011 そこに美月は必ずいる
「太一、なんか元気ないね」
美月と登校するという夢を果たしたが気持ちのもやもやが取れない。
幼馴染の悠宇から声をかけられるが生返事しかできなかった。
美月には好きな人がいる。
12年前のことを覚えているなら俺の可能性が高いが、覚えていないなら間違いなく俺ではない。
数日会った程度で惚れてしまうなんて普通じゃありえない。チョロすぎる。
俺は4歳の頃、数日で美月が好きになったがアレは美月があまりに可愛すぎたせいだ。
俺がチョロいわけではない。
考えられるのは2年1組に美月が好きになりそうな奴がいるということ。
サッカー部の佐藤か、バスケ部の五十嵐か。美月に告白して振られた男は数多いが全員把握しているわけじゃない。
今の目標は美月の好きな人の対象を俺に変えるように頑張ることか。
苦難な道になりそうだ。
「はぁーーーーーっ」
「すっげーため息。早く走ろうよ」
「そうだな。 よし、校舎まわり10周行くぞ!」
『おお!!』
「いつもは20周なのに珍しい」
悠宇に驚かれるがどうにも気分が乗らないんだ。
野球部恒例の2年、1年を連れての基礎体力作り。
夕方17時きっかりにスタートをしている。
野球部員を連れて先導して走っているところ、星斗が側にやってきた。
「せんぱい!」
「どうした?」
「今日のメシすっげー美味かった」
今日は昼のミーティングがないから各自で食事を取らせていた。
「ハンバーグがジューシーで卵焼きも味が染みてた!」
「あのレベルを毎日は出来んが、1発目だから凝らせてもらった」
「ねーちゃんも喜んでたよ。さっき会ったんだ」
「そうか!」
美月から直接感想を聞きたいが、この12年間なかなか出会う確率が低かったからな。
正直今日出会えないことも覚悟していた。
これは好感度を上手く稼げたようだな。
よし……そろそろだ。
校舎の南側で2階から3階へ上がる階段の所には屋内がよく見える窓がある。
17時には必ずそこに……あの娘がいた。
朝宮美月がトランペットを口に真剣な眼差しで演奏をしているのだ。
その横顔も美しい。
俺がこの時間に走るのは美月が確定でそこにいるのを知っているため。
美月が吹奏楽部として活動している曜日は必ずここを走って彼女の姿を見ている。
ああ、やっぱりいいなぁ。
「あれって、2年の朝宮先輩だよな」
「マジ、そこにいたの!? あの先輩すっげーかわいいよな」
「付き合いてぇ」
難点は美月の存在を他の部員にも晒してしまうことだ。
美月のファンが増えてしまうのは致し方ない。
「今日も人気だねぇ。太一、今日は10回朝宮さんが見れるよ」
唯一、俺が美月を見るために走っていることを悠宇は知っている。
黙らしたい。
「ふわぁ……」
弟は呑気にあくびをしていた。姉の話題は気にならないんだろうか。
今度聞いてみるか。
校舎2週目にさしかかり、再び美月がいる所を速度を緩めて通過する。
そこでいつもどおり美月の方を見ると……。
美月はこっちを見ていた。すると澄んだ瞳と目が合う。
そして少しはにかんだような笑顔で手を振ってくれた。
「……」
「太一?」
「うおおおおおおおお! 気合い十分!」
「ほんとどうした!?」
「おまえら喜べ! 今日は気分がいいから30周行くぞ!!」
『はあっ!?』
美月が手を振ってくれた。
美月が手を振ってくれた。
美月が手を振ってくれた。
野球部員達からの不満の声も全部聞き流すレベルで今の俺の心は満ちていたのだ。
美月はやっぱりかわいい!