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021 ぎゅーっとされると落ち着きます

 ガサゴソ。


 美月の指す先にいた生物。それはちょっと大きめなゴキだった。

 こっちに向かって突進してくる。


「いやあああああ!」

「おっと!」


 美月が強い勢いでしがみついてきた。


「お、おい朝宮」

「だめぇ! 私、ゴキはダメなのおおお!」


 女性あるあるだと思うがそんなに強くしがみつかれたら身動き取れない。

 それよりさっきまで手のひらの感触をじっくり楽しんでいたのが嘘のように全身に柔らかい刺激が入ってくる。


 コレ……まずいな。


 分かっていたが美月はスタイルが良い方だ。

 感じたことのない非常に柔らかいものが何度も押しつけられて俺の煩悩を激しく刺激してくる。

 何よりも今にも泣きそうな顔がすぐ横にあって潤んだ瞳とぷるぷるの唇に……何かを押しつけたい衝動にかられてしまうのだ。


 ゴキの対処は後だ。まず美月の気を静めないと……どうすればいい。

 思い出せ。昔もこんなことがあったはずだ。4歳の頃に真っ暗な部屋を怖がった美月に俺は何をしてあげた。


 あの時は……小さな体をした美月は……言う。


「太一くんにぎゅーっとされると落ち着くの」


 俺は左手を美月の背中に寄せて、右手を肩まで伸ばした髪に触れた。

 そして美月を力いっぱい強く抱きしめる。右手を動かしてできる限り優しく髪を撫でる。

 美月の耳元に口を寄せる。


「大丈夫だ。俺が側にいる。あの時のように……側にいるから」

「っ!」


 美月の震えが止まった。

 だけど、抱きしめる手に力は入ったままだ。

 美月の頭が動き、可憐な顔が露わになる。

 頬を紅く染めて、瞳をトロンとさせている。

 混乱、動揺……どっちだろうか。


「小日向くん……」

「なんだ……」


 美月は微笑んだ。


「……落ち着くなぁ太一くんは」


 無理だ、もう我慢できない。俺は我慢しきれず、美月をさらに強く抱きしめた。

 過去がどうとか頭にない。


 ポリポリ


 ただ好きな女の子を衝動で抱いてしまっているのだ。

 でも……美月がそれを望んでいるのであればこのままずっと。


 ポリポリ


 美月の体は本当に柔らかいな。でも強く抱きしめすぎると折れてしまいそうな華奢な所もある。

 美月の足先から髪の先まで触れて、美月の感じる声を聞き続けたい。そんな気持ちが湧き出る。

 美月に触れ続けていたい。


「朝宮……いや、美づ……」

「ポリポリ」


 さっきからポリポリうるせぇぞと頭の片隅に浮かんでいたが……、

 俺の言葉を遮るのに十分な衝撃な光景が目の前に広がっていた。


「あ、ごめん。お邪魔だった?」

「な、何食ってんだ。星斗」

「せんべい」


 星斗は口を大きく開いた。


「家に帰ったらセンパイとねーちゃんが乳繰り合ってた。どうしよ!」


「うがっ!」「ひゃっ!」


 俺と美月は急いで飛び退いた。

 何てタイミングで帰ってきやがるんだコイツ……。


「あのね、せーくん……これは!」

「ゴキが出てねーちゃんがせんぱいに抱きついたに1票」


「何で分かるんだよ……」


 おまえそんなに勘のいい人間だったか?。

 星斗は持っていたビニール袋を持ち上げた。


「ねーちゃんが嫌がるからゴキゴキホイホイ買ってきた。スプレーもあるよ」


 それで家にいなかったのか。

 タイミング的に狙ったんじゃないだろうなぁ。


「あ、やっぱお邪魔だった?」

「うるさい。それよりゴキの始末するぞ。朝宮は……向こうに行っててくれ」

「あ……。ありがとう、小日向くん」


 中途半端なタイミングで中断されたため微妙な雰囲気になっている。

 まだ美月の体の感触が残っていて、物足りなさを感じる。もっと長い時間抱いていたかった。

 美月の体の温かさを感じていたかった。



 ◇◇◇


 その後、お互い目を合わせられず作ったトンカツはそれなりに美味かったが気疲れしたのか俺も美月も1杯しかごはんを食べることができなかった。

 どっと疲れてしまったのでわりと早々にこの家から退散させてもらうことにした。


 玄関先で美月と話をする。どうにもまだ目は合わせられない。


「また月曜日な」

「うん、月曜日……宜しくお願いします」


 明日の日曜日でこの気持ちにふんぎりつけなきゃな。

 ……美月も日曜日に料理の練習をするんだろうか。


「朝宮、今日の調理のことなんだが」

「はひっ!」


 美月は頬がみるみる紅潮していく。


「いや、その……抱きしめられたことはびっくりしたけど、その嫌じゃなくて……むしろ嬉しい」

「あ、その話じゃなくて……明日も料理の練習をするんなら、何かあったときに連絡先だけ聞いておきたくてな」


「あ……」


 美月は震えて涙目になり……。


「いやあああ、私もう寝るぅぅぅ!!」


 大声出して部屋の中に閉じこもってしまった。

 はぁ……やらしかしてしまったか。


「せんぱい」


 星斗はいつもの飄々とした顔立ちでやってきた。


「後で朝宮の連絡先教えてくれ」

「おっけー」


 星斗は指で立ててアピールする。

 姉へのフォローは弟に任せておくことにしよう。


「ねぇ、せんぱい」


 美月と同じ色の髪がじわりと揺れる。

 こうして見るとやっぱりよく似ている。俺は妹と全く似ていないが、この姉弟はまるで双子のように思えてくる。


「なんだ」

「せんぱいってさ、ねーちゃんのこと好きなの?」


 核心とも言えるような問いかけ。

 ただ……興味本位だけで言っているわけではなさそうだ。

俺と星斗の間だけで聞こえるくらいの声量で問われている。


 だったら言ってもいいだろう。


 俺は頷いた。


「ああ、好きだよ」

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