017 まるで夫婦のようなお買い物
「小日向くん、キャベツ特売だって!」
「白ネギと青ネギどっちが好き? 私は白ネギかな~」
「じゃがいもやっぱりじゃがバターだよねぇ~。とろける」
俺が食品カートを押している側を美月が自由に動き回る。
しかし……。
もう、これ夫婦と言っていいんじゃないか。
今日は休日だから夫婦揃って買い物に来ている客が多い。
壮年の親子連れにカップル、若い夫婦も見られる。
俺と美月はどんな風に見られているんだろうか。
美月のルックスからすれば俺の顔では釣り合わないが、体つきには自信がある方だ。
まさに美女と野獣と言ったところか。
「豆腐はどっちがいいかな~?」
美月は左手に絹ごし豆腐、右手に木綿豆腐を持ち上げてにこりと微笑む。
うん、どう見たって真ん中だろう。豆腐のようにとろけそうな頬を掴んでみたい。
このかわいい美月の仕草を何としてでも目に焼き付けておかなければ。
頬が紅潮していきそうなのを抑えつつカートを豆腐売り場へ走らせた。
「随分とテンションが高いな」
「そ、そう? 何だか楽しくなっちゃって……ごめん」
「昔からスーパーに来るとよくはしゃいでいたじゃないか。だから問題ないさ」
「あはは、そうだね! えっ?」
「俺が!! はしゃいでた!」
「そうは見えないよ!?」
危うく4歳の頃よくこのスーパーに美月と来ていたことを口に出すところだった。
あの時もはしゃぐ美月をよく止めてたっけ。普段はのんびりなのにこういう時だけ活発なんだよな。
だが……当時のこと覚えてるなんて絶対に言うわけにはいかないんだ。
想像上の美月が俺に声をかける。
「どうして昔の私のことを知っているのかな」
「そ、それは12年前に一緒にこのスーパーに遊びにきていて、よく美月がはしゃいでるとこを……」
「えー、そんな昔のことを覚えてるなんて……気持ち悪い。ほんと」
美月は顎をつり上げ、目線を下げる。
「重いんですけど」
ぐぐぐ!
やはり詳細を言うわけにはいかない。
よし、ごまかす!
俺は話題を変えるために野菜売り場へ直進する。
彩りの青野菜をじっと見つめて、その中の1つのトマトを掴む。
「……」
俺はトマトを売り場に戻した。
「どうしてトマトを戻したの?」
「朝宮ってトマト苦手だったろ、だから」
「……」
美月の目が細くなる。
「……よく知ってたね」
「トトトト、トマト苦手そうな顔してるし!」
「してないよ!? 何言ってるの!?」
まさか連続ボロを出しちまうとは何という不覚。
どうする!? ここで昔のことを問われてしまうと俺に返す言葉はない。
美月がじっと俺を見る。
「小日向くん、もしかして……昔」
ぐっ!?
「いや、なんでもない」
美月は野菜売り場から離れ、先の肉売り場まで歩き始めた。
なぜ美月はここでオレを問い詰めなかったのだろう。
もしかして美月は12年前のことを覚えている? ありえなくはない。
だが、それならなぜそれを俺に言わない。12年前の結婚の約束が嫌ならもうちょっと嫌悪感を出すだろうし、賛成なら俺からすればウェルカムだ。
何か理由があるんだろうか。
「小日向くん」
美月が立ち止まる。
「な、なんだ」
肩まで伸びた髪がふわりと揺れ、美月は振り向いた。
少しだけ頬を紅くし、申し訳なさそうに伏し目がちで俺の方を見上げる。
「今日はこれから……時間あるかな?」
「ああ、特に予定はないが」
「この後、料理を教えて欲しいの。良かったら……夕食も一緒に食べない?」
……美月が12年前のことを覚えていたとして……少なくとも嫌悪感はないようだ。
当然は俺はYESと返した。