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001 会話ゼロ

「あのね、あのね。わたし、太一くんのことだいすきなの!」


 今でも思い出せる4歳の時の記憶。

 幼馴染みである朝宮美月(あさみやみづき)と俺、小日向太一(こひなたたいち)はいつも一緒に遊んでいた。


 幼稚園で美月を初めて見た時、気弱でおどおどしている印象のある女の子だった。

 でも、ふと見せる笑顔が本当に魅力的な子で俺は彼女に心を奪われていたんだ。


「太一くん! えっとね、せんせいに絵がうまいってほめられたの!」

「美月はすごいなぁ。いつもかけっこは一等だし、べんきょうもできるし、美月は何でもできる女の子だ!」

「えっへへ~」


 美月は器用な女の子だった。どんなことでもソツなくこなす女の子だった。


「太一くんがほめてくれると胸がきゅーっとなるの! そしたらすっごくがんばれるの!」


 美月は甘えるように手を胸のあたりで組んで、上目遣いでおねだりをする。

 そんな美月の思いに答えるように優しく頭を撫でてあげる。


「だからぁ、ほめてほめて!」

「えらいぞ~!」

「きゃ~~~」


 美月は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 喜んでくれるのが嬉しくて、美月のために俺は毎日褒め称えた。


「太一くんとけっこんしたら毎日褒めてくれる?」

「ああ! おれにまかせろ! 美月をいっぱい褒めてやる」

「やったー! 太一くんだいすき! ぜったいだよ! ぜったいけっこんするんだよ!」

「ああ、ぜったいだ!」




 ◇◇◇



 4歳の俺は美月と将来結婚をする約束をした。

 それは始まりに過ぎなくて俺は美月の幼馴染としてずっと一緒に生きていける、そう信じていた。


 幼稚園も

 小学校も

 中学校も

 高校も

 常に一緒にいられる、そう信じていたんだ。


 でも……今、俺の隣に美月はいない。

 別に引っ越しをしたわけでもない。

 ケンカ別れしたわけでもない。


 ほんの一時的な別れがきっかけで気づけば12年の月日が過ぎてしまっていた。


 美月とは12年間会話ゼロの幼馴染になってしまっていた。


 おかげで今、美月とすれ違ってもお互い、目を合わせることもない。



 ◇◇◇


「はぁ……」

「どしたの、いきなり」


 2年8組の教室に戻るため校内を歩いていた俺は現実を知り、ため息をついてしまう。

 すぐさまその声は隣で歩く親友に反応をされた。


「なんでもねぇよ」

「そっか。朝宮さんとすれ違ったからじゃないんだ」


 見抜かれたことにいら立ってしまう。

 俺と隣を歩く友人浅田悠宇(あさだゆう)は教室に戻り、窓側の悠宇の席の近くで体を落ち着かせる。

 窓から空を見上げると快晴の空、日差しの強さに目がくらむ。

 GWが過ぎると夏まであっと言う間だ


「ほんと太一って朝宮さんが好きだよねぇ。そんなに好きならさっさと告白すればいいのに」

「うるさい。接点がないのに告白なんてできるわけないだろ」


 4歳の時、幼稚園の年少クラスで確かに俺と美月は仲がよかった。

 しかし、時が過ぎ、幼稚園の年中、年長、小学校、中学校、そして高校1年生……2年生。

 ずっと同じ学校に通っていながら、同じクラスになることはなかった。高校2年の今、美月は1組で俺は8組。クラス間の距離が遠すぎてすれ違うことすらまれである。


「でも朝宮さんって本当に綺麗になったよね。小学校の終わりくらいから急に目立つようになって、中学でもかなり告白されてたよね」

「……」

「結婚の約束をした太一からすれば穏やかになれないよねぇ」

「何でおまえはずっと俺と同じクラスなんだろうな」


 悠宇はそれこそ幼稚園の年中からずっと同じクラスで腐れ縁だ。それゆえに俺の12年の想いは全てバレている。


 美月と同じクラスになれば、行事をきっかけに距離を詰めて3月までに告白をして付き合う……までは計算しているのに……1度として同じクラスにならない。

 部活も委員会活動も全部、全部、全部、うまくいかない。


 ……美月は運命の人ではないんだろうか。


 昼休みもそろそろ終わりの時間になってきた。


「ん、あれ、朝宮さんじゃない? でも違うかな」

「いや朝宮だ。あの風でなびく髪を見れば分かる」

「うわぁ、12年の重みは……すごいね」


 悠宇に引かれるがどうでもいい。

 2年生の校舎は3階にあり、ちょうど8組のある場所の真下にベンチがある。

 そこで美月とおそらく同じクラスの女子が談笑していた。

 時々見える美月の横顔に胸が熱くなる。

 窓枠から少し体を乗り出して、美月の様子を見守る。


「高校3年で同じクラスになれたらいいね」

「そう思って中学、高校と過ごしてきたから今更だ。それに4歳の時の約束なんて……きっと向こうは覚えてねぇよ」

「ま、まぁ子供の時の話だからね。よし、この話はここまで! 僕達には部活が……野球があるじゃないか! 女なんて必要ない」


 悠宇なりの気遣いだろうか。実際、関わりがない以上何も進まない。

 今大事なことこそ優先すべきだろう。


「1年生にいい投手も入ったし、今年は上に行きたいよね」


 恋愛も大事だが、俺にとっては所属している野球部での部活動も大事だ。

 野球部の副主将として俺は皆を引っ張っていかなきゃいけない。美月にばかり目を向けるわけにはいかない。


「今日も体幹トレーニングかぁ。太一考案の筋トレって結構、き、き、へっくっしゅん!」


「うるさいな。……それに筋トレは負荷をかけなきゃ意味ないだろうが。今年の夏は……」


 その時……ふと下に視線を向けると美月がじっとこちらを見ていた。

 悠宇のうるさいくしゃみに気づいたのか……それとも。


 美月と目が合う。

 本当に綺麗になったな……。


 肩まで伸びた色素の薄い黒髪は艶があってかわいい。


 目鼻整った顔立ちはずっと見続けていられるほどかわいい。


 透き通った声はずっと聞いていられるほど澄んでてかわいい。


 どんな人にも分け隔て無く優しく、いつも笑顔を絶やさない美月は本当にかわいい。



 ぱっちりと開いた瞳が2.0の視力を持つ俺の瞳に映る。

 ほんの数秒、時が止まって。


 ―ーっ!? ーー


 美月の体が大きくぶれ、ばっと視線を反らされてしまった。

 さすがにこの距離だと表情の細部までは見えない。


 でも、俺のことを認知している?


 確かに4歳の時、結婚の約束をしたが、先の12年、まともに会ったことのない俺を。


 いや、まさかな。

新連載となります。ご愛読頂けると嬉しいです。

10万以上の書きためがありますのでしばらく毎日投稿いたします。


期待できると思っていただけましたら、ブクマ・評価等応援頂けるとありがたいです!


3話でヒロイン(朝宮美月)の挿絵を公開します。

下記のイラストのような美麗なものになっていますのでお楽しみ頂ければと思います。

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