002 急に出来た接点
「よし、ミーティングを始めるぞ」
神月夜学園野球部の部室で定例のミーティングを行う。
練習時間を確保するために昼休みを使い、みんなで弁当をつつきながら意見を出し合う。
「主将、今回は俺が進めますね」
「おう」
野球部の主将は口下手のため副主将の俺が取りまとめをする。
2年の俺が副主将なのはまとめ上手という評価からだ。苦労人とも言える。
さて、ホワイトボードに議題を書いて話を進めよう。
今回の議題は……。
「グラウンドの掃除の割り振り、部室の掃除にロッカーの更新……あとは吹奏楽部と打ち合わせか」
「あ、梅雨の時期の練習メニューも早めに決めておきたいよね」
同じクラスの浅田悠宇も野球部の1人だ。悠宇の意見をホワイトボードに書いて、俺は一度着席した。
座らないとメシが食えない。
「さっそく一個目は……って、星斗!」
「ん?」
各々の弁当がテーブルの上で開かれる中、一際目立つ日の丸弁当があった。
別に日の丸弁当が悪いわけではない。悪いのはおかずが見当たらないことだ。
「おかずはどうした!?」
「ないよ」
ふぬけた声を出すのが1年生の夜凪星斗。その重要さが分かっていないのかきょとんした顔をする。
薄めの黒髪と端正な顔立ちでそんな仕草をするとさぞかし女子の感情をそそらせるのだろう。
ただここには男しかいない。俺は思わず額に手を寄せる。
1年生なのに敬語が使えないとか……いろいろ言いたいが。
「偏りすぎてるだろ! 分かってるのか、おまえはウチのエースで次の夏の大会で活躍するんだ!」
「うん、わかんない」
夜凪星斗は期待の新入生だった。4月の入部で圧倒的な存在感を示し、この弱小野球部の星とも言える投手だったのだ。
だがまだ高校1年生。体力も体格もまだまだだ。だからこそ食事は大事にしないといけないのに……。
俺は立ち上がって星斗の前へ行く。
「俺のおかずを食え! でっかくなれんぞ!」
「せんぱいの弁当美味しいから好き」
星斗は好き放題、俺の弁当からおかずを取っていく
俺のメシがなくなるが仕方あるまい。
それにしても……。
「ああ、もう、食べこぼすんじゃない! ボタンも掛け違えているぞ! ハンカチあるからちゃんと口を拭って」
「母親だ」
「ママだ」
「ウチのかーさんみたい」
聞き慣れすぎた言葉を他の部員から口々に言われる。
自分でもお世話好きの自覚はある……。正直人のこーいう所が気になるんだ。
「よっ! 野球部のおかん!」
そんな変なあだなが野球部外でも知れ渡ってしまった。
悠宇のやつは後でぶん殴っておこう。
◇◇◇
「1人で帰れるよー」
「そう言ってこの前迷ってなかったか?」
夜、野球部の練習が終わり、俺は昼間のことが気になり、星斗と一緒に帰ることにした。
俺の家への帰り道と違うんだが……住所を聞く限りだとそう遠くないから星斗の家へ寄らせてもらうことにする。
「せんぱい、お昼ごめんね。オレが全部食べちゃって」
「気にするなと言いたいが……全部食いやがって」
まさかおかずを全部食われるとは思わなかった。
「せんぱいの弁当好き」
星斗からにっこりした顔で言われる。
まったく本当にマイペースな奴だ。4月に出会って1ヶ月半、いろいろやらかされすぎてどうにも憎めない男という感じになっている。
素直な所はいいことなのだが……。
俺の弁当は毎朝自分で作っている。料理は昔から得意だ。
「星斗、おまえの弁当は母親が作っているのか?」
「んにゃ、ねーちゃんが作ってる」
「そうなのか」
「かーさんは仕事でいないから」
どうやらそれなりの家庭事情があるようだ。知らなかったな。
星斗はいつも明るい表情でそのような雰囲気を見せない。
星斗は野球部のエースとして今年、来年と活躍してもらわないといけない。メシ事情を親御さんに相談するつもりだったが、どうしたものか。
弁当を作ってるらしい姉に聞いてみるとしよう。
「あ、ここだよ」
星斗の住んでいる所はマンションだった。
エントランスは鍵がないと中に入れないセキュリティの高い居住地のようだ。
どちらかというと女性向けのマンションに見える。
星斗の先導でエレベーターで階層を上がり、そのまま先の玄関までついていく。
19時越えてるし、少し話をしたら帰ろう。
玄関のドアを開けて、星斗が声を出す。
「ねーちゃん、ただいま」
「おかえりせーくん。ちゃんとうがいと手洗いをしてね~」
っ!?
星斗は玄関に入ってすぐ左のスペースに入っていった。蛇口を捻って水が流れる音が聞こえる。
それより!
忘れもしない……聞き覚えのある女性の声。
俺は靴を脱いで、全力で駆け抜けた。正面の扉を開けて声のした方へ顔を向ける。
いた……。
そこに確かにいた。
朝宮美月が。
火が出たフライパンを手に持ってあたふたしていた。
「わわわわわ! 火が! 火が! せーくん、どうしよう! ……えっ」
肩まで伸びた艶のある髪がひらりと揺れ、吸い込まれそうなほど純度の高いぱっちりとした瞳が俺の視線と合う。
「……な、……たいち……くん?」
美月は火が飛び出るコンロの上にフライパンを置いて振り向いた。
「す~~~は~~~~す~~~~は~~~~」
何度も深呼吸をして、にっこりと笑った。
「小日向くん、こんばんは!」
「それより、火! 火! やべぇって!」
「えっ!? きゃあああああ!」
美月の後ろで燃え上がる火炎に自然と目が行き、慌てて消火活動をしたのであった。
それは本当に12年ぶりの美月との会話だった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次話ではヒロイン朝宮美月の挿絵を公開予定です。お楽しみ頂ければと思います。