023 3年のマドンナ
「た~くん!」
その言葉と同時に俺の左腕に白くほっそりとした腕がまとわりつく。
他の女であれば動揺もしただろう、愛する美月であれば嬉しさのあまり硬直したに違いない。
この女だけは違う。
「チッ」
「露骨に嫌な顔された!」
神月夜学園、3年のマドンナと言えばこの女、天童ほのかしかいない。
背中近くまで伸びた黒髪に170センチを越える身長と白くきめ細やかな肌に手足はびっくりするほど長くて細い。バランスの良い体躯はまるでモデルのようだ。
2年の朝宮美月に並ぶ、いや、学校外の噂も含めれば天童ほのかは学園一の美女と呼ばれてもおかしくはない。
実際にモデルにならないかという話もよく聞かれるらしい。
「離してくれませんか天童先輩」
「えー、2人きりなんだからいつも通り話そうよー」
「ほのか、おまえと一緒だと面倒なんだよ。あと腕は組むな暑い。引っ張るくらいにしろ」
ほのかは組んできた腕を外して、俺の制服の裾を優しく引っ張る。この光景も正直良くは無いんだが。
「たーくん、最近冷たいよ」
「おまえと一緒にいると誤解されるんだよ。ふざけたファンクラブからも目を付けられるし」
天童ほのかと俺はただならぬ関係である。
もちろん交際とかそういう方向ではない。俺はこの女にまったく興味がないし、ほのかも俺のことに興味はない。
だけど……無関係ではない。
なのでほのかのふざけたファンクラブの要注意人物として俺の名は上がっている。
俺をたーくんって呼ぶのをマジで止めてほしい。
「昔はほのかおねーちゃんってべったりだったくせに」
「そんな時代はない。むしろおまえのやらかしたおねしょの後処理をどれだけしたと思ってる」
「むっ! そんなこと言わないでよー! ばかばか」
「わ、やめろやめろ!」
ほのかはポカポカと俺の腕を叩いてくる。痛いからやめろと言ってんじゃない。同じ学園のやつらの視線がある中でこんなことしていたらいちゃついてるとしか思われない。
ほのかはそれを理解した上でやってくる。この女、年下の男をからかうのが好きな小悪魔だ。
「来週噂になっちゃうかな~」
「この女ァ……。何のつもりだ」
「たーくん、全然反応してくれないんだもん」
「おまえにまったく興味がないからだ。まったくこんな所、あいつに見られたら……」
「ん? 誰に見られたらまずいのかな~?」
「うるさい」
美月や星斗に見られないように別ルートで帰るようにしてよかった。
ほのかとは残念ながら最後まで一緒に帰るしかない。
「最近帰り遅いよね~。真面目なたーくんが夜遊びなんてみんなびっくりしてるよ」
「将来有望な後輩の成長に付き合ってるからな。もうすぐ夏の大会だから夜遅くなるのも仕方ねーよ」
「ふーん」
嘘は言っていない。
「そっちはどうなんだ」
「あれ? たーくんが私に興味を持ってくれるなんておねーちゃん嬉しい!」
「んじゃいいや」
「もー!」
ぷりぷりとほのかは髪をなびかせて頬を膨らませる。
恐らく100人中99人はこのあざとい顔に騙されてしまうだろう。
「早く卒業したいなぁ」
「気持ちは分かるが……、ほのかだって一応生徒会長なんだし慕う奴らは多いんだろ?」
ほのかは神月夜学園の生徒会長で3年生で1番の学力を誇る才女だ。おまけに美人という完璧女子と言われている。
「それはそうだね。生徒会もあと数ヶ月で任期が終わるし、受験や就職でみんな忙しくなる。でも私がやりたいことは……」
「言わなくても分かってる」
「たーくんも2年生の内にいっぱい楽しんでおかなきゃダメだよ」
「年寄りの言葉は身に染みる」
「コラー! 年寄り扱いするなぁ!」
最近は美月の家に行くことが多くて、こうやってほのかと話すのは久しぶりかもしれないな。
さっさと男を作ればいいものの……と思うが作る気がないんだろう。……さて、本題に入ろう。
「それでわざわざ捕まえたわけはなんだ?」
「お嬢様が今日帰って来られるから。挨拶しないといけないでしょ」
「はぁ……そういうことか。あの女が現れるのか……平穏は3ヶ月もねーのかよ」
「たーくん、朝は早いし、夜は遅いからね。こうやって捕まえないと話せなかったの」
そういえば朝早くに美月の家に行き始めてかなり時が経つ。その期間、家の人間とまったく喋ってない気がする。
朝は6時には家を出て、夜は9時を余裕で過ぎていた。
「だったらアプリで連絡したらいいじゃねぇか」
「え? たまにはたーくんと一緒に帰りたかったんだよ~」
「心にも無いことを……」
からかい上手のこの年上の女、天童ほのかは俺の想像を超えてくる。
さて、家に帰ってきた。
いや、家という表現はおかしい。屋敷、邸宅……そのような表現が合っているのだろうか。
目の前に広がるそれはまるでマンガやアニメの世界から現れたかのような立派なお屋敷であった。
だけど、俺とほのかにとっては紛れもない現実だ。
ここは世界有数の名家【有栖院一族】の別邸である。
俺とほのかはこの屋敷に住んでいる。