038 Distance
各話タイトルが英文字の時はアリア中心の三人称一元のお話となります。
この神月夜学園に転校してから小日向アリアは悩みがつきなくなっていた。
一番の理由はこの容姿から来る問題であった。
男性に慣れるために兄の所属する野球部のマネージャーとなったアリアだが、いろんな男子から声はかけられじろじろと見られる。
学園一の美少女と呼ばれていた3年のマドンナを遙かに超える容姿を持ち、同年代に比べて発育の良い体つきのため顔を見られ、胸を見られと、アリアはそのたびに不愉快な想いをしていた。
女学院時代には無かった男性の視線が不快であった。
母親譲りの容姿にはアリア自身も大層自信を持っており、有栖院女学院にいた時代から妹にしたいランキングで覇道の1位を突き進んでいた。
実際の所、離れて暮らす双子の妹がいるのでアリアは姉キャラだったりする。
小日向アリアはこの学校にやってきた目的は勉学のためである。
それはただの勉学ではない。アリアの父、母が主人と定める有栖院家の総帥の長女、有栖院麗華の補佐となるための勉学であった。
そのため18歳で卒業した後の進路先もほぼ決まっている。アリアは有栖院グループのために命をかける。それが小日向家を成り上がらせることの原点と考えていた。
ただ、それに伴って長年離れていた兄と出会い、頼ることが本当に正しいのかどうか悩んでいた。
女学院時代に男性を知らぬあまり、兄と親密になってしまう子も多く、兄が好青年になっていたらどうしようかと考えていた。
しかし、久しぶりに会った兄は父そっくりでそんな気持ちは微塵にも消えてしまっていた。アリアは男臭の強い男は好みでなかったのだ。
同じ部活の先輩、朝宮美月にこれを話すと信じられない!? みたいな顔されたようだ。
朝宮美月は逆に濃い顔をした男が好みだった。
ただ、兄が昔と変わらず世話好きの性格のままだったことはアリアにとって好ましいことである。
そして、今、現在進行形で困っている問題があった。
アリアが有栖院女学院へ行く前に……女友達から貰った翡翠のブローチがあった。
大切な思い出としてずっと髪飾りとして付けていたが……いつのまにか紛失してしまったのだ。
部活でジャージを着るまでは付けていたことは覚えているので恐らく……部活中に無くしてしまったと思われる。
(……古くなったブローチなんだけど……なぜか捨てることができないんですよね……。親しかった女の子の名前も顔も……もう覚えていないのですけど……)
ザッ。
後ろから足音が聞こえる。今アリアがいるところは校舎の裏の洗い場だ。
ここは手洗い場でもない。きっとアリアの姿を見て……近づいてたのだと感じ身構える。
(ああ……それが悠宇様であればいいのに……。昨日助けて頂いた真にお優しい殿方です。きっとわたしが困っている時に手を差し伸べて下さる人でしょう)
アリアが期待して後ろを振り向くと……。
「あれ、カマトト姫じゃん。何やってんの?」
「グゲッ!」
アリア曰く、この世で一番会いたくない性悪男である。
夜凪星斗。
いつも柔和な笑みを浮かべるアリアを気持ち悪いと言ってプッツン切れさせた野球部のエースだった。
(姉の美月先輩はあんなに綺麗で優しくてポンコ……、おほん、わたしはこの男と違って悪口なんて言いませんから!)
アリアは露骨に不機嫌な顔をして星斗へ立ち向かう。
「アリアに何かご用で?」
「用はないけど、で? こっちが質問してんだけど」
「は? あなたに答える義理はありません。放っておいてください」
アリアが困っていることは確かだが、星斗に貸しだけは絶対作りたくなかった。
死んでも頼んでやるものかと意気込む。
すると星斗はアリアの横を通り過ぎて草っ原の中を探し始めたのだ。
「な、何してるんですか?」
「ブローチ探してんでしょ。早く見つけようよ」
「なんで……」
「いつも大事に頭に付けてたじゃん。今は無いからそれかと思った」
(この人……わたしの髪飾りを覚えていたというの? 兄様ですら覚えてなさそうなことを……)
「アンタが早く見つけないと暗くなってからセンパイやねーちゃんが手伝いに来るだろ」
「あの2人なら……そうでしょうね」
「メシの時間が遅れる……。そんなことも分かんないのかよ」
(あああ!? やっぱりこの人、むかつきます!)
アリアは体の動きを早めて、星斗よりも早く見つけようと躍起になった。
これは意地である。
そして十数分が過ぎる。
「あ、これじゃない?」
星斗が手に持っていたのはまさしくアリアがいつも着けていたブローチだった。
星斗が探していた場所はまだ一度も探しておらず、先に見つけられたことに悔しさが表情となって表れてしまう。
「もう無くすなよー」
ドヤ顔の星斗に借りを作ってしまったことが何より悔しかった。アリアはあまりの悔しさで涙が出るかのように震える。
(わたしは有栖院に属するもの……プライドが邪魔してお礼を言わないのは名が廃ります)
覚悟を決めたアリアより先に星斗はアリアの髪に触れた。
「○△$%$&!!」
声にならない奇声を上げて、星斗からばっと離れた。
そのまま抗議の声を上げる。
「何するんですか!……あっ」
アリアの綺麗な黒髪には翡翠のブローチがしっかりと付けられていた。
「そんな手にブローチを渡せるわけないだろ。さっさと洗えば」
アリアは自分の両手を見てみる。ずっと探していたため手が草と土まみれだった。
(この人……意外に人を見ている?)
しかし、今までの経緯から素直にありがとうと言えない気分であり、面と向かってはありがとうと言うのは恥ずかしいので、
……そっぽを向いて口に出す。
「……アリアのブローチを見つけてくれて……ありがとうございました」
「アンタ……」
アリアはおそるおそる星斗の顔を見る……。
なんと……ひどく呆れた顔をしてた。
「やっぱカマトトぶってて気持ち悪いな」
「う~~~~~~! やっぱりキライです! この性悪男!」