012 朝宮美月は告られたい
思わず手を振っちゃった!
我ながら大胆なことをしてしまった。
17時頃に野球部が校舎周りをランニングしていることは知っていた。
去年の8月に太一くんが野球部の副主将になってまわりを率いるようになってから時刻が正確になった。
やっぱり太一くんは真面目でかっこいいなぁ。次期主将ほぼ確定って話だもの。
トランペットを吹くフリをして、野球部が通りがかるたびに目がそちらにいってしまう。
私は不真面目な子だ。
「美月!」
「せーんぱい!」
吹奏楽部の子達がやってくる。
同じパートの子達だ。基本おしゃべりしながら練習することが多いのだけど、私は1人離れて練習することが多い。
正直ゆるい部活なのでどっちでもまかり通っている。
「美月は練習熱心だよね。さすがソロに抜擢されるだけはある」
「美月先輩っていつもここにいますよね。思い入れがあるんですか?」
「そうだね」
私は立ち上がって、階段の途中にある窓へ触れる。
「ここはいろんな草木が見えて……四季を感じることができるの。だから落ち着くんだよ」
「先輩おっとな〜」
ドウソである。
ただ、太一くんを見るためだけに私はこの場所に拘っている。
一生懸命走る太一くんの横顔、部員を励ます顔、厳しくする顔、優しい顔、全てが尊い。
今日はいつもより多いなぁ。30周くらい走るのかな。
「お、野球部だ」
「キャ! 星斗くんだ。かわいい!」
「どこどこ!」
吹奏楽部……というよりわりと女子一同、星斗への熱が上がっている。
学園一の美男子なんてふざけた名前で言われるほどだ。姉としてはなんとも言えない。
「美月〜。姉としてはどうなの!」
「あんなかわいい弟がいたら私甘やかしちゃう」
「結構マイペースな子だから大変だよ」
吹奏楽部の間では私と星斗が姉弟であることは周知されている。
苗字が違うのに一緒に登下校して恋人同士と勘違いされたことがきっかけだ。
理由を話すとすぐ納得された。私と星斗は横に並ぶと本当によく似ているからだ。
でも太一くんは知らなかったし、星斗はあまり私のことを言っていないのかもしれない。
「野球部って今、結構狙い目だよね」
「うんうん、星斗くんに3年の長谷川さん、あと……」
私の横でパートの子達が各々の好みを話し出す。星斗は気になるけど、他の男子生徒には何の興味もない。
話が長くなりそうなので邪魔にならないように手元に置いてある譜面台を持ち上げる。
「2年の小日向先輩かな」
ばきっと音をたて、譜面台は高所から崩れ落ちた。
「美月、どうしたの?」
「手が滑っちゃった。 へぇー小日向くん……人気あるんだ」
「あれ〜? モッテモテの美月が気になるんだぁ」
むっちゃくちゃ気になります。
ただ、それを口にするわけにはいかない。
「あはは、同じ中学出身だしね。一緒のクラスにはなったことはないんだけど」
「そういうことか」
太一くんは超絶イケメンで、背も高くて、優しくて、頭もいい、完璧な男子生徒だ。
話題になってもおかしくはなかった。
「小日向先輩って顔はまー普通だけど、野球部だからイイカラダしてるんですよね。身長高いし、声もいいし、かなり鍛えてるらしいから男の魅力に溢れてるんですよね」
分かるぅぅ!
中学の時は外で着替えることが多くて太一くんの半裸をこの目に焼き付けていたんだけど、高校に入ってから見れてないんだよなぁ。
絶対今の太一くんのカラダとか至高だよ!
「告白してる子もいるみたいだけど、野球一筋で断ってるらしいよ。でも実は好きな女子がいるって噂があり」
気になる気になる。
だけど、ここで話題に入ると私が太一くんと結婚したいと思ってることをポロって言っちゃいそうだ。
本当に好きな子がいるのかな……今度聞いてみよう。
中学の時は顔の良い同級生が人気者として名が上がっていて太一くんの名が出ることはなかったが、ここ最近……太一くんの株が急上昇しているように感じる。
でも、ニワカが太一くんを語るんじゃない。私は彼を12年好きでいるんだよ!
「同じ中学だったらもしかして好きな女子って美月先輩じゃないですか!」
「美月先輩すっごい人気だし、絶対そうですよ!」
心臓が跳ね上がった。
そうだったら告られたりしないかな! なんて淡いことを考えてみたりする。
冷静に……冷静に。
「おひょ!? そりゃないですお!」
「どうした美月」
私落ち着け。
そう……おそらくそれはない。
ごはんの件だって星斗を思ってのことで、私はついでだ。
なぜなら太一くんにはもう一つ、大きな噂があるのだから。
同い年のパートの子が次に声をあげた。
「1年は知らないか。美月である可能性は0ではないけど……、小日向には大きな噂があるんだよ」
そうその噂とは……。
「名家有栖院屋敷で……3年のマドンナと一緒に住んでいるって話、本人はにごしてるけどね」
私と太一くんの間にある明確な壁。私が12年間、彼に告白できないのはこの壁の存在が1つあった。
有栖院屋敷と3年のマドンナ。太一くんには私以上にお似合いの人がいるのだ。私じゃ……勝てない。
でもせっかく星斗を通じて、また仲良くなれそうなんだ。
付き合いたい、結婚したい……でもダメだったとして友達以上ではいたい。
……そうするためには私も何かを考えないといけない。
そんなことを思ってると綺麗な顔立ちをした茶髪の女の子が階段下の通路を通る。
私は考えるよりも早く声が出ていた。
「鈴菜ちゃん!」
「……美月? おぉ、 どうした」
男まさりな口調の彼女の名は吉田鈴菜ちゃん。
1年の時にあることで仲良くなり、2年で同じクラスになって……今、1番仲の良い女子だ。
「鈴菜ちゃんを見かけたから、つい」
「話してぇけど、ちょっとコレ運ばないといけねーんだよ。わりいな」
「あ、呼び止めてごめんね」
「気にすんな!」
鈴菜ちゃんはほっそりとしているのに力持ちだ。
今も両肩に石灰の袋を持って野球部が練習しているグラウンドへ……。
そうだ!
「鈴菜ちゃん!」
「ん?」
「……お願いがあるんだけど……いいかな」
太一くんの人気がさらに加熱する前に私は行動をしなければいけない。
ライバルは何も3年のマドンナだけではないのだから。
鈴菜ちゃんはそう……。
「野球部のマネージャーである鈴菜ちゃんにしか頼めないことなの!」