05 魔女
「やばっ…!?」
咄嗟に出た右手で炎の壁を作る。
それで防いだつもりだった。
一瞬で炎で作った壁が消滅してしまったのだ。
嫌な音が響いた。
その音が自分の右手から聞こえているのに気付かなかった。
「私の右手が…!!」
不思議と痛みは無かった。
空っぽになった右手を庇うように左手で抑える。
右手が無くなったせいでバランスが取れなくなった私は地面へと倒れた。
赤い液体が腕から流れていくと同時に意識が遠退いていく。
駄目だ。
このままだと心臓に空いた穴がまた戻ってしまう。
複製魔法で右手を複製すれば…。
それこそ魔力が尽きて死ぬかもしれない。
「ったく。それでも魔法使いなの?雛。」
この声は聞き覚えがある。
きっと自分の声だからだと思う。
けど、懐かしい声だった。
「今なら、まだ戻れるわよ。日常に」
日常?
目が覚めたら病室だった。
そこには雪の姿があった。
「良かったぁ…。本当に良かったですっ!!」
涙目で私に抱き着く雪。
「ここは…?」
私は周りを見渡す。
「病院です。」
「なんで病院に居るの?」
「せっつんが魔女から雛ちゃんを助けてくれたらしいです。」
後でお礼に頭を撫でてあげなきゃ。
多分怒ると思うけど。
「そうだ…。魔女に右手を…!!」
「右手?右手が痛むんですか?」
私は右手を確認しようと右手を掴んだ。
掴んだ?
「右手があるっ!?」
魔女との戦いで右手を奪われたのに。
「きっと腕の良い魔法使いさんが治してくれたんですよ。」
「だったら、刹那を助けなきゃ!!」
私の身体には幾つも包帯が巻かれていた。
「無茶です!!まだ完全に治るまで、まだ時間がかかります!」
まだ数日しか経ってないんだから当たり前だ。
「強い人達に任せれば良い。今までだったら、私はそう思ってた。」
誰かに大切な人の生命を任せるのは間違ってる。
「けど、違ったんだ。それに刹那は大事な友達なんだよっ!!」
友達が二人も出来たんだ。
失う訳には行かない。
「雛ちゃん、変わったね。」
雪は微笑むように言った。
「私は何も変わってないよ。もし変われたなら、それは雪のおかげだよっ!」
そうだ。
この戦いが終わったら皆で温泉に行こう。
雪と刹那と私で。
「後は私に任せても大丈夫ですよ。私が助けに行きますから。」
雪はいつか見た杖を取り出した。
あの日、綺麗な魔法を使った杖だ。
「泣いても笑っても、魔女を倒せば生徒会は元通り活動出来るはずですっ!!」
「分かった、信じてる。」
それから何時間経ったんだろうか。
「今まで通りの日常に戻りたいなら、魔女の事は関わらない方が良いわよ。」
真琴は私の隣のベッドで忠告して来る。
「と言っても、私は戦えないんだけどね。」
身体は傷だらけだった。
「Ainselが乱入してくるかもしれないわよ。」
「魔女の捕獲か…。それって魔女を殺すより難しい方法だと私は思う。」
また邪魔をして来ると思うと怒りが我慢が出来ない。
「恐らくAinselでも何も出来ない相手よ。」
「それでもやるしかないでしょ?」
私がベッドから降りると、ドアの向こうから微かに音がした。
「刹那ちゃんっ!?そのケガ大丈夫なのっ!?」
「雛せんぱっ…!!生徒会長が…!!」
「雪がどうしたのっ!?」
私は慌てて先生達に電話した。
刹那の身体には赤黒い痕が幾つもあったからだ。
あと気になったのが、変な模様がひとつだけある。
「た、大変言いにくい事なんですが…。」
「会長が死にました。」
雪の制服の布切れを私に見せる刹那。
「な、なな何を言ってるの?雪が死ぬなんて嘘だよ…。」
「ど、どうしてそう思うの?」
雪は私の行く先をいつも照らしてくれた。
「生徒会に誘ってくれたのは雪じゃんっ!!」
「何の為に入ったんだよ…。」
「あの人は最後まで笑っていました。だから一緒に戦って下さい。」
まだ戦わせるの?
何のために?
もう何も失いたくないのに…。
「刹那ちゃんは私にも笑って死んで来いって言ってるのっ!?」
つまりそう言うことか。
「……そうです。」
「あの人が最後に残したのは笑顔だけじゃないんですっ!!」
雪は最後まで笑ってたんだ。
「それは雛先輩です。会長の魂を受け継いだ雛先輩にしか、きっと魔女は倒せませんっ!!」
「生徒会の最後の希ぼ……」
刹那は眠るように地面へと倒れた。
「刹那ちゃんっ!!」
「それで降りるの?それとも戦う?」
真琴はまるで他人事のように言う。
「……そんなの分かんないよ。」
刹那は戦って欲しい。
皆が危険なのかもしれない。
でも私はまた友達を失うかもしれない。
それでも分からない。
「それに一緒に戦うって。」
一緒にか。
「刹那ちゃん起きないね。」
たった一日で治るようなケガじゃない。
「当たり前よ。あんな化物に勝てる訳がないわ。」
化け物か。
「それでも戦わなきゃ結果なんて分からないよ。」
確かに無意味に負けるかもしれない。
「結果なんて、戦わなくても分かるわよ。」
「死にたいから戦うって言ってるようなものよ。」
戦うのが無意味って言うのはおかしい。
「それは違うっ!!」
「じゃあ、何が違うのよ?」
「む、それは…。」
それは私が知りたいよ。
「今戦いに行くより、刹那ちゃんの心配だけしてなさい!!戦いはその後でも良いでしょ?」
「……分かったよ。」
私はベッドに寝かされた刹那の服を捲った。
「やっぱり、刹那ちゃんの怪我が酷過ぎる。」
明らかに傷の治りが遅い。
いや、これは…。
「そもそも回復なんかしてないじゃんっ!!」
傷口は塞がらずに、どんどん広がっていく。
「魔女の呪いよ。」
「ここの魔法使いがどれだけ腕が良いとは言え、解呪は難しいわ。」
解呪と回復は全く違うモノなんだろう。
「ただ死を待つだけ。この子は一週間後には死ぬわよ。」
刹那も居なくなるの?
誰かが死ぬのはもう嫌だ。
だったら、やるべき事は決まってる。
「助けて見せる。」
「助ける?死にかけたくせに?」
「それでもやるしかないんだ。」
「私は力がないかもしれない。ううん、ないんだ。」
分かってる。
「力のない人間は足掻くしかないのよ。」
分かってるはずだった。
「それでもやるの?」
「誰かが死ぬのが凄く怖い。」
何か方法があるはずだ。
「薬草…。」
「薬を作るにしても、呪いの種類が分からないと無理よ。」
「やっぱり助けてくれるんだよね。」
「味方……いや、友達だから当たり前よ。」
「私に出来る事なら何でもするわよ?」
「じゃあ、刹那ちゃんの横で見守ってあげて欲しい。」
「分かった。でも貴女はどうするのよ?」
「解呪の薬でも作るよ。」
私は刹那の頭を軽く撫でる。
複製魔法で呪いを複製すれば、どんな呪いか分かるかもしれない。
私は自分自身に刹那と同じ呪いをかけた。