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020 12年間会話ゼロだった幼馴染が実はポンコツだった件

 実に青春、実に尊い。

 だが俺は分かっていなかった。


 朝宮美月の料理のセンスというものは想像を大きく超えるものであった。


「なんでいきなり強火なんだ!」

「えっ、最大火力の方が早いと思って」


「卵を電子レンジに入れるんじゃない!」

「え? ダメなの?」


「その調味料はなんなんだ」

「んっとね。甘い味付けにしようと思って砂糖をね」

「ビンには塩って書いてるぞ。それでこの小瓶はなんだ」

「お酢だよ~。体にいいって聞くから」


「どう見ても餃子のタレなんだが、酢っていつから真っ黒になったんだ。あとこの紅いビンは」

「彩りを良くしようと思って……」

「それでタバスコを投入しようってか」


 まだここまでは良かった。いや、良くないんだが……ここまでは。

 美月が包丁を手にする。


「んじゃ豚肉を切ってくれ」

「うん、分かった」


 美月は包丁の柄をがっちり逆手で掴んで大きく振り上げた。


「まままま待て!」

「え、どうしたの」

「持ち方がおかしい! 包丁で何をするんだ」

「でもお母さんはお父さんとケンカする時よくこの握り方していたよ」

「夫婦ゲンカじゃねぇか! 順手でしっかり握るんだ」


「えー、これじゃ力が入らないよ」

「今までどんな料理してたんだ……。学校でも調理実習あっただろう」

「私に包丁触らせてくれませんでした……」


 もしや美月はポンコ……ここまで口から出そうになったが何とか耐えた。

 将来のお嫁さんを侮辱してはいけない。

 誰だって慣れてない時はとんでもないことをしでかす。


 正規の包丁を握り方を教えて、今度は野菜を切らす。

 それは良かったんだが……。


「ん……」

「朝宮……もっと力抜いて」

「でも……私、初めてだから」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

「ありがと。……あぁん」

「……」

「だ、だめぇ……うまく。イかない……、っっ」


「朝宮」

「はい……」


「頼むからにんじん切るのに色っぽい声出すのやめてくれ」

「そんなつもり無いよ!?」


 でも、俺の股間に確実にダメージがいく。

 俺は美月に料理を習得させてあげることができないような気がしてきた。


 美月との距離感を測りかねている。


 なんてことをさっきまで考えていたが、正直……いろんな意味で我慢できなくなってきた。

 正直。距離をもっと詰めちゃいたい。

 にんじんを上手く切れない美月のため……こうやってゆっくりと教えているんだが、心臓の音をさっきから強く感じる。


「こう……かな」

「そうだ、ゆっくりだぞ」


 思わず突っつきたくなるようなほっぺが俺の視界を支配するほど近づいている。

 美月の髪から出る甘い香りが心地よい。耳にかかる整われた髪に触れた。

 もうこのまま抱きついちゃダメかな。ダメなんだろうなぁ。


 色っぽい声は出さなくなったがもともと美月自体が色気の塊だった件。

 白くきめ細やかな肌に触れて、包丁を動かす手をフォローする。

 美月も動揺しているように感じる。包丁に緊張しているのか、俺に近づいてくることに緊張しているのか。

 それを問うことはできない。


「ふぅ……うまく切れたかな」

「ああ、いい感じだ」


 この心地よい時間も終わりを迎える。

 食材を全て切り終えて、美月は包丁をまな板の上に置いた。

 俺もそれと同時に美月の側から離れる。


「初めはぞっとしたが……よくなってきたな」

「先生のおかげだね。あ、小日向くん、手を見せてもらっていいかな」

「手か?」


 俺は両手を挙げて美月の顔に近づけた。

 すると指の間を組むように美月の白い手のひらに包まれる。


「お、おい」

「これが……男の子の手。やっぱり野球やってるから固いというかしっかりしてるんだね」

「なんだよ、ちょっと恥ずかしいんだが」

「やっぱり大きいね。包み込んでくれるというか……何だか暖かい」


 美月は何度も手に力を入れてくる。そのたびに柔らかい手のひらの感触が伝わる。


「さっき手を重ねてくれたじゃない? 何だかすごく暖かくていいなぁって思ったの。安心感があるのかな。男の子の手で不思議」

「朝宮」

「はい?」

「朝宮の手はすごく柔らかいよな。何というか女の子って感じがする」

「お……おぅ」


 組まれた手のひらを力を入れてこちらを上に組み返す。

 指と指の間に美月の柔らかい指の感触が伝わってくる。

 美月は目を伏せ、顎を下へ向けた。


「その意味では女の子の手も不思議だな。ずっと触っていたくなる。そんな気がするよ」

「あの……恥ずかしいんだけど」

「朝宮からやったよな!?」


 これは巧妙なトラップではなかろうか。


 ただ、包丁を使う美月のフォローに美月の手の甲の触り心地を楽しんでいたことは事実だ。

 向こうから興味本位で触れてくるんだったらこっちだって興味本位で触れたい。

 俺だって男子。美月はもとより女性に興味はある。


 手を外そうとする美月を掴んで逃がさないようにしていたが、そろそろ解放してあげることにした。


「でもまだまだだね……。自分がこんなに不器用だなんて思ってもなかった」

「初めはそんなもんだ。でも俺は……評価するぞ」


 美月は首をかしげるように俺を見る。


「どんなことでもやらなければ上達しない。今、朝宮が学ぼうとしていることはすごく大事なことだ。俺が料理が好きだったからすぐ覚えたが、朝宮は違った形だろ?」


 美月はゆっくりと頷く。


「苦手なことを学ぼうとする朝宮はすごいと思う。朝宮ならすぐに上達するし、安心して見られる、きっとやれるよ」

「は……はい、わ、わたしがんばる」


 美月は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。

 昔から美月を褒めるのはクセになってしまっているな。それで喜んで頑張ってくれるなら変わらず褒めまくろうと思う。


「小日向くん、私ね。ってひっ!」

「どうした」


 急に美月が強ばった顔をして大きく震える。声を無くしたような人形のようだ。

 美月の震えた手が上がってその何かを指さす、俺はゆっくりと後ろを振り向いた。


 そこにはみんなが嫌うヤツがいた。

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