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019 はじめてのお料理教室

「せーくん、ただいま」

「玄関に靴が無いし、電気もついていない。不在か」


 俺と美月をハメた星斗に説教する予定だったが外に出かけているようだ。

 美月と手分けして食料品を冷蔵庫に入れていく。

 ファミリー用の冷蔵庫のおかげで余裕で全部入りそうだ。


「16時か」

「夕食の下ごしらえをしなきゃね」


 思ったより良い時間だ。

 ちょっと凝ったものを作ることができそうだ。


「料理をしっかり教わったら小日向くんのお弁当は私が作ってあげるね」

「それは楽しみだな。朝宮の弁当に喜々とする日が来るんだろうな」

「そ、そんなに楽しみにしなくてもいいよ! うっ、緊張する」


 これぞ愛妻弁当ってヤツか。やばいな想像するだけで興奮してくる。

 今の段階でもすでに毎日欲しいくらいだぞ。


「何か作りたい物はあるか?」

「そうだねぇ」


 美月は台所を軽く片付けつつ、うーと声を出しながら考える。

 考えたままエプロンはゆったりと付けて、肩に乗っかかる形で伸びた黒髪をまとめて、髪ゴムでしっかり結ぶ。

 料理するときの癖なのだろうか、ピョンと跳ねたポニーテールが料理スタイルの美月の容姿を際立たせているようだ。


「どうしたの?」

「料理するときはポニーテールにしてるのか」

「うん、邪魔になっちゃうからね。……に、似合うかな?」

「すごく似合っている。見違えたな。そんなに変わるものなんだな。朝宮が……男子に人気な理由がよく分かる」

「ほ、褒めすぎだよぉ……」


 美月は恥ずかしそうに頬を紅く染めた。

 いや、ほんと……すっごく似合っていた。もっと褒めてやりたいが、うっかり好きだって言ってしまいそうだ。


「じゃあ……揚げ物に挑戦しようかな。特売で豚肉も安かったからトンカツにしない?」

「お、いいじゃないか。さらに副菜でポトフでも作ってみるか」

「うん! 作ろ作ろ!」


 調理器具、食材を用意して台所に並べておく。

 1つ1つ手順を美月に声をかけて、指示をする。

 野球部の練習とは違うからな。優しく……でも頼りがいがあるように教えていかないと……。


「じゃあせんせー、お願いします!」

「俺がしっかり教え込んでやる」


 邪魔になるからポケットの中にあるものを全て取り出した。携帯、財布、カードケース……。


「ん? なんだこれ」

「ポケットに何か入ってたの」

「ああ、入れた記憶がない……あ」


 ポケットから取り出したそれはスーパーの前で悠宇からもらった1回きりのゴムだった。

 俺と美月の視線がそれに集中する。


「そそそ……れで何を教えてくれるの……?」

「違う! そうじゃない!」


 すぐさま側にある空のゴミ箱に叩きつけるようにぶち込んだ。


「女性に危害を加えることは恥ずべきことだと思っている。その……俺を信じろとまでは言わないが……」

「ふふ……」


 美月は口頭をつり上げて、軽く手を口元に持って行く。


「小日向くんのこと信じてるから。大丈夫だよ」

「そ、そうか」

「でも小日向くんなら襲われても……」


「え?」

「な~にも言ってないよ。なーいしょ!」


 その後の話が気になったが、ちょうど話を区切るいいチャンスだった。

 まず、調理の準備を進めることにする。


 美月が大きな鍋を俺の前にドンと置いた。


「ず、ずっと聞こうと思ったんだけど」

「なんだ?」

「前に私の彼氏の有無を聞いたじゃない? 小日向くんは……今は彼女とか……」

「ん? ああ」


 声の調子を何とか整える。


「ずっと野球一筋だったからな。そーいう風な経験はない」

「でも……吹奏楽部でも結構人気なんだよ。小日向くんのことカッコイイって」

「ふーん」

「あまり興味なさそうだね」


 豚肉の下ごしらえをするためにまな板を近くに並べる。


「朝宮と一緒で……俺にも好きな人がいる」

「へ?」

「だからその人以外から好かれたとしても俺はその好意を受け取ることができない」

「そ、その……小日向くんから好かれるんだったらきっと素敵な人なんだろうね」


 ああ、キミのことだよ。

 そう言葉を繋げたかったが……きっと今はその段階じゃない。

 もし12年前のことをお互い覚えていたとしても……その空白の12年間はあまりに長かった。


 俺は……正直、美月との距離感を測りかねている。なまじ好きすぎるせいかどう接していいか分からないんだよ。


「そうだな。……でも俺の好きな人にちょっと朝宮は似ているかもしれないな」

「えぇ!?」

「よし、いい時間だ。メシを作るぞ!」


 これぐらいのことは言ってもいいだろう。

 少しだけ甘い雰囲気になったんじゃないだろうか。

 おしゃれな音楽を聴きながら……好きな女の子と一緒にゆっくりと喋りながら調理をするんだ。


 それはとても素晴らしい時間……、


 のはずだった。

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