歴史といっても、今から三百年ほど前の事です
「瑛太さん。歴史は得意ですか?」
歴史…
オレの微妙な顔を見て、ばあちゃんは察したようだ。
「歴史といっても、今から三百年ほど前の話です。徳川の御世でしたが、私たち庶民は公方様がどなたかなどあまり関係なく暮らしていました」
「はぁ…」
オレの気の抜けた答えに、ばあちゃんはくすりと笑った。
「なるべく簡単に話しましょう。もう、終わった事ですから。
あの時、私が彼に出逢った事から全ては始まりました」
「じゃあ、オレたち一族が守ってきたのはそいつなのか?」
「ええ。傷付き消滅寸前だった彼を私の魂の中に匿う事しか方法はなかったのです。全ての霊力を注ぎ込みましたが、それでも彼を完全に癒す事は出来なかった。
私の死後は子が。そして、またその子が。実に6代もの霊力を使い、ようやくここまできたのです。私一人の力では無理でした」
辛そうなばあちゃん。
直接関係のない子孫に、子孫だからの理由だけで使命を負わせた事が大きな責苦となっているのだろう。
「別にいい。霊力なんてオレには必要ないし。そいつを抱え込んで生きていく事くらい任せろ!」
「…七夜と同じ事を言うのね」
まぁ、じいちゃんそっくりだとはよく言われていたが。
ばあちゃんが今も苦しんでいるのなら、何とかするのが子孫の役目だと思う。
だから。
「言ってもいいよ、ばあちゃん」
「瑛太さん…」
「全部言ってる事、過去形だって事、ちゃんと気付いてた。オレには、違う事言いたかったんだろ?」
「…」
「そいつの傷はようやく治った。だろ?」
「はい…」
「オレは、どうすればいい?」
一つ息を吸い、ばあちゃんはオレの目をしっかりと見据えた。
「異世界に行って下さい、瑛太さん。傷を癒やした彼は今、あなたの中で目覚めの時を待っている。彼一人で異界まで行くには力が足りません。こちらから連れて行かなければ」
「そいつの世界? どんな場所か分かるか?」
「分かりません。彼から聞いた話ですと、霊力が溢れる世界のようなのですが」
異世界、異なる世界。
じいちゃんがいなくなったとはいえ、こちらの世界にまだ知り合いはいる。
じいちゃんの墓だってある。
けど。
「わかった。オレがそいつを連れて行く」
「…二度と戻れないかもしれません」
「オレたちの都合で連れてこられたヤツを、放ったらかしには出来ないだろ」
じいちゃんも、その又じいちゃんも、ご先祖たちが守ってきたもの。オレの代でほったらかしなんて事したら、死後じいちゃんに合わせる顔がない。それでも男かっ! って、絶対怒鳴られる。
「さ、決心が鈍らない前にとっととやってくれ」
どかりとあぐらをかいて身を委ねる。
気分はすっかり『煮るなり焼くなり好きにしやがれっ!』だ。
そんなオレをばあちゃんは優しく抱きしめた。
「異世界がどんな場所かわからない。戻る保証もない。瑛太さん、ごめ」
「謝らなくていいよ。異世界なんて、なんかワクワクするだろ? きっとこれがオレの運命なんだよ」
って、ちょっと格好つけすぎたか?
でも同じ旅立つなら、明るい気持ちで行くほうがいい。
「ばあちゃん、オレ行ってくるよ」
過去編は機会があれば別話で書きたいな。