025 美月が野球部にやってきた
日曜日の朝。
一昨日、昨日は本当に大変だった。
特殊な家庭である小日向家では家族が出会う回数が極端に少ない。
父や母は1年に1回、妹ズなんて何年会ってないかわからん。
妹のアリアは小学生の時から全寮制のお嬢様学校へ通っており、会ったのって本当に10年ぶりくらいじゃないだろうか。
あそこまで美しく成長しているとは思わなかった。
それが明日の月曜日から神月夜学園に通うとか……大きなトラブルが発生するような気がしてならない。
「おはよ太一。何かあまり覇気がないね」
同級生の悠宇が声をかけてくる。
今日は朝から部活動の時間だ
「ちょっと面倒なことがあってな……」
「そうなんだ。あ! 朝宮さんと何かあったとか?」
「それだったら面倒じゃなくて朗報だ」
「アハハ、そうだね。でも夏の大会も近いし、考え込んだままだとケガするよ」
夏の大会まであと少しだ。
悠宇の言う通り俺は副主将としてちゃんとまとめていかないと。
両手で頬を強く叩いて気合いを入れる。
「センパイおはよー」
星斗があくびをしながら近づいてきた。
「せんぱいが金土と来てくんないからひどい目にあった」
「そうか……」
「何、どういうこと? あ、もしかして朝宮さんってメシマズ?」
俺の奥さん(予定)の悪口を言うんじゃないと悠宇の頭をはたいておいた。
星斗がうつろな目で語る。あの包丁さばきと調味料の間違えはわざとかと思うくらい凄かったからな……。
「ねーちゃんのメシの味見係させられてんだけど、そろそろ腹痛で死ぬかも」
星斗の健康問題もあるし、速やかに美月の料理の腕を上げないといかん……。
夏の大会が腹痛で休場はまずい。
「そんで今日からだよね」
「今日からだな」
「ん。吉田せんぱいのとこに行ったよ」
家のゴタゴタがあって、ため息をついていたが良い話もあった。
そう。
朝宮美月が今日から野球部のマネージャーとして参加するのだ。
◇◇◇
「えっと……今日から野球部のマネージャーとして入部します、朝宮美月です」
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」
「かけ持ちなので基本週2,3日ほどになりますけど……みなさんと一緒に頑張っていきたいと思います」
「オオオオオオオオオオオオ!」
「な、仲良くしてください!」
「喜んでぇぇぇぇぇぇぇええええ!」
野球部一同沸く。
美月が発声し、礼をするたびに盛り上がるのだ。
そりゃ2年生で1番の人気の女子が野球部に来るんだ。盛り上がらないはずがない。
男共が口々に美月に声をかけてくる。
「彼氏いるの!?」
「好きな男のタイプ!? 芸能人なら誰が好き?」
「好きな食べ物は!」
「好きな音楽は!」
こういうことも想定されたため大きく息を吸う。
「オラァ! 練習すんぞ! さっさと準備しろ!」
「おかんが切れた!」
「おかんの切れ芸だ!」
「夏の大会まであと少しだ。腑抜けてる場合じゃねぇぞ! 今の俺らには練習しかねぇんだ! レギュラー陣は特別演習。1年はそのフォローをしろ!」
『ウィィィィーーーーース!』
野球部員はちりぢりにグラウンドへ向かっていく。
さてと邪魔者はいなくなった。
野球部員の中にはモテるヤツもいるし、牽制をしておかないとな。
美月の好みの男がいる可能性だって0ではない。
「ありがとう、小日向くん」
ニコリと笑みを浮かべる美月に胸が熱くなる。はよ結婚しよ。
「よし、朝宮。さっそくだが」
「んじゃ、あたしが業務を教えるから一緒に」
ちっ、まだ邪魔者がいたか。
野球部のマネージャーである吉田を何とかしないと2人きりにはなれない。
「吉田。朝宮には俺がいろいろ教えよう。レギュラー陣のフォローを頼みたい」
「あ?」
吉田は不可解な声を出す。
「おまえもレギュラーだろうが、何言ってんだ。練習しねぇでどうする」
「だからだ」
「へ?」
「俺は次期主将として皆を取りまとめていかないといけない。ゆえに全部員の能力を見ないといけない」
「で」
「だから練習なんてしてる暇はない」
「おまえ何言ってんだ。さっきと言ってることが正反対ってこと分かってんのか」
さすが影の主将と呼ばれる女だ。言い伏せるのは難しいか。
なら妥協して3人で……やるか? 吉田がじーっと俺を見て、その後美月の方に視線を向ける。
「はぁ……まぁいいか。美月は小日向に教えてもらいな。練習時間全部使うことはないだろ。終わったらこっち来てくれ」
「鈴菜ちゃん?」
「んじゃなー」
吉田は美月の肩に手を触れ、野球道具の入ったケースを持って歩いて行ってしまった。
「気をつかってくれたのかな」
「何がだ?」
「何でもないよ!」
吉田が思った以上にあっさりと譲ってくれたな。
これはありがたい。
「宜しくお願いします! 小日向主将!」
「まだ副主将だけどな」
「あっそっか。ふふ!」
うっしゃ、かわいい!
ここで美月のポイントを稼いでおかないとな!
長袖のジャージの美月は目新しくてとても可愛い。
着慣れてない感じが実に良い。
美月は照れたように頬をかき俺の方へ見上げた。
「一緒の部活動……楽しいね!」
「ああ、そうだな」
「一緒にいられるだけで満足だよ」
そのか細くささやかれた声をしっかりと耳に入れることができない。だけど、俺は聞き返すことをしなかった。