031 アリアが野球部にやってきた
「こ、小日向アリアです。せ、精一杯頑張りますので宜しくお願いしますっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
野球部再び沸く。
昨日は美月で今日はアリアか。
野球部のマネージャーも随分充実してきたな。
アリアは男性が苦手なので距離を取った状態で挨拶をしている。
「すみません、主将。勝手に決めてしまって」
「美しい……」
「え」
主将もお気にいりっぽいからいいか……。
昨日と同じように矢継ぎに質問をしてくる部員達を一喝し、練習を開始した。
「お兄様が教えて下さるのですか?」
アリアはジャージを持ってきてないので学校指定の体操服に身を包んでいた。
腰まで伸びる美しい黒髪は昼なのにまるで夜空のようだ。野球部員達がちょこちょこアリアを見ていることが分かる。
「しかし長い髪だな。母さんをマネているのか?」
「母様は憧れですからね~」
「俺には口うるさいイメージしかないけどな」
「有栖院に反抗するようなこと言うからですよ」
アリアは母とよく似ている。麗華お嬢や他の人からもしっかり特徴を受け継いでいると話のネタのように言われる。
母や妹を褒められるのは家族としては嬉しいものだが……あまり美人すぎると厄介事も増えてしまうから心配だ。
「兄様も長い髪は好きなのですか?」
「嫌いではないな。ちゃんと手入れしてるのは素直に凄いと思う」
「兄様なら触ってもいいのですよ~」
「バカなこと言ってんな。あと俺以外には言うなよ。男はすぐコロっといくからな」
「ん、小日向も長い髪が好きだってか」
野球部のマネージャーの吉田とその後ろから美月もやってくる。
マネージャー陣が勢揃いだ。
「吉田に朝宮。悪いがアリアのことを頼む。どうせ暇してんだ。コキ使ってやってくれ」
「昨日から入部した私からすれば……すでに教えてもらう立場かも」
「美月はポンコツだからなー」
もう!っと頬を膨らませて美月は吉田に言葉を返す。マジクソかわいい、結婚したい。
「朝宮先輩、吉田先輩。ご指導宜しくお願いします」
「おー、まっ気楽にいこうぜ」
「ねぇ、小日向くん……」
練習に戻ろうとした先に美月に呼び止められた。
日曜のこと、お昼のこと、アリアのこと……思い浮かぶことが多すぎて頭がこんがらがってくる。
こうやって呼び止められると嫌な予感もしてくる。
美月はぐっと力を込めたように強い目つきで声に出した。
「練習がんばって!」
「ああ! ……ありがとう」
俺は考えすぎなのかもしれない。
美月からのただ一言の応援、それが何よりも嬉しかった。
◇◇◇
「お兄様、タオルをどうぞ!」
休憩時間にアリアからタオルを受け取る。
他の部員達からは羨ましそうに見られるが構うものか。
かわいい女の子からタオルを受け取ることの素晴らしさを俺は昨日美月から受け取ることで分かった。
妹にコレをさせるわけにはいかない。
「マネージャーの仕事はうまくやれているか?」
「はい、美月先輩のお手伝いをさせて頂きました!」
アリアは頬を綻ばせる。
朝宮先輩から美月先輩に呼び名が変わったということは……いろいろあったんだろうな。
いろいろあったんだろうな……。
「朝宮は何で絶望感溢れた顔をしてるんだ」
「小日向くん……私、ポンコツだったよ」
それは結構前から知ってるし、みんな知ってる。
俺はアリアを見た。よくよく見るとその笑顔はどこか引きつってるような感じもした。
アリアは少し冷や汗をかきながらも声に出す。
「そ、そんなことないですよ! ちょっと重曹と塩を間違えたり、色物の洗濯物に洗剤と漂白剤間違えたぐらいじゃないですか」
「まぁ……それぐらいなら」
美月は首を垂れる。
「そのぐらいがあと5行くらい続くんだよ」
「多いな!?」
「アリアちゃんにいっぱいフォローされちゃった。アリアちゃんすごいんだよ。ボール磨きも出来るし、白線もまっすぐに引けるし、お茶がお茶してるんだよ!」
それは誰でもできるだろと言いそうになったが慌てて口を押さえた。
隣のアリアも同じように口を押さえている。兄妹考えてることは同じか……。
家の洗濯は誰がやってるんだ……? 聞くのが怖い。
「小日向くん、私……そんなにダメかなぁ!」
立ち上がった美月に詰め寄られ、両手を掴まれる。
体と体が密着するぐらいの距離。美月は涙目だが、正直胸部に当たる刺激を長らく味わい続けたいと思う。
煩悩を消せ、美月は真剣なんだ。
「誰だって初めはそうだ。料理だってそうだろう? 何事も一朝一夕でできることじゃない」
「……」
「トランペットだってすぐに出来たわけじゃないだろ」
「え?」
「でも中学3年の時、大会でソロのパートをやっていたじゃないか」
「小日向くん、知ってたんだ……」
中学3年の時、美月が出場する吹奏楽部の大会に隠れて見に行ったことがある。
結果は賞を取れず、敗退してしまったが……俺は非常に満足していた。
美月のソロ演奏がとても立派でかわいくて……今、思えば美月に惚れ直したのもあの頃だったか。
もし美月が神月夜学園に来なければダメ元で卒業時に告白していたと思う。
「だから負けるな朝宮。……俺は頑張っている朝宮が……す……いいと思う」
美月は顔を紅くさせ、すぐに後ろに下がった。顔を俯かせているが耳まで真っ赤になっていることが分かる。
我ながら恥ずかしいことを言ったかもしれない。
「ありありありありがとと、っ! 鈴菜ちゃんとこ行ってくる!」
「朝宮!」
美月は慌てて後ろを向いたまま駆けだしていくがそんな走り方したら間違いなく。
「ふぎゃ!」
バックヤードの鉄柱に頭をぶつけるのであった……。
息をつき、ふと視線を横に向けるとアリアが何やらニヤニヤした顔をしている。
「なんだよ……」
「兄様のイイ顔見ちゃったかもしれません」
「太一、随分と楽しそうなことをしているじゃないか」
さらに場をかき乱す理事長代理様までやってきやがった……。