始まりの夜
はじめまして
じいちゃんが死んだ。
享年77歳。
今のご時世からいえば少しばかり早すぎる死だが、あっさり、ぽっくり、苦しまずに逝けたことは良かったのだと思う。
「なぁ、じいちゃん。オレ、一人きりになっちまったじゃん」
オレ、守瑛太は、じいちゃんの遺影を手にとり、どこか茶目っ気のある顔を指でなぞる。
じいちゃんはこの年代には珍しく180cmを超える長身で、いつか追い抜いてやると思ってたオレの背はここ数年170cmで止まったまま。悔しいー! って、何度叫んだだろう。
「ちび助って呼ぶの、やめさせられなくなったじゃん」
ちび助と、わしゃわしゃオレの少し茶色がかった髪を豪快に笑いながらぐしゃぐしゃにしてたじいちゃん。止めろって言えば言うほど、大きな手でさらに撫で回したっけ。
あまりに突然すぎて、現実味がまるでない。
病院から突然連絡がきて慌てて駆けつけた時には、もうじいちゃんは亡くなっていた。
オレは両親に続いて、じいちゃんの死に目にもあえなかったのだ。
早くに亡くした両親の代わりにオレを育ててくれたのはじいちゃんだ。物心付く前から、じいちゃんと2人暮らしだったし、両親はオレが赤ん坊の頃に事故で死んだと聞かされていた。
親戚なんておりゃしねぇから、葬式なんてやらんでええ!と、常日頃口にしていたじいちゃんだったが、いざそうなってみると本当に1人の親戚もいなかった。ドラマなんかじゃじいちゃんが死んだ後、財産目当ての見たこともないような親戚がワラワラ出てくるものらしいのに。
まぁ、もともと家にそんな財産なんてものはないのだが。
高校を卒業して1年。未だ就職活動中のオレは、短期のバイトで生計を立てていた。景気回復という言葉はオレに限ってはあてはまらなかったようだ。じいちゃんの年金とオレのバイト代で、ギリギリ2人暮らしていたのだ。余分な金があるわけがない。近所のスーパ『まるや』の半額シールハンターとは、オレのことだ。
「んー」
いやいや、こんな阿呆な事はどうでもいい。
現実を見なくては。
葬式なんてやらんでいい! というのがじいちゃんの遺言? だったが、最低限火葬だけはやらなきゃならんだろうと、病院からじいちゃんを家に連れて帰って一晩一緒に過ごし、火葬を行い先祖代々の墓に納骨した。
そして今、一段落してようやく今後を考える余裕が出たところだ。
「この家はそのまま住んでていいのか?」
オレが生まれたときから住んでいるこの市営団地は、じいちゃんが契約者で間違いないだろう。引き続き住めるよう手続きにいかなくては。市役所でいいのか?
「あとは、なんだ? まあ、じいちゃん名義のものは、全部変えなきゃならんだろうし…」
ガス、電気、水道。それから…
「うがぁぁ! めんどくせー!! 止めだ止めっ! どうせ、今からじゃ何もできねぇし!」
今日はもう寝よう。明日起きてからにすればいい。明日できることは、明日やればいいのだ。
人生のモットーの1つを呟き、薄い布団に潜り込む。
おやすみ3秒のオレは、ゆっくりと瞼を閉じ意識を手放していった。