027 勇気を出せ
「おー。小日向。美月のやつ、相当なポンコツだったな」
「ポンコツって言わないで!」
親友は容赦ないな。
一通りのことを美月に教えた後、後の仕事は吉田にしてもらうことにした。
吉田もげっそりしてる所を見るとまた何かやらかしたようだ。
そして休憩時間に俺の元に2人がやってくる。
「小日向くん、ごめんね。自分でも思っている以上にダメダメだったみたい」
「気にするな。誰だって初めはあんなもんだ。苦手なことに挑戦する姿勢は大事だ。きっと朝宮もすぐに慣れるさ」
「あ、ありがと……。小日向くんも鈴菜ちゃんも最初はそんな感じだったの?」
「……」「……」
「何か言ってよ! そっぽ向かないで!」
俺も吉田も雑務系は得意な部類だからな。
美月は涙目になって落ち込む。
「そんなんでよくやれてたよなぁ。吹奏楽部はどーなんだよ」
「吹奏楽部は5年近くやってるからね……」
美月は遠い目をしている。あの感じだと吹奏楽部もやり始めは凄かったのかもしれない。
まぁ、どんなポンコツも経験すれば改善されるということだ。
「これから覚えてもらえばいい。それに単純に人手不足なんだ。朝宮は自分のペースでやってくれればいいぞ」
「そ、そうかな」
美月はそれでも気分が晴れていないようだ。
こればっかりはコツコツとしないと無理だろうな。
「美月、これ言ってみな」
「へ?」
吉田が美月の耳元でごにょごにょとアドバイスをする。
美月は何やら躊躇していたが、さきほどの失敗もあって素直に従っていた。
「み、みなさん!」
休憩中の部員達は一斉に美月の方を見る。
「練習……がんばって……ください、ねっ!」
部員達が動きが完全に止まる。
「鈴菜ちゃん、やっぱり……私じゃ」
「だーいじょうぶだって。ほら」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
野球部が沸く。
そのまま全員グラウンドに駆けだしていった。
「えー」
「男なんてあんなもんだよ。部員のやる気を上げる仕事ができれば十分だ」
「あ……うん!」
「ほらっ、あいつにもやってやんな」
吉田の言葉に美月は頷き、俺に近づいてきた。
この流れは……まさか。
「小日向くん」
「お、おお」
「頑張って! その……個人的に応援してるから!」
美月の澄んだ声が俺の耳の中に入り、脳に伝わっていく。
ごくっ。
唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
「おっしゃああああ! 星斗、ピッチング練習すんぞ! ブルペンに来い!」
「あいつも何だかんだ男ってわけだ」
「あはは……」
◇◇◇
今日の練習を終えて、帰り支度を行う。
美月のポンコツぶりにはびっくりだったが次第に慣れていくことだろう。
料理の件も少しずつ教えて行けばモノになるはずだ。
校舎入口に美月がいた。
「朝宮、どうした?」
「小日向くん。お疲れ様」
俺は後処理が残していたので遅くなったが、美月はすでに帰ってると思っていた。
何かあったんだろうか。
「野球部のみんなから一緒に帰ろうとか遊ぼうとか誘われたんだけど……せーくんと一緒に帰るからって断っちゃった」
美月と仲良くなりたい男達は数多い。
吉田が一緒の時は大丈夫だろうが、手を打っておかないといけないな。
「星斗はまだ来てないのか?」
「うん、スマホに連絡しても出ないから。まだ学校内だと思うんだけど……」
着替えていない可能性があるということか。
美月と一緒に辺りを探すとすぐに見つかった。
星斗は1人もくもくとグラウンドにあるブルペンの整備をしていた。
俺は星斗に近づく。
「1人で残っていたのか」
「あ、せんぱい」
ユニフォームを着たまま、星斗はトンボをかけていた。
「トンボがけは1年の仕事だろ。見た感じ十分だと思うが」
「オレも1年だよ」
ああ、そうか。
星斗は1年生で唯一のレギュラーメンバーに選ばれている。今日も他の1年とは別のメニューで練習に参加していた。
「ブルペンはオレが使ってるから。やっといた方がいいかなって思って」
「せーくんえらい!」
美月は星斗の行動に感激したようで頭を撫でて褒める。星斗の身長は175くらいだったか。俺と美月ほどの身長差はない。
星斗はきょとんとした顔で美月に頭を撫でられている。この姉弟の距離感を俺はよくわからん。
俺が年上のほのかや麗華お嬢様から頭を撫でられたらキレるかもしれん。
「もう少しで終わるから待ってて。せんぱいもねーちゃんも近くにいると汚れるよ」
せっせと整備をする星斗の横で美月と話をする。
「せーくんがこんなに頑張ってたなんて知らなかったな」
「1年でレギュラーだと天狗になりやすいんだが、星斗のマイペースはその常識を変えてしまっている。歯に衣着せぬ言葉で上級生から反感を買いやすいが、やることしっかりやるから同級生からは結構頼りにされているんだ」
上級生にはやっぱり気を使うし、体育会系だと上級生の命令は絶対って所はある。
星斗は1年でレギュラーだから実力で2年、3年にモノ言うことができるから立場の弱い1年からしたらヒーローみたいに思われてもおかしくはない。
「小日向くんも2年生なのに堂々としていてすごいよね。私は吹奏楽部の3年の先輩に何も言えないもん」
「ま……、俺も1年からレギュラー入りしてるからな」
自分で言うのもなんだが、ガタイも良くて、口もまわって、副主将の立ち位置。3年も俺にモノ言える奴はほぼいない。精々文句はおかん扱い的なとこぐらいだろう。何より有栖院の人間であることが大きい。教師も監督も俺に対しては遠慮がちだ。
正直、家のコネをこういうことで使いたくない。
「野球部に入ってよかった」
「え?」
「せーくんもいるし、鈴菜ちゃんもいる。そして何より……」
美月は振り向く。
「小日向くんと一緒にいられるのが嬉しいな……」
偽りのない好意。
俺も鋭い方ではないが、美月に気にいられていることくらいは分かる。
このチャンスは逃しちゃいけない……。絶対にだ。
「なぁ朝宮」
「はい?」
美月はきょとんした顔で言葉を返す。
「来週の日曜は……野球部の練習もなく、完全に休みなんだ」
「うん……」
「良かったら……その、遊びにいかないか」
「予定も無いし大丈夫だよ」
よどみの無いその言葉。きっとみんなで遊びにいくそう思っているのだろう。
よし……勇気を出せ俺。
次の言葉を出すんだ。
「できれば……いや、2人で遊びに行きたい」
「え?」
どうだ……?
嫌われていないのは間違いない。2人は無理って断られたとしても……今の距離感が把握できるはず。
どう返してくる。
「あ、あの……どうして」
美月は顔を紅くして一歩、また一歩下がっていく。
さすがのポンコツだってここまで直で言えば……分かるもんだろ。
美月はそのまま駆けだしていってしまった。
「はぁ……まだ早かったか」
時期尚早だったか。
残念だが何人か頭数を揃えて……みんなで遊びにいくことにしよう。
……やっぱ落ち込むな。
夏が近づき、恐らく最後の日曜日休みだ。この日が終われば大会まで総仕上げが始まる。
生暖かい風が吹く。
「いいよ」
風と共にあらぬ方から聞こえる声。その声だけは決して聞き間違えたりしない。
ブルペンの囲いの奥、美月の姿が影となって見える。わざわざ回り込んだのか。
「あ、朝宮」
「近づいちゃダメ! その……顔真っ赤だから絶対ダメ!」
近づこうとしたその一歩は止められてしまう。
だったらもう一度……もう一度。
「俺と2人で遊びにいかないか?」
囲いからひょこりと美月は顔を出す。
恥ずかしそうに頬を紅く染め、美月の唇は動いた。
「……よろしくお願いします」
おっし、きたあああああああ!
次の日曜日……俺は美月に告白をする!