036 夜空に輝くアリア(挿絵あり)
重苦しい雰囲気だ。
せっかく美月のエビフライが大成功だというのに……。
炊きたてご飯にエビフライ、ポテトサラダに冷や奴。今日の晩飯はほぼ美月が作ったと言ってもいい。
そんな喜ばしいことなのにこのザマだ。
「せんぱいおかわり」
星斗は普通通りメシ食ってるし……。
「アリアもおかわりはいるか?」
「いると思いますか!?」
俺にキレないでくれ。
アリアは元々小食だからおかわりなどするはずもない。
俺と美月はちょっと気まずい感じがして正直食が進まない。
アリアは大きく息を吐いた。
「で、あなたはアリアを怒らせるためにあんな態度を取ったのですか」
アリアは鋭い視線を星斗に投げかけるが星斗はまったく動じていない。
「アンタのカマトトぶった声が勘に触った。気持ち悪かったし」
「……今まで気持ち悪いなんて言われたことなかった。こんな腹が立ったのは生まれて初めてです!」
「オレもそうかも。だって気持ち悪くて反吐が出そうだった」
「何ですって!? そもそも何も手伝わないくせにエラそうに食べて! この性悪男!」
「んじゃアンタは何したんだよ。アンタは料理できんの?」
「……っ、少なくともあなたより役に立っている!」
「カマトト女は素直に家の人に作ってもらっていろよ」
「なんですって!? あなたにそんなこと言われる筋合いはない!」
「ああ!! もう2人とも落ち着け! 星斗は煽るな! アリアも座れ」
「センパイ、ごめん」
何で俺には素直に謝るんだ……。その素直さが逆にアリアの勘に障っているだぞ。
……こんなことになってしまうなんて。
美月がすごく申し訳なさそうな目で俺を見る。
俺が逆の立場だったら血の気が引いている所だ。
星斗と話し合うつもりだったが。
「ぐるるるるる」
先に明らかに威嚇している妹をなだめないと……。
晩ご飯が終わり、今日は早々に帰らせてもらうことになった。
アリアと共に玄関から出る。
「今日は本当にごめんなさい!!」
美月が大きく俺とアリアに頭を下げた。
「美月先輩は悪くありませんよ。全てはあの人が悪いのです。姉だからって守ってあげる必要はないのです」
美月はちらっと俺を見る。
「星斗のことは朝宮に任せる。少なくともこの件で俺がどうこうは考えていない」
「う、うん……ごめんね」
今回の件だってアリアを連れてこなければ発生しなかったわけだ。
相性の悪さを見抜けず不用意にアリアを入れてしまった俺にも責任はある。
アリアがいなければ星斗もいつも通りになるだろう。
……美月との今後を考えれば仲良くして欲しいのが本音だが。
「じゃあ、また明日な」
「またね、小日向くん、アリアちゃん」
◇◇◇
「どうなってるんですか! 美月先輩はあんなにいい人なのに弟が性悪だなんて!」
アリアとの帰り道。
さっきからずっと星斗の悪口ばっかり言っている。
鬱憤が溜っているなら解消させてやった方がいいのだろう。
でも……。
「随分すっきりした顔つきじゃないか」
「……むぅ」
アリアは自覚したようで悪口を止め、ぐっと俺の方を見る。
それに応じて昔みたいにアリアの髪をゆっくり撫でてやる。
夜なのに輝いて見える黒髪は見事なもんだ。
アリアの旦那になる男は宝石を手に入れるような感覚になるんだろうか。
アリアは一息つく。
「正直、今日一日大変でした。共学ってこんなに疲れるのですね」
「有栖院女学院の方が疲れると思うけどな……。生きてきた環境の違いだろう」
「いろんな方に声かけられて、ずっと笑顔でいなきゃと思うと……正直苦痛でたまりませんでした」
「アリアは有栖院女学院に行く前はどっちかというと……強気のイメージが強かったな。悪いことは悪いと口酸っぱく言うタイプだったろ」
「うっ、口が悪くなったことは反省です……」
アリアが全寮制の有栖院女学院へ行く前は少なくとも一人称はわたしだったし、敬語口調でもなかった。
正直久しぶりに会った妹は……記憶の中の妹と大きく変わっていた。顔は若い頃の母そっくりだが。別人といってもおかしくない。
「大変だったのですよ。女学院での生活は……。慣れてしまった今では……神月夜学園の方が大変ですけど」
「おまえがあそこで爆発しなければ俺が星斗を注意しようと思っていた」
「ふふ、もっと我慢したらかっこいい兄様が見られたのでしょうか」
考えすぎかもしれないが……星斗もアリアの性格を見抜いていたようにも見える。
アリアの爆発に俺が動揺してしまったのに対して星斗はまったく動じていなかったからな。
星斗は無感情の人間じゃない。俺が怒ればしょんぼりするし、美月の失敗料理には冷や汗かいて逃げようとする。
どちらにしろやり方は褒められたものじゃない。
「あの性悪男のおか……せいでアリアの鬱憤が晴らせたのはまぁ……いいでしょう。それでも許しませんからね!」
「まぁ……野球部や朝宮の家に近づかなければ会うこともない」
「へ?」
アリアは真抜けた声を出す。
「あんな屈辱的なこと言われたアリアが逃げ出すとでもお思いですか?」
「おいおい……」
「アリアも何かすごいことをやってあの性悪男にアッと言わせてやりたいです! あの男だけには負けたくない! だから!」
アリアは歩みを早めて先へと進む。
三日月の空の下、今日1日で誰よりも注目を浴びた少女は振り返る。
電灯や月明かりによって照らされる腰まで伸びた黒髪は圧倒的な美を表現していた。
白のリボンと翡翠のブローチで飾ったアリアは笑う。
「頼りにしていますから、お兄様!」