おやすみ、スマートスピーカー
「ええと。こんばんは、スマートスピーカー?」
深夜2時。
ごうごうと回る冷却ファンの音だけが聞こえる暗闇のなか、どこへともなく呼びかけた。
夜勤当番の片割れが仮眠に入ってから、まともに声を出していなかったので、少し上擦った、芝居がかった声になった。
あたりはやっぱりファンの音がするだけで、静かなものだ。
静寂もあいまって、自分の不自然な声が恥ずかしくなる。
ほうら、やっぱりうそじゃないか。
仲間に担がれたことが分かり、おれは苦々しい気分になる。
「夜間にネットワークのトラブルが起きたら、地下のサーバールームに行って、こう言う。『こんばんは、スマートスピーカー!』ってな。あとは用事を伝えるだけで、AIが何とかしてくれる。いや、便利な世の中になったもんだよ」
何がスマートスピーカーだ。ふざけた名前だ。
だいたいシステム部門のやつら、おれなんかよりずっと学があるんだから、こっちに文句を言わず自分でちょちょいと直せばいいんだ。
いらだちながら、ファンを通った生ぬるい風に追い立てられるように、きびすを返す。
ぶうん。
おれの足元に、影が伸びる。
この部屋にまともな光は、おれが右手に持った懐中電灯だけ。
こんなふうに影なんか、できっこない。
まるで、おれの後ろで何かが光っているみたいじゃないか。
背中をいやな汗が伝い、ごくりとつばを飲む。
覚悟を決めて振り返ると、金属のラックに貼り付けられたおおきなモニターが、煌々と暗がりで輝いていた。
「こんばんは、わたくしはスマートスピーカー。お名前とIDをどうぞ」
人工的な音声が、モニターから流れてきた。
モニターには、変に立体的な「認識中」という文字がぴかぴか点滅している。
すっかり面くらってしまって、2・3歩後ずさった。
そこにあるのはモニターと、金属製のラックだけだ。ラックにはごちゃごちゃした機械が詰め込まれているが、見たところ、中にひとが入っている様子はない。
おれがじろじろ眺めているあいだも、モニターは黙ったまま「認識中」をぴかぴかさせている。
どうやら、おれの返事を待っているらしい。
「わ、和田、マコト。ID、ええと、IDは」
腕につけている社員証を見ながら、IDを読み上げる。
顔を上げると、モニターの表示が「認証」に変わった。
「氏名、ID、声紋が一致しました。認証が成功しました。ご用件をどうぞ」
「用件、用件ね。システム部門が、あー、あの・・・・・・パソコンが、社内ネットワーク? に、つながらなくなったとか、なんとか」
「かしこまりました。ネットワークの異常を検出します。少々お待ちください」
モニターの中で、「検索中」という文字がぐるぐると回る。
文字の明かりだけが、ぽっかり宙に浮いているようだった。
「検出を完了しました。異常は検出されませんでした」
「ええっ」
異常ないだって? おれは思わず天を仰ぐ。
なんだ、こんなにたいそうななりをしておいて、とんだポンコツじゃないか。
この後のシステム部門のやつらの文句を想像し、気分がどっと重くなった。
モニターからは、おれの気分なんて知ったことではないといったふうに、変わらず機械的な音声が響く。
「ハード面の異常ではなく、上位レイヤーでクラッシュが発生している恐れがあります。該当スイッチを再起動しますか。」
「さ、再起動ったってどうするんだよ」
「遠隔でアプリケーション単位での再起動を行います。少々お待ちください」
「遠隔? で再起動? よくわからねぇが、それで直るんだな?」
光明が見えてきたぞ。
息巻いたおれのことなどやっぱりお構いなしで、機械はあいかわらず抑揚のない声で、冷たく返事をする。
「いいえ。残念ながら確実ではありません。」
「じゃ、直らないのか?」
「現時点ではどちらとも。アプリケーション単位での再起動で改善しない場合、または再起動が正常に行われない場合は、別の手段を取る必要がございます」
「別の手段って、なんだよ」
「そうですね。最も簡単な手法としては、機器の電源アダプタをコンセントから抜くことになります」
ぴかぴか光る画面は、そう答えた。
ずいぶんと原始的だ。そのくらい、おれにだってできらあ。
AIだなんだったって結局のところ、やることはおれたちと大差ないらしかった。
「へえ。そんなことでいいのか。で、それはどうやるんだ」
「あなた様に該当フロアスイッチの設置場所まで行って頂いて、電源アダプタをコンセントから抜いていただきます」
「おれが!?」
「残念ながら、わたくしには手も足もございませんので」
前言撤回だ。おれはそんなの、絶対ごめんだ。
機械の声は、とてもじゃあないが残念そうには聞こえない。
それどころか、おれのことを馬鹿にしているみたいだった。
「いや、待て、そんな、無理だ! それでもし何か壊れでもしたら、始末書か、最悪クビだぞ!」
「弁償なさっては。20万円程度で購入できますよ」
20万円! なんてこった!
ひと月の給料がおじゃんだぞ!
頭を抱えて悲鳴を上げる。
「勘弁してくれ!」
「左様ですか。ではまず、遠隔でアプリケーション単位での再起動を行います。」
モニターの文字が「応答を待っています」から「通信中」に変わる。
スマートスピーカーはおとなしくなって、周りはごうごうという冷却ファンの音だけになった。
しばらくモニターを眺めてみたが、てんで変化がない。
手持ち無沙汰になって、再び話しかけた。
「・・・・・・ええと。これ、おれはどうしたらいいんだ? ここで待つ? 警備室に戻っても?」
「そうですね」
スマートスピーカーは、すこし考えてから(じゃなきゃ、機械の癖に、考えるみたいにちょっと黙ってから)、こう言った。
「状況が改善するよう、神に祈っていてもらえればと」
「はあ」
「わたくしには出来ないことですので」
ここまでとまったく同じ声、人工的な機械らしい音声だ。
だのに、こいつはまったく機械らしくないことを言う。
「・・・・・・おまえ、その画面の中に、ひと、入ってるだろ」
「いいえ。もしそうだとしたら、あなた様に頼まず、わたくし自ら電源アダプタを抜きに行きますとも」
「あーあ、そうですか」
おれの言葉に、スマートスピーカーはまるで「心外だ」とでも言いたげだ。
やっぱりちょっと馬鹿にされているような、皮肉を言われているような気分になる。
腹が立ったが、なんとなく戻る気もしなかったので、部屋の隅に積んであったダンボールのひとつにどかんと腰掛けた。
そうしてしばらく、モニターをぼんやりと眺める。
スマートスピーカーは、また黙ってしまった。
ああ、だんだん眠くなってきやがった。こんなことなら、缶コーヒーでも持ってくるんだったな。
ぼーっとそんなことを考えていたら、黙りこくっていたモニターが口を開いた。
「スイッチの再起動が完了しました。再起動後、認証及びIPアドレスの払い出しが検知されています。」
「それは、ええと?」
「状況は改善したものと思われます。障害発生ユーザーに確認をしてください」
「直ったってことだな?」
思わず立ち上がって、スマートスピーカーに詰め寄る。
こいつが人間だったら、肩でもたたいてやりたい気分だ。
「ネットワークシステム上、検知できるかぎりにおいては。」
「直ったってことだろ! めんどうなやつだな、おまえ!」
部屋の壁に備え付けられている内線電話を取り、システム部門に電話をかけた。
「もしもし、警備室ですが」
「ああ、警備さん。今、イントラネットにアクセス出来るようになったよ、ありがとう」
「え、ああ、いえ、その。おれではなくて」
「じゃ、お疲れさま」
おれの言葉を待たず、電話は切られてしまった。
べつに何もしていないのに、「ありがとう」なんて言われてしまって、なんとなくばつが悪い。
ちらりとスマートスピーカーを窺うと、おれの視線に気づいたのか、「お気になさらず」と声がした。
「わたくしに指示したのは、あなた様ですから。謝辞を受ける権利があります」
「はあ。まあ、おまえがそれで良いなら、良いんだけど」
ともかく、おれがここに来た目的は無事果たされたようだった。
となればもう、このほの暗い部屋に留まる理由はない。
「じゃあ、おれは警備室に戻るけど。おまえはこのあと、どうするんだ」
「そうですね。タスクが終了しましたので、新たに入力がなければ3分後にスリープモードに入ります」
「ああ、そうかい・・・・・・」
機械の癖に、良いご身分だ。
こっちはこれから寝ずの番だというのに。
そう思うとなんとなく気が重くなってきたが、一緒になって寝てしまってはそれこそ始末書だ。
のろのろと出口に向けて歩き出す。
部屋のドアに手をかけ、今度はモニターに向けて、声をかけた。
「おやすみ、スマートスピーカー」
「おやすみなさい、警備員さん」