024 名家・有栖院グループ
総資産数百兆を誇る有栖院財閥を知らない者はこの日本に誰もいない。
あらゆる産業に関係しており、数千もの子会社を持つ有栖院グループは世界的にも有名だ。
俺とほのかが通う神月夜学園にも出資をしており、理事長は有栖院グループの親族のため、誰1人として逆らうことはできない。
有栖院の親族が住む邸宅はこの日本にたくさんあり、その中の1つがここにある。
俺とほのかは正門ではなく、従業員専用の裏門から中へ入った。
「坊ちゃん、嬢ちゃん、おかえりなさいませ!」
「ただいま戻りました」
「帰りました。……だから坊ちゃんはやめろって」
有栖員屋敷で働く使用人達とすれ違い俺とほのかは挨拶をされる。
このような挨拶は慣れっこであるが正直勘弁して欲しい。
ほのかはともかく俺は有栖院と血のつながりの無い一般人なのだから。
「高校卒業したら絶対この家出てやる」
「有栖院にいたら将来安泰だよ? たーくんにもそーいう話来てるでしょ」
「それが嫌なんだよ。身も心も有栖院に捧げてたまるかよ」
俺、小日向太一は父が有栖院本家総帥の護衛をしており、母も有栖院本家総帥の秘書をしている。
有栖院と血の繋がりはないものの身も心も有栖院に捧げており、ポスト的に有栖院上層部から評価が高い。
ゆえに息子である俺は下手な分家、親族よりも丁重に扱われているのだ。
すでに高校卒業後、大企業の役員にならないかという声も来ている。
だがそうなってしまうと身も心も有栖院に捧げることになり、恐らく結婚なども不自由になる可能性がある。
すでに有栖院の親族と俺を結婚させる話も出ているらしい。正直勘弁願いたい。
もし、美月と結婚できないのであればそれも一つの選択肢なのだが……。
俺はやっぱり自分の力でのし上がりたい。
とはいっても完全には逃げられない。俺がこの家にいる以上多少なりとも……な。
「ちょうど帰ってきたな」
後ろから声をかけられ、俺とほのかはそちらの方を振り向く。
ほのかの顔が今まで見たことがないように喜びに満ちあふれて顔が紅潮し始めた。
現れたのはびしっとした佇まいに純度の高い黒髪が印象的な美女。その高級感溢れるスーツはいったいいくらで購入できるのだろうか。
成人していないのに上級国民のようなオーラを持つこの女こそ……俺にとってどうあがいても勝つことのできない最強の人物、有栖院グループ総帥の娘で長女の有栖院麗華である。
「久しぶりだな。麗華お嬢様」
「太一、また少し背が伸びたか。昔みたいに麗華おねーちゃんと呼んでもいいのだぞ」
さっきそこの女が似たようなことを言っていたな。
「お嬢様、お会いしたかったです!」
「私のかわいいほのか。一緒に連れてってやれず申し訳ない」
「そんなことないです。お嬢様にこうやってお会いできるなら満足ですぅ」
ほのかは麗華に抱きつき、緩んだ顔はとても幸せそうだ。
生徒会長で3年のマドンナとは思えないほど甘えん坊の性格。これがほのかの本来の性格である。
天童ほのかは有栖院麗華の侍女である。
有栖院の分家の血を引くほのかは麗華のために生き、麗華のお世話をすることがお役目だ。本人も生きがいであると思っている。
麗華お嬢様は昨年神月夜学園を首席卒業しており、年齢的には俺より2つ上となる。ほのかが早く卒業したいのは麗華と一緒にいたい、ただそれだけだ。
男をからかうのは単なる暇つぶしにすぎない。
それを俺だけが知っているからファンクラブの人達が可愛そうでならない。
「んで、大学って10月スタートだっけ。それまで日本にいるのか?」
「もー、たーくん。お嬢様にそんな口の利き方したらダメだよ」
「ふふ、いいさ。それでこそ私のかわいい弟分。生意気な所も愛おしい」
俺は基本年上には敬語で話すし、敬意を払う。麗華お嬢とほのかにそれをしないのは……昔からの腐れ縁だからだ。有栖院の総帥の娘姉妹には絶対敬意なんて払ってやるものか。
麗華は海外の大学に行く予定だ。大学は秋からスタートのため卒業してからのんびり外遊していた。
「ああ、だが大学には行かない」
「はい?」
「私の優秀さは太一も知っているだろう。だから私のやりたいようにやらせてもらう。大学には行かない」
「相変わらず無茶苦茶だな。で、何するんだよ」
「手始めに君達が通う神月夜の理事長代理に就任することになった」
「マジかよ」
「やった! じゃあお嬢様と一緒にいられるんですね!」
「その通りだ。後で私の部屋に来るといい。久しぶりに可愛がってやろう」
「ふぁい!」
麗華とほのかの間に百合の花びらが吹雪いている気がする。
2人とも美麗だから見ている分には楽しいんだろうが、身内臭から俺は見るに耐えない。
麗華がこちらに声をかける。
「太一もどうだ?」
「いらねぇよ」
「もう、お嬢様に失礼でしょう」
大きくため息をついた。
「俺は親やほのかと違って有栖院から給料もらってないから使用人でもない。まー親のことがあるから刃向かう気はないけど……服従する気もない」
「ふむ」
「麗華お嬢様が何か学園でするんなら手は貸してやる。そうじゃないなら放っておいてくれ」
「これが反抗期というやつか。ふふ、我が妹といい、太一もまだまだかわいらしいじゃないか」
「これで美少年とかだったらよかったんですけどね~」
これだから年上の女共は……。
昔からこんなものだ。麗華お嬢様に何を言おうと俺は所詮カワイイ弟分でしかない。刃向かうだけ時間の無駄だ。
もういい。部屋に戻ろう。
「ああ、太一、待ってくれ」
「何?」
「学園のことはいいとして、こっちはしっかりと君が面倒を見てくれ」
「だから何……」
「アリア、もう来ていいぞ」
「!?」
麗華が呼ぶように声をかけると近くの一室の扉が音を立てて開く。
1人の少女がコツリと足音を立てて、俺の目の前まで歩みを進める。背はまっすぐに両手を腹部にあて育ちが良さそうなのは誰の目から見ても明らかだ。
その少女は黒曜石のように美しく長い髪をしている。極めて顔立ちが整っており、その少女に微笑みかけられたらどんな男も照れて撃沈してしまうことだろう。
俺は思わず息を飲んだ。
少女は両手で華美なワンピースのスカートを指で掴んで大きく頭を下げた。
「お久しぶりです。お兄様」
「……、アリア……なのか」
長らく会っていなかった1つ下の妹であるアリア。
さすがの俺もこれには混乱してしまう。
アリアは顎に手を当て、微笑む。
「はい、小日向アリア。来週からお兄様やほのかお姉様と一緒に神月夜学園へ通わせて頂きます」