。下着はいつも自分の部屋に干しているのだ。
「ねーちゃんのいいところは顔とおっぱいだけかな」
「それだけなの!? もっと他に……」
「焦げた野菜炒め無理やり食わすとことか、風呂の中で寝て溺れかけるとか、冷房と暖房間違えて風邪引きかけるとか」
「おねーちゃんは何も聞こえない」
都合の悪いことは聞かないことにしよう。
「でもせんぱいに目を付けるのはいいとこなんじゃないかな」
「せーくんってほんと小日向くんが好きだよね……。もしかして」
「逆にせんぱいは見る目ないよね、って言っていい?」
「ごめんなさい」
でも基本的には賛成してくれるんだね。嬉しいな。
だったら……。
「もうちょっとアリアちゃんと仲良くしてよ」
「なに、いきなり」
アリアちゃんは良い子だ。まるで宝石が人間になったかのような美しい女の子なのに変に偉ぶったりもしない。
小日向くんの心がそのままとは言わないけど、兄妹だなと思う所は見られる。
だからこそ星斗の態度はアリアちゃんに対して申し訳ないと思ってしまうのだ。
「向こうがつっかかってくるから」
「初めにつっかかったのはせーくんでしょ」
星斗はゲームのリモコンを棚に戻してテレビを消した。
「……カママトぶってて、気持ち悪いだけ」
呟くように言葉を吐いて、星斗は自分の部屋へ戻っていった。
……私は人の感情に機敏ではない方だ。
やっぱりお姉ちゃんじゃ限度があるかな……。
よし、太一くんに相談しよう。きっとそれが一番の近道だ。
部屋に戻って寝転ぶ。
明日は10時集合だ。早めに起きて、風呂に入って、身支度しないと……。
スマホを取り出し、呆然と眺める。
明日楽しみだな~。
太一:明日が楽しみで眠れそうにないな
ピコンと音がして、スマホの画面にメッセージが流れる。
私は想わず飛び起きた。
「考えてること一緒だ!」
好きな人と想っていることが同じなのが何より嬉しい。
思わず笑みがこぼれてくる。
すぐに返信しよう。
美月:(゜o゜; ちゃんと寝ないとダメだよ(≧ω≦)
ふふふ、ちょっと彼女っぽいかな~。
なんて……可愛く言ってみる。
さて、何て返ってくるかな。
太一:明日、大事な話があるんだ。
「―――えっ!」
これはもしかするともしかするんじゃないでしょうか!
落ち着け。
落ち着け。
よし!
「念のために持っていこう!」
私は以前手に入れたハート型のゴム状の物を手に取り、ポーチの中へ大事にしまった。
「安全日もおっけ……。よしがんばるぞ!」
気がつけば次の日となっていた。
……太一くんとのデート、必ず成功させよう。