49. 加純さん、ユーチューブで能楽を鑑賞する。
『渚と空のミュージアム』11月展に出品した、もう一枚のイラスト。
「紅葉狩り」の制作ウラ話。
(めずらしく)写メをたくさん撮ったので、画像多めでお送りいたします!
秋といえば、紅葉。
――と単純に紅葉を描くことにしたのですが。案の定、ドツボにハマった……。
『渚と空のミュージアム』11月展、もう一枚はマオで「紅葉」を描くことに決めていました。
11月展はありがたくももったいなくもわたしの絵がメインになる回で、BGMもそれにあわせて制作してくださるとのこと。なんという贅沢でしょう! こんな幸運、もう巡ってくることはないでしょう。(←もちろんウェルカム!)
そこで事前にどんなイラストを描く予定なのか、打診がきていました。わたしのイラストが出来上がるのを待ってから楽曲制作――なんて悠長なことをいっていたら、公開は来年の秋……なんてことになりかねませんものね。よくわかっていらっしゃいます、主催者様。
――なにせ、自慢できるほどの遅筆ですもの。
前回も申しましたが、こちらの展覧会。出品する作品には加純さんが独自に決めたルールがありまして、それが『「テスクリ」で春夏秋冬』。
大事なことだから、もう一回。加純さんオンリーの特別ルールですからね。これ。
これまでのラインナップは、
5月展が「Primavera」でタイトルどおり春。テス。
6月展が「テスのマッドティーパーティー」初夏。オールスターズ。総勢16名。
8月展が「幻想・夜陰夜会」ゴシックロマン風の絵柄で、一応夏。テスとマオ。(←この後描いたテスとクリスタの水着姿の絵ならばもっと「夏」だったのに……とちょっと後悔している)
そして11月展になるのですが、ここはもう秋ですよね。秋しかありません。
実は12月展にはクリスタが控えているので、ここはマオを持ってきたかったのです。それともうひとつ、春の「Primavera」と対になるような作品にしたいという、小さな野望がありました。そうすると、春、秋、冬が揃うんですもの。
え、夏? 夏は……ごにょごにょ。
テスが「春の女神フローラ」(←十二単着てるけど!)で、クリスタが「雪の女王」。では、マオは?
やっぱりマオには着物を着せたいんですよ。それも、思い切って能装束。あの唐織りの着物の豪華さと美しさは、本当に目映い。『井筒』『野宮』『道成寺』、男装の麗人『巴御前』ってのも似合いそう。『定家』の式子内親王とか『葵』の六条御息所も捨てがたい。
いや、幽玄を狙って縫箔の腰巻きに長絹、宝冠をかぶって天女様。
(そうね、天女様。羽衣の天女様!)
――と思ったのですが。三保の松原に伝わる天女伝説。調べたのですが『羽衣』の季節は春でした。でも人気のある演目なので、季節にかかわらずプログラムには上がるようですし、このお話の舞台静岡県の三保の松原では「三保羽衣薪能」が催されるそうですが、今年(2021年)は10月に開催されています。だから押し通しちゃえば、それでも良かったのでしょうが――。
でも。能楽で秋にふさわしい演目と言ったら、もっとピッタリなものがあるんですよ。
『紅葉狩』
もうタイトルからして、秋。間違いなく秋。
これも美女が出てきます。鹿狩りをしようという武士の一行が、山中で紅葉を愛でようと宴を催している美しい女たちにであうのですが、実は……。という、ちょっとスペクタクルな展開の演目。これで行きましょう。
早速、資料を集め始めたのですが。
衣裳が、わからない。あ、いえ。グー〇ル先生に伺ったら、速攻でいろいろな参考資料写真は出てきたんですよ。さすが、です。でもね、その衣裳の細部とか、着付けがわからない。
そこ、必要? だいたいのカタチがわかればいいんじゃない?
そう思うでしょ。それで描ける神絵師様なら良いのですが、凡才は理解できないと描けないのです。これでも一応着物の着付けはそれなりにお勉強した(←遠~~い昔ですが)ので、ある程度は予想できるのですが、能の衣裳となるとまた違うようです。
「装束」ですから。
男性役や神様鬼神などが身につける狩衣、直衣、指貫……あたりは平安貴族の衣裳なので参考資料本が手元にあるのですが、ごわごわとした大仰な袴、大口ってどうなっているの? 能独特の衣裳である舞衣とか水衣って……?
本屋さんで能を紹介する本を探しても、衣裳の形態や着付けのこととなると、そこまで詳しく記載がありません。どうやって着付けるのかよりも、装束を着けるとかなり(不自由で)苦しい――と云う話になっちゃう。
それは、見れば理解できますよ。ガチガチに型を作ってますもの。ソレジャナクテ……。
で、再びお世話になる〇ーグル先生。見つけました、ユーチューブ動画。能楽師の方が着付けの説明しているよ!
演目による衣裳の違いとか、衣裳の造形、着付けの仕方。鬘帯から鬘の付け方まで。丁寧に、わかりやすく説明をしてくださっています。動画だから、着付けの手順とか、写真じゃわからない角度からの画とかも。
これです、これ! 図書館で専門書を探す手間が省けました。なんて便利で、ありがたい時代になったのでしょう!
衣裳や着付け、流派によって多少の違いはあるようですが、そこは、なんとかする。
夜中に感涙しながら、メモりましたわ。ありがとうございました。おかげさまで、さわりだけでも理解できました。
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とにかく、ラフ画。でもね。加純さん、歌舞伎は観劇したことあるのですが、お能はTVでしか観たことがなくて『紅葉狩』もあらすじぐらいしか知らない。今から(といっても9月中旬)講演探して……なんていっていられない。(←本心は観劇したいのよ)
仕方ないのでネットで探した『紅葉狩』の情報から、そこに添付された写真を並べて脳内で構成、それっぽく描いてみました!
アレンジ上等、よ!! (能楽関係者の皆様。許してね~)
ラフ画をもう少しきれいにした、下書き。少し厚みのある紙に描く予定なので、シャーペンの細い線ではわかりづらい。そこでトレース時に主線がわかりやすいように、簡単にミリペンで描き起こしてあります。
次がペン入れしたもの。
コピックライナーのセピア色(紅葉)とウォームグレー色(人物)を使用。ミューズコットンF4のスケッチブックの紙面に、A4サイズの枠取りをして描いています。以前はA4のブロック紙も使っていたのですが、それだと四隅が折れちゃったり用紙の端まで描き込むのが大変だったり。なにかと不便を感じていたのですが、この方法ならA4枠の隅まで使いこなせます。
お片付けも簡単。表紙閉じればいいだけですもの、制作中の保管も安心。
ペン入れの際のライナーの色の選定は、気分。自然に手が選んでくれる。でも、たぶん、イラスト全体の色の割合とかイメージとかを、脳内のどこかで計算して割り出しているのだと思います。
この絵は紅葉が主役。だから紅葉の輪郭線の方が濃い目の色で、人物の色は薄めの色。まあ、人物の輪郭線は後からコピックで足すので、薄めにしておいた方がやりやすいということもありますね。
赤やオレンジ系が占めるもみじの葉は、茶系のセピアの方が馴染みやすいだろうし。
う~ん、アバウト。意識しているんだか、いないんだか……。
コピックで彩色開始。
用紙を不用意に汚さないためには左上から(←右利きなので)色を入れていった方がいいのですが、「彩色のプランは出たとこ勝負!」の加純さんは、要から入らないと後の足し引きができないの。それに人物が決まらなかったら、背景の工夫もやりようが無いものね。
そんなわけで、マオの頭部、舞扇、能面から色が入りました。
能面の唇以外は濃いオレンジ色YR09を使っていますが、ここ、ホントは全部「赤」のつもり。朱赤という色ですね。よく神社仏閣に使われている色です。赤よりも鮮やかな雰囲気がありますし、紅葉に溶けそうな色。特に額帯は、舞い散るもみじ葉同様、動きを出したいので軽やかさを感じる色の方がいいでしょ。
能面の髪部分はグレー系の濃い色N7あたりだと思うのですが(←覚えていない)マオの髪はBR29・25・23のグラデ。加純さん的には、この組み合わせが一番黒髪の艶が出るような気がするのでお気に入り。アクセントでB系やG系を差すこともあります。たぶん……。作業中は必死なので、記憶が曖昧。
それにこのイラストを制作していたのは9月の後半。まだ暑さが残る時期でしたから、夏バテ真っ盛りで、記憶が曖昧どころか飛んでいたりする。
わたし、来年の猛暑は越せるのかしら?
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なんとか進みつつあったのですが、着物(上着)の柄をどうしようかという問題が発生。当然唐織の豪華な着物を書く気でいたのですが、ここにごちゃごちゃと描き込んでもいいのだろうか? という疑問が頭の中に浮かんできました。
手前のもみじの邪魔になりそうです。それより白カブりで能面が目立たなくなるわ。そっちの方が問題!
デジタル作画なら「一端トライ」できますが、アナログだと……。だから彩色のプランをあらかじめ決めておけばここで足踏みせずに済むのよ――と云うことになるのですが、それができない性分だから仕方ない。(※前回参照)
加純さんはそこそこギャンブラーらしく、リアルはともかく、イラスト制作は「のるかそるか」のヒリヒリ緊張感が無いとつまらないらしいの。
夏バテの思考回路では一向に回答が出ず。
そこで、一時中断。毎月25日の企画絵の制作に入りました。9月のお題は「本」、描いたのは「思い出の本とラベンダーの香り」。デジタル作画に四苦八苦しつつ、頭の片隅であーだこーだ悩みつつ、合間に資料を集めつつ。
腹田様をお待たせし、企画主催者様にも締め切りを延ばしていただいていることもあり。ともかく月末までには「紅葉狩り」を完成させたいので、デジ画が仕上がる頃には結論を出しました。
柄を変えよう。
予定していたのは白地に細かく秋の花々や草の刺繍、秋草文という柄だったのですが、「紅葉狩り」ですから装束ももみじ柄に統一することにしました。色合いも紅葉っぽくして、周囲と同化するように。これまでの案とは反対に、衣裳は浮き立たせないようにするのです。白地でくっきりとしたコントラストを主張するよりも、同色系の濃淡でまとめた方が奥深く静かな感じがするかも。
同時に、能面も浮き立ちますよね。と、いうことで。
縫箔風のもみじの大柄は色鉛筆、その上からコピックのYR系Y系でグラデを作りました。このグラデはもみじの葉と同調させたいので、マオの頭上の葉を先に色を入れて様子見をしています。
ちなみに上着の下は、繻子にうろこ模様の摺箔(のつもり)。そう見えないのは加純さんの技術の問題。
某人気漫画のキャラもこの模様の羽織を着ていますが、魔除け厄除けの意味があります。ただ能や歌舞伎では少々いわくのある文様となっていますけどね。
アナログ絵なので、もみじは全部手描き手塗り。全部すこーしづつ形が違う。空間を舞い落ちて来るように見えていたら、成功。
葉一枚につき、3色くらい使って、濃色→中間色→薄色とグラデを作っています。隣同士、同じ色が重ならないように。
暑さと手間で、気が遠くなりました。
蛇足だけど、額帯も面の紐も、実際にはこんなに長くはありません。演出で長くしてしまいました。長くして動きを出すことによって、画面右から左へ、もみじの中からマオが抜け出て来た様にも見える?
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後は背景。時間も無いので、必殺技を繰り出します。
時短でいい具合に雰囲気を出すのなら、これ! たらららったら~。
「エアブラシ~!」
コピックでも簡単にこのワザが使えます。エアグリップというお道具。コンプレッサー使用のタイプもありますが、エア管直結タイプのものならば、とってもお手軽。わたしもこのタイプを使っています。
エア管にこんな装置をセットしてコピックを差し込み、上部のボタンを押すだけなのです。コピックを差し替えるだけで、色の交換も簡単に。(※スケッチ、クラシックのみ使用可)
ただ、ちょっとコツが要ります。
使用前には、必ず試し吹きをしてインクの出方を確認しておかないと、恐ろしいことになります。色によっては仕上がりが違ったりすることもあるので、そこも確認。
大変便利な画材コピック。ですが、ひとつ難点があります。それはアルコールインク使用のマーカーという形態上、広範囲を均一に塗るということが難しいのです。どうしても塗りムラが出てきちゃう。かなり頑張っても、カバー範囲が広いとどうしても時間差でムラになるのよ。もちろん技術でそこをクリアしている神絵師様もおいでですが、わたしは無理~~。
でも――ものは考えようで、その色ムラを生かすことだってできるはず。姑息な加純さんは、その色ムラを「味」みたいな顔をして誤魔化すことを覚えました。前回取り上げた「hug」の背景色とか、ね。
エアブラシはあくまでも効果のひとつなので、均一に色を乗せるということは、よほどの技術が無いと出来ません。吹き付ける角度や力の入れ方だとか、手の動かし方だとか。
でも多少のムラができても、それなりに見せることができます。アナログですから、やり直しは効きません。覚悟を決めたら、後は度胸。
この一期一会のそれなりに出会うのが、めちゃ面白かったりするの!
――ってつらつら書いたのですが、お絵描きに縁遠い方は、文章で説明してもピンとこないかもしれません。
そこでやり方を再現してみました。
「紅葉狩り」と同じように、マオのイラストの背景にエアブラシで効果を入れていきます。
インクを空気圧で飛ばすので、散ります。着色したくないところは、あらかじめカバーしておきましょう。
イラストの上に、透明なフィルムシートを貼り付けました。裏面に軽い粘着性のあるので、ピッタリと貼れます。ピッタリすぎて写真では判別しにくいですが、貼ってあります。(※イラスト保護のために不要になった紙を挟んである)
シートはマオのシルエットに従って、ナイフで切り抜きました。左の色画用紙の上の乗っているのが、切り取られた部分。余った部分は再利用。
このひと手間が大切なの。マスキング液とか透明フィルムシートで保護しておかないと、大丈夫だと思っても、思わぬところにインクが付着している可能性大です。そうそう。絵の周囲にも飛びますからね。そちらのカバーも忘れずに!
用意が整ったら、いよいよスプレー開始。薄い色から……はコピックの鉄則。
左上の色(BG系)を散布しています。
直に塗るより、かなり淡くしか色が乗りません。
2色目を重ねます。
もう少し濃い目の色をアクセントにしましょう。3色目です。
淡いというより、ボヤ~とした印象。なんだかまだピンとこないので、さらにもう一色。
やり過ぎると雰囲気が壊れるので、このあたりで。
マスキングシートを剥がしたところ。
カバーしていたマオの上にはインクは飛んでいません。
この要領で、「紅葉狩り」のイラストにも、背景にエアを掛けていきます。「幽玄」な空気感に包まれているように見えることを祈って。
あとは度胸とタイミング。迷いは禁物。
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エアブラシで背景色を吹き付けた後、ぼやけてしまった輪郭線を描き足したり、ホワイトをいれたりして修正を加えます。バランスをみて、これでいいかなぁ~と思ったら、
完成!!
目標だった「幽玄」とか「豪華」に辿り着けたかどうかは皆様の評価にお任せするとして、辛うじて予定どおり9月末までには完成させました。
とにかく、ホッ。
脱力~~。
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数日後、加純さんはユーチューブ動画で能楽『紅葉狩』をのどかな心で鑑賞したのでした。
めでたし、めでたし。
✩絵×文章×音楽!
創作展覧会『渚と空のミュージアム』11月展
10名のクリエイターによる、WEB上の展覧会です。どうぞ、足をお運びください。
――次回は。お待たせいたしました、『イラスト交換企画』の続き。
イラスト完成までお送りいたし(←予定)ます。お楽しみに!