100(終) 朝宮美月と結婚します
今日は快晴。
少しだけ暑くなってきた5月の空は青く澄み渡っていた。
彼女と出会って20年。未だ空白時間の方が長いというのが何とも言えない。
彼女にプロポーズしてから本当にいろいろなことがあった。
決して順風満帆な毎日ではなかったが結果的に言えば最良だったと言えるだろう。
彼女と始めて出会った場所で……今日、彼女と結婚式を挙げる。
かつて幼稚園だった場所はいつの間にか結婚式場に変わっており、俺と彼女がそこを選ぶのは当然のことだったと思える。
慣れ親しんだ海外とかでもよかったのだがやはり思い出の場所が一番だろう。
「どう……かな」
「ああ、綺麗だ」
純白のウェンディングドレスに身を包んだ美月の姿に一種の感動を覚える。
もちろん下見に何度も同行したし、始めて見た感動ではない。だが……この場での美月の姿はまた違った美しさを感じるものだった。
俺と美月の交際だって全てが完璧だったわけじゃない。
ケンカもしたし、お互いが主張が違って言い合いもした。
結婚式だってこだわりポイントが違うためそりゃ揉めに揉めた。
でも……必然と別れるという言葉は出なかったな……。
多分世間一般からしたら俺と美月の仲は非常に良好なのだと思う。
12年間の別れを思えばケンカや言い合いなんて本当に些細なことなのだ。
「どうしたの?」
「今日という日が迎えられて本当によかったなって思ってさ」
「そうだね。日本に帰れて本当によかったね」
俺と美月は高校卒業後、海外へ進学した。
そこで活動拠点と人間関係を構築し、いざって時に逃げられるように対処をしていた。
結果として俺と美月の結婚は認められた。様々な声が上がったのだがやはり麗華お嬢様の一言が大きかった。
黙らせたと言ってもいいだろう。
ただその代わりの譲歩として、俺は有栖院グループの1社を任されることになる。
不満はあるが俺も美月も家族と別れずにすむ最良の方法となるのであれば選ぶしかなかった。
そのため今は日本へ戻り、不自由なく暮らしている。社会人としては2年目といった所だ。
「おおー、最高じゃねぇか!」
「うん、うん、美月ちゃんは綺麗だよ」
「これは新郎から美月くんを奪うことを真剣に考えねばなぁ」
控え室で吉田やほのか、麗華お嬢様がウエディング姿の美月と談笑している。
3人とも大衆の目から見れば美女の類いだから各々上手く着飾っていやがる。
どちらにしろ俺からすれば美月が一番だけどな。
「わぁ美月先輩とってもお綺麗です!」
「うん、馬子にも衣装ってやつ? いいじゃん」
「それはさすがに失礼だと思うよ。あ、太一も着飾ってるね」
次現れたのはアリアと星斗と悠宇の3人だ。
アリアは麗華お嬢様の元で補佐として働いている。
星斗は何とプロ野球選手となっている。
結局、俺の3年の最後の夏は甲子園出場を出来たが3回戦で姿を消してしまった。
その代わりその次の年に星斗が堂々と甲子園決勝戦でパーフェクトゲームを達成し、堂々のドラフト1位で入団してしまった。
メジャーからもオファーがあるそうだが、行く気はあんまりないらしい。
日本でも十分稼いでるしな……。
悠宇は公務員として実直に働いている。災害時には被災地に出向いたりとそのあたりは変わらない。
「じゃあ、兄様、美月先輩。わたし達は行きますね」
「またねー」
「じゃあね、2人とも」
控え室から3人まとめて去って行く。
「ふふ、あの二人。交際は順調みたいだね」
「アリアも来年か再来年くらいには挙式かもしれんな」
妹が嫁いでいくのは感慨深いものがある。
「ここからだね……私達は」
「ああ、これから10年、20年。老いても一緒に居続けよう。銀婚式……金婚式は盛大にしたいな」
「50年かぁ……もうおばあちゃんだねぇ」
「美月ならきっと綺麗なおばあちゃんになってると思うよ」
「太一くんならムキムキのおじいちゃんかな。ふふっ」
からかうように笑うが、それも悪くない。
ヘロヘロにはなりたくないからな。親父もいい年だが、まだまだ現役だし負けてられない。
「でも、まずは12年だ。それを越えて……始めて俺達は胸を張ってずっと一緒だといえる」
「そうだね。そんな太一くんには……この子を守ってもらわないといけないね~」
「え」
美月はお腹を誘って、そのままにこりと微笑む。
まさか……そういうことなのか。
「そ、そうか。避妊はやめたからいつかはと思ったが……それに体調もちょっと崩してたもんな」
「まだ安定期まで遠いから油断はできないけどね」
「無理はするなよ。大丈夫だ。俺が支えてやるから」
「じゃあ……いつものやって」
「ああ」
俺は美月をゆっくりと抱き寄せる。
これは交際を始めてから美月と決めたルールである。
何か喜ばしいことが会った時に必ず行う。
ウェディングドレスを着ているのでいつもより優しく、美月の髪にゆっくりと触れる。
「えらいぞ……美月。立派なお母さんになるんだな。本当に誇らしいよ」
「うん! うん!」
甘やかして、甘やかして、美月を褒め続ける。
子供出来ても、おじいちゃん、おばあちゃんになっても、これだけは続けていこうと思う。
「美月、大好きだ!」
今日……朝宮美月と結ばれました。
「あ、次は俺を甘やかしてくれ。お父さん記念でな」
「もう! 太一くんの甘えん坊さん!」
そしてまた……時が過ぎる。
◇◇◇
「ママーお腹すいた!」
「トイレ!」
「パパ、この子がぶった!」
「うぇーーんうぇーーーん!」
ああ、忙しい!
これから仕事だってのに……5人の子供達が朝からワイワイと騒ぎ立てる。
騒がしいことは良い事なのだが……、朝からこれはきついぞ!
だが俺は最強、最高のパパ! こんなことで怒らないのだ。
「こらーー! 静かにしなさい!」
肝っ玉のお母さんはいつも通り大声で叫ぶ。
やはり、俺の嫁が世界で一番かわいいな。子供達も負けずとかわいい。
「パパも早くご飯食べて! 遅刻するよ!」
「お、おお! スマン」
7人、椅子に座っていただきますだ。
ん? そういえば4人の我が子は騒々しいが、1番騒がしい長男が珍しく……静かだな。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
「……あのね、パパ」
長男は幼稚園の年中、5歳だ。
結婚式を上げて、その後に産まれた俺と美月の初めての子だ。それから年子の女の子が産まれて、双子が産まれて、また男の子が産まれて……。
「前ね。仲が良かったちーちゃん」
「ちーちゃん?」
「この子が年少の時に仲が良かった女の子だよ。最近少しお休みしてたのよね」
「……僕もちょっと幼稚園をお休みしてたから」
この子もちょっと風邪をこじらせて数週間休ませたことがあった。
「あんなに仲が良かったのに……幼稚園行ったら喋れなくなっちゃったの」
「……そうか。時を置いてしまうと仕方ないところはある」
「大きくなったらね。結婚しようって約束したのに」
「え!」「お!」
俺と美月は見合うしかなかった。
「ママ、パパ……ちーちゃんとまた喋りたい」
よく知らなければ時が解決する、なんて安易なことを言っただろう。
だが……それじゃダメだ。
そうして……俺と美月は12年間会話ゼロになってしまったのだから。
俺は我が子の頭を撫でる。
「おまえは男の子だ。勇気を出してちーちゃんに声をかけてやりなさい。結婚の約束をするほど仲良かったんなら大丈夫」
「ほんと? ほんと?」
「本当だよ。ママもパパも幼稚園の時に結婚の約束をしたの。パパが声をかけてくれたからママも頑張れたんだよ」
再会した時はとんでもなかったけどな。かつての料理炎上事件を思い出す。
あれは声をかけなかったら相当やばかった。
「僕、がんばる!」
「あの子があんなこと言うなんてね」
「因果は時を超えるということなのかもしれないな」
「なにそれ」
美月は笑い、俺も肩をすくめる
「ねぇ、太一くん」
「なんだ?」
「これからもずっとずっと私を褒めてくれる?」
「ああ、いつまでもいつまでも美月を褒めて甘やかしてやるさ。ただ……その分、甘やかしてもらうからな!」
朝宮美月と結婚した俺は今日も美月を甘やかし……美月に甘やかされるのだ。
~FIN~
完結まで読んで頂きありがとうございます。
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