022 朝宮美月はえっちじゃない
「太一くんにぎゅーっとされると落ち着くの」
「そうか、朝宮は……本当にえっちな子だな」
太一くんに抱きしめられた私はそのままベッドへ降ろされる。
その鍛えられた肉体で強く抱きしめられた私はすっかり骨抜きにされてしまい、抵抗することはできない。
彼にならどんなことをされても構わない。一種の被虐願望があるのだろうか。
じっとりした空間で……1つずつパジャマのボタンを外されて、この時のために買ったと思われる勝負下着が露わになる。
太一くんの両手が私の……大事な所に触れる時、彼の唇が動く。
「朝宮……」
「はい……」
そして……、
腹の肉を摘まれる。
「おまえ太いな」
◇◇◇
「いやあああ! それは言わないでぇぇ!?」
飛び起きた。
いや、もうこのやりとりは何度目だろうか。
私、朝宮美月はこんなちょっとアヤシイ夢を何度も見ている。
この前は二の腕が太い、その前はほっぺが太い。
どうしてこんなことになってしまったのか。
学習机の上に隠すように置いてある例のゴムに視線を向ける。
この前太一くんがキッチンのゴミ箱に捨てたやつだけど後で回収してもってきたのだ。
使う予定は当然ないけど……でも……太一くんと結婚するならやっぱり大事だと思うし。
興味津々なのだ。
「はぁ……。私がこんな性格ってバレたら太一くんに軽蔑されるよね」
自身の性欲の強さに時々嫌になる時がある。
真面目で実直な太一くんのことだ。
下手をすれば結婚初夜までお預けをくらう可能性だってある。
そんな所も好きだけど……我慢できるだろうか。
そこは今は考えても仕方ない。それより気になることは……。
「太一くんが12年前のことを覚えているかもしれないってこと」
この前、一緒にいてそう感じるやりとりが何度もあった。
ただ……結婚の約束を覚えていて、今もそれを守ろうとしているかどうかは分からない。
もし、私がこんな感じで聞いてみたらどうなるか。
「ねぇ太一くん……。実際、12年前に一緒に遊んだ時のこと……覚えてるよね」
「ああ、そうだな」
「じゃ、じゃあ4歳の頃に約束した結婚の約束も覚えてる? 私はずっとその想いを胸に生きてきたの」
想像の中の太一くんは大きなため息をつく。
「朝宮、おまえはそんな子供じみた考えをした女だったのか……幻滅だ」
「ひっ……」
「おまえのその想いが重い。あとフトモモ太すぎない?」
あぁ!?
そんなの言われたら絶食して餓死してやる!
こういう展開の可能性がある以上太一くんに昔のことを聞くわけにはいかないんだ。
だったら逆に太一くんから12年前の結婚の約束覚えているかと言われたい。そうすれば私は間違いなくYESと言えるのだ。……でもないんだろなぁ。
朝と夜で一緒にご飯は食べているからきっと嫌われていることはないはず。
私のことを好いてくれているならきっと言ってくるだろうから……やっぱり数多くいる女友達の1人としか見られていないのかもしれない。
私に似た人が好き……彼はそう言ってつまり……。
「太一くんはデブ専……? いや、私太ってないし! 細くはないけど、太くもないよ!」
そんな考えていても仕方ない。まずはシャワー浴びよ。
今回はちゃんと下着とか持っていくもん。
◇◇◇
「今日の小日向の弁当はどーよ」
お昼休みは同じクラスの吉田鈴菜ちゃんと食べている。
かけ持ちとはいえ野球部に入部することになった私は同性である鈴菜ちゃんが頼りだ。
ちょっとした事情で、実際の入部は少し先になってしまっている……。
「卵焼きが絶品だよ。あと小日向くん、美味しい冷凍食品も知っててすごいよ」
「今は冷凍食品もうめーの多いからなぁ」
初めはあえて言ってなかったんだけど、私の弁当を太一くんが作っていることはすぐバレてしまった。あまりにデキが良すぎるからだ。誰も私が作れるとは思わないだろう……。
春巻きとかチキンとかはさすがに朝作る時間はないため冷凍食品は使っているが、太一くん一押しのためかなり美味しい。
最近、お昼が楽しみで仕方ない。旦那様の弁当を食べている気分になれるからかな。
「美月の方は料理上手くできてんのか?」
「……」
「露骨に悲しむなよ」
この前はうまくトンカツできたんだけど、そのノリで次の日にお肉を焼いてみたら真っ黒焦げにしてしまった。
やっぱり少しずつ太一くんに教えてもらうしかないみたい。
太一くんに褒められながら作ればいけるような気がするんだけど……。
「鈴菜ちゃんは料理出来るんだよね」
「まーな。あたしも4人兄弟とかだし、かーちゃんとかわりばんこで夕飯作ってんぞ」
「へぇ、じゃあ弁当も?」
「無理無理。朝はねてーもん。弁当はかーちゃんに任せてる」
「そうなんだ……」
「だから小日向はすげーと思うぜ。朝一で美月の家に行って、3人分の弁当だもんな。アイツちょっとやべーぞ」
そうだよね……。
一時期星斗の弁当を作ってた時期もあったけど、本当に時間との勝負で大変だったもん。
部活で忙しそうにしつつ、晩ご飯も作って、家に帰って……朝、私の家に来る。
「何か小日向くんにしてあげられないかなぁ」
「ふぅーん」
鈴菜ちゃんが目を細めてニヤリとする。
「美月が男に対してそんなに目をかけるって……ほぼないよな」
「そ、そんなことないよ! 私は……どんな人にも優しくしているつもりです」
鈴菜ちゃんは私と太一くんの過去は知らない。
というか誰にも教えていない。
「じゃあ美月。一昨日、告白されたじゃん。誰に告白されたか覚えてるか?」
「……」
えっと……確か何かで呼び出されて……好きだって言われたような気もしたけど、アレどんな顔だっけ。
頭の中で記憶を呼び起こすが……出てこない。
「……覚えてません」
「美月くらいモテるならそれくらいの方がいーかもなぁ」
正直、太一くん以外の男性にまったく興味がわかない。
自分でもまずいと思っているんだけど、太一くんが私の男性の好みに合致しすぎているのが悪い。
太一くんが他の人と付き合ったりしたら……私一生独身なんじゃって思うくらい危機感がある。
私はモテるから男で悩まなくていいよねってよく言われるけど、すっげー悩んでるよ!
お茶ぐっと飲み干してそのあたりの感情を水に流す。
「弁当いつもありがとーって微笑んであげりゃいーんじゃねぇか」
「そんなのでいいのかな」
「んじゃそのデカチチでも揉ませてやりゃいーじゃん」
「そ、そんなことできるわけないでしょ!」
妄想の上ではそんなシーンも考えたことあるけど……いつだって太いって言われそうで怖い。
「私は鈴菜ちゃんみたいにちっちゃくて細い方がいいなぁ」
「けっ、あたしは美月みたいにでっかい方が羨ましいと思うけどな」
お互い無いものねだりで悔いている間に昼休みは終わってしまった。
◇◇◇
時は過ぎ、今日は金曜日で太一くんが夕食を作りに来ない日だ。
だから一緒に帰らないし、お弁当のお礼も直接言えない。
「あ……」
部活の帰り、学園の裏門にちょうど太一くんがいた。
野球部のグラウンドとは違う方向なのに……、でもこれはチャンスだ。
家まで一緒に帰られなくても……途中までは一緒にいられる。
太一くんに声をかけよう。
「こ、小日向」
「た~くん!」
彼を呼ぶ声に私の声はあっと言う間にかき消されてしまった。
目の前に広がる光景が信じられず、思わず目を伏せたくなるような状況だったけど……瞳は閉じず呆然と見つめてしまう。
その女性はまるで恋人のように太一くんの腕へごく自然に組まれていく。
腰まで伸びた黒い髪、モデルのように長い手足。彼女を知らない者はこの学校に存在しない。
そんな絶対的な存在である……3年のマドンナと呼ばれる天童ほのか先輩が太一くんと並んで下校していくのであった。
“そうだな。……でも俺の好きな人にちょっと朝宮は似ているかもしれないな"
ほんとうに?
ほんとうに信じていいの?