010 姉と先輩が何かわけわからんことオレに言わす
好きな子と一緒に登校はなんて素晴らしいのだろう。
1週間前では考えられない幸運が今、舞い降りている。
美月も男子と登校するのが恥ずかしいのか口数が少なめだ。
あと少しだけ頰を赤らめているようにも見える。
「おー今日もいい天気だねぇ」
美月の弟で俺の部活の後輩である、星斗は欠伸をしながらそんな言葉をもらす。
本来であれば星斗の存在はお邪魔虫になるのだがさすがに2人きりの登校は心情的に無理だ。
星斗にはぜひとも美月との架け橋になってもらわないと。
「2人はいつも一緒に登校しているのか?」
星斗に声をかけるようなフリして美月へ話しかける。
「せーくんはたまに寝坊するからね。私がちゃんとしないと」
「星斗、姉に迷惑かけてばかりじゃいかんぞ」
「えー、でもねーちゃんの風呂長いもん。さっきみたいに下着忘れてタオル一丁で部屋を歩くことばかりだし」
「ブッ!」 「ブフッ!」
俺と美月は吹き出した。
「ち、違うよ! 私、露出狂じゃないし! たまたまだから」
「来週からは気をつけてくれればいい……」
美月は顔を真っ赤にさせて自己弁護するが、俺的にはバスタオル姿が見たいからそのままでいい。
言葉と思っていることが正反対なのがつらい。
「あ、ああ! 小日向くん、お弁当ありがとう! 嬉しいな」
露骨に話題を変えてきた。
弁当はすでに美月と星斗に渡している。今日の弁当は相当な力作だ。一緒に食べられないのが残念でならない。
「せんぱいの弁当楽しみだな。アレ食ったらいくらでも投げられる!」
「まったく、今日はおまえにおかずを取られないから安心だな」
「ふふふ、せーくんは小日向くんにべったりだね。ご飯の件もそうだし、いいバッテリーだし」
「そうだな……。ん? 朝宮、俺がキャッチャーなのを何で知ってるんだ?」
美月の動きが止まる。
確かに野球部だと伝えていたが星斗がピッチャーで俺がキャッチャーでバッテリーを組んでいるなんて普通の女の子じゃ知り得ないはずなんだが。
美月は通学カバンを持ち上げて顔を隠した。
もしかして野球部のことをよく知ってるんじゃ……? 実は俺のこと。
「朝宮、もしかして」
「せーくんが言ってたの」
「え?」
「せーくんがこの前小日向くんがキャッチャーだって言ってたから。別におかしくないよね?」
まぁ別におかしくはない。じゃあなんで顔を赤くして額から汗を流してるんだ。
まるで……今その返し方を作ったかのようだ。
「え、ねーちゃんにそんなこと言ったっけ」
「言ったよ。ねっ、せーくん」
「言ったかもしれない」
美月の圧に負けて星斗は頷いた。
これ以上問い詰めるのは無理か。中学の時からキャッチャーをやってるし、中、高と一緒の学校なんだ。偶然見たと言っても理由としては弱くない。
「今日は私もお昼に吹奏楽部のミーティングがあるんだ。弁当のこと言われちゃうかも」
「無理に俺の名は言わなくていいぞ。ややこしいしな。トランペットのメンバーはお喋りが多いんだろ?」
「……小日向くんに私がトランペット奏者だって話したっけ」
やらかしたぁ!
そんなもん中学1年から知ってるわ!
部活の合間にどれだけ美月がトランペットを吹いてるところを見たと思っている。
親の顔より見てるわ!
しかし、これを言うわけにはいかない。言ってしまえば ……。
「小日向くん、もしかしてずっと私を見ていたの……?」
想像の美月の顔が歪む。
「ストーカー染みてて重いんですけど」
やっぱきつい!
バレるわけにはいかない。だったら……。
「星斗が前に言っていた。朝宮がトランペットを吹いているって」
「え、せんぱいにそんなこと言ったっけ」
「言ったんだよ。なっ星斗」
「言ったかもしれない」
よし、これでいい。
「それより! 俺は朝宮に聞いておかなければいけないことがある」
本当はもうちょっと雰囲気が良くなってから聞くつもりだったが仕方ない。
朝宮は微笑んでなにかな? って聞いてくれた。はやく結婚したい。
「今日は弁当だけになったが、来週の月曜日からは朝飯も一緒にと考えてる」
「うん」
「だが、その……もし朝宮に……彼氏とかがいるんだったらちょっとまずいと思ってな」
「え……?」
これは賭けだ。もし彼氏がいるよ……なんてことになったら俺の計画の根本から見直す必要がある。
彼氏のいる女の子にアプローチをかけるほど俺は人間が出来ていない。
星斗の食育で一定の距離を保ちつつ彼氏と別れるのを待つしかないのだ。
美月が首を振った。
「そ、そんな彼氏なんていないよ! もう……からかわないで!」
おっし! きたああ!
俺調べではいないって噂だったから真実でよかった。
「でも朝宮はモテるだろう。中学の時からよく告白されるって噂になってたし」
これは事実だから俺が知っててもおかしくはない。
「そんなに告白されてないよ!」
「そうなのか」
「うん、3桁は超えてないし」
3桁は超えてないっておま……7、80は告白されてるってことじゃねぇか!
一般的なモテる女の数倍モテてるんじゃねぇか。
そんな女普通どこにもいねぇよ!
……。安心したが、やはりライバルが多すぎる。今年中に親密になって告白しないと。
「でもね」
美月は両手を頬に添え、俺の方をぐっと見た。
「好きな人はいるよ」
その好きな人が俺だったらよかったのにと……、この話題を振ったことを激しく後悔した。
この話題はそれっきりで学校に到着する。