41. 加純さん、ラインで娘にSOSを打つ。
また、やってしまいました……。
アナログ絵描きが怖いもの。
それは使用中の画材が途中でいきなり残量切れになること。そろそろ準備しておかなくちゃと思っていても、ストックを用意していないことが多いのよね。画材店に行きそびれちゃうとか、発注漏れとか。ケロッと忘れちゃうことも多くなったし。
おまけに用意していないものに限って、いきなり使用不能。つまり制作中断せざるを得ない状況になるのよね。どんなに筆が乗っていても、それがないのでは描きようがないわ。
あるある、です。分かっているのに同じ落とし穴に落ちるのね。なぜ!?
ツイッター企画「12ヶ月の小品集より」 お題は「出会い」。
前回の続きです。
お気づきになった方も多いと思いますが。完成画とペン入れ終了時の画、違うところがあります。細かい違いもありますが、なんといっても、まず目につくのは「背景真っ白!」ですよね。
てへ!
実は、この時点では、背景(バック)になにを描こうか、ぼんやりとしか考えていませんでした。
ほら、前景があのように賑々しい構図で(←誰のせいだか…)彩色後どんな雰囲気に仕上がるのかおぼろげにしか予想がつかなかったので、背景をどう処理したものか判断できなかったのです。行き当たりばったりで描いていくからこういう弊害が出てくるのですが、ここで挫けるわけにはいきません。
妙案が浮かばないのならば、背景の処理は一旦保留で。手を付けられるところから、先へ進む。
(ここからしばらくは彩色の話になりますが、構図の構成と無関係ではないので興味のある方はお付き合いください)
彩色は中心人物であるテスから。
さすがにテスだけは使う色を決めてありました。元々テスは白い肌にプラチナブロンド、薄青の瞳という、ビジュアル的に映える設定にしてあります。ここに瞳の色に合わせて、青色のドレスを着せます。
加えて彼女はアリス役です。(なぜアリス役なのはか、申し訳ないのですが本編をお読みください)
アリスは長い金髪で青いピナフォアと呼ばれるエプロンドレスを着ているイメージがあるでしょう。多分にディ〇ニーのアニメ映画の影響もあると思いますが、衣裳デザインの原型はテニエルの描いた挿し絵にあるようです。ただしドレスの色に関しては、完全にディズ〇ー映画の影響だとか。
アリスが金髪の少女という設定もどうやら挿し絵の影響のようですが、その金髪に使う黄色とピナフォアの青色は反対色とか補色とか言われる関係です。デジタル作画をする方は、作画画面のツールパレットにある、カラーサークルを思い出していただければ納得できるはず。
この対比は美しく見栄えがします。そして、目を引くのですよ。
ピナフォア姿 (モデルは幼少期のテス)
とにかく主人公を目立たせたい! という思惑のある加純さんとしては、ここは青色をチョイスしておくのがベストだと思いませんか。
でも全部青(寒色)系でまとめるとクールな印象になってしまうので、チョーカーに付けられたチャームだけ赤色にしてアクセントに。
そして、もう一工夫。テスに使った「青色(コピックでいうとB系)」を他には使わないことにしました。テスの周囲(ケーキスタンドの上)を暖色系トーンでまとめて、その中で彼女の瞳とドレスだけ青色だったら絶対目を引くでしょ。
なので中段のお皿の上は、花びらの縁が朱赤色のばらや赤いさくらんぼ、マカロンもピンク(フランボワーズ味でしょうか?)茶色のチョコレートなどが並ぶことになりました。手前の白い花も、淡いオレンジ系の色で影を付けています。
ご存じのとおり、わたしがカラーイラストを描くときはコピックを使います。そのコピックの教本を読むと、「彩色の際は、色は薄い淡い色合いから塗っていきましょう」とあります。
これはコピックに限らず、後から色を重ねても後から塗った色が引き立つように明るい色、薄い色から塗っていくのが定石。濃い色を先に塗ってしまうと、後から薄い色を塗っても下の色が透けて見えたり、下の色と混ざって濁った色になってしまいます。
加純さんも大抵の場合は淡い色から塗っていくのですが、今回はここでいきなり最も重くて濃い色を塗ることにしました。だってこの濃い色が決まらないと、どうにも落ち着かなくて。
というわけで。二番目に手を付けたのはマオ。
淡い色合いのテスと対照的に髪も衣裳も黒という、一歩間違えるとこの絵の雰囲気をぶち壊しちゃいそうな、実に難しい配色です。でも彼には黒をビシッと決めて欲しいですよね。
この頃にはクリスタいる上段の配色はほぼ決めていたので、ならば不安要素の高いマオの方から先に色を彩色てしまおうかと。色のバランスが崩れたら、(テスを挟んで対角線上にいる)クリスタの方で補修――ってことも出来ますし。精神的余裕を確保しておくのって、大事!
で。マオは黒髪、黒服の設定ですが、コピックの黒(100、110)では黒が強すぎて、絵全体のバランスが崩れてしまいます。有彩色のしかもパステルやスモーキー等のファジィな色合いの中に、光を通さない強烈な色があるのって、わたしの眼には異質に見えてチグハグな印象に写るのですよ。
そこで代用するのが、BV(ブルーバイオレット)系やグレー系の濃色。黒でなくても、黒く見えればいいのです。明度の薄い同色系と組み合わせて、髪の毛の光沢を表現したり、フロックコートの色を塗っていきます。
髪の毛の細部は水彩毛筆ペン、極細タイプを使用。ミリペンの方が線の太さは安定するのですが、加純さん的には髪の毛を描くときは筆ペンの方が気分的にしっくりくるので、根性で筆ペンを使っています。(←お勧めはしません)
原画だとキャラの顔は2センチ弱の大きさです。拡大鏡を使っても、かなり細かい作業を強いられるのが……(泣)
同時に下段のメリルにも色を入れていきます。
彼女もふんわりとしたイメージのお嬢様なので、テスと被らないように注意が必要。ストロベリーブロンドにヘイゼル色の瞳。赤味の強い金髪ではありますが、わたしが彩色する際は、思い切ってピンク寄りのラベンダー色を塗ってしまいます。こうすれば、テスのブロンド、クリスタの赤味の強いダークブラウン、マオの黒髪と4人のキャラがひと目で区別がつきますよね。
中段のテスで朱赤を使ったので、下段の花には赤を使いません。メリルのイメージに合わせピンク、紫系の色をチョイスしました。それだけだと彼女の髪の色と被ってしまうので、彼女の後ろにはオレンジ系やクリーム色の大輪のばらを。ここに濃色を持ってきちゃうと、画面が暗くなりそうでしょ?
でも淡色ばかりでボケた印象にならないように、シュークリームのエディブルフラワーは赤にしました。
ところで、マオとメリルを同時進行で進めたのには訳があります。時間が無いのも大きな要因なのですが、やっぱり色のバランスがどうなるか不安だったんです。
まわりは有彩色が溢れているのに、彼だけ無彩色系の色をまとっているので、どうしても浮いてしまうのですね。それは下書きの段階から予測がついていたことでしたから、対策は立てていました。それを実行に移すために、下段のメリル周辺(画面向かって右側)を先に彩色。絵全体の最下段に当たる手前のマカロンやさくらんぼの色目は、二段目に並べたものより少し重くしてあります。左右のバランスを取ると共に、例の二等辺三角形の構図の底辺になるので。濃い色目の方が、安定感が増すからです。
さらに人の眼は暗いところより明るいところへ引き寄せられる習性があるので、視線をテスの方へ向けてくれないかなぁ~という期待も込めて。
姑息な小細工の手を止める事なく、その一方で、頭の中はマオのコートの裾部分の配色をどうするか考えていました。そう、あれって、ユニークを狙ったデザインではなく、テスを目立たせる計画のひとつだったのよ!
今回の絵は、黒(実際には濃い灰色)の面積が大きいと、どうしてもバランスが崩れる。悪目立ちする。でもマオには黒を着せたい。
そこで考えたのが、面積を少なめにするということ。フロックコートの裾に大胆な柄を入れてみたり、長い黒髪の毛をまとめてみたり。白い手袋や折り返した袖口にも左右違った柄を入れたりして、それとなく(!?)面積最小化を図りました。併せて周りの色との調和も計算していたんです。
「もしもフロックコートが真っ黒だったら(……テスが霞む)」
余談ですが、裾の柄の元案はハートの女王のドレスの柄。ですが色を入れているときに、ふと思ったのですよ。わたしの彩色の組み合わせって着物のそれみたいだなぁ、って。
となれば、マオも日系の血を引く設定だしここはもっと遊んでもいいのでは? と暴走が始まる加純さんで、さりげなく和柄も入っていたりして。おかげで本家とは違った趣きに様変わりしています。(←調和はどこへ行った!?)
黒って魅力的な色ですが、使い方は難しいです。
ここまで事故も失敗もなく来ることが出来ました。「リテイク怖い」の加純さん。よしよしと、気をよくしたままクリスタの彩色に移ります。
クリスタのバックにある大輪のばらは黄色(YとYR)系と決まっていました。タルトやマドレーヌ(E系)と、上段は同色系の組み合わせ。実はこれもテスを目立たせる小細工の一端。
だって、普通に観たら、絶対クリスタの方に目が行っちゃうんですもの。目立つところにいるし、彼女の方が画面を占める面積広いし、ポージングも派手だし。なので申し訳ないのですが、クリスタを少し目立たなくさせる作戦を発動。それが彼女の肌色と同色系で周りを固める、ということでした。
でもホントに目立たなくなっちゃうと困る(矛盾ばかりだな、この絵)ので、蛍光色みたいなイエローグリーンのドレスに紫のジャケットを羽織らせたりして。
濃色のV(ヴァイオレット)系にしたのは、左下のマオとの均整を取って。濃色の衣裳をまとった長身のふたりが、上下でテスを挟む構図になりました。
この絵のようにたくさんの色をひとつの画面に収めなければならない場合、わたしはまず全体の印象を暖色系にするか寒色系にするか、絵の大まかなイメージを決めてしまいます。これは絵のテーマが決まっていれば、簡単に決まりますよね。
次にポイントの色を、どうやって目立たせるのか。どこに焦点を持ってくるのか。大抵これは絵の主人公のはずですから、ここも迷うことはありません。
それらを同系色や補色でまとめるか、反対色でインパクトを打ち出すか……。これも絵のテーマに沿えばいいのですから、そんなに悩むことも無いでしょう。とここまで来れば、おのずと配色が決まってきませんか。
あとは色のバランスかなぁ。
でもね。自分の塗りたいように塗るのが一番気持ちいいし、気持ちよく描けることが魅力的な作品への道になるのだと思うのです。少なくとも、わたしはそう思って描いています。
絵師の皆様は、どうお考えなのでしょうか??
ケーキスタンドがほぼ埋まったので、画面の下側を埋める大輪のばらの彩色を始め、順調に塗り進めていたとき――。
事件勃発!
コピックR43のインクが切れた~~~~!!
ひえぇ、まだ赤系の花のグラデーションが残っているんですけどぉぉぉぉ。
まさかここで使用不能になるとは予想外だったので、補充用のインクはありません。どうしましょう。
加純さん、娘にラインを打ちました。
「SOS。コピックのR43を買ってきて」
類似品と間違えないように現物の写真まで添付し、値段も書き添えてお願いしましたとも。梅雨入り前でめまいのひどかったわたしが車を走らせるより、娘に買ってきてもらう方が早いし、安全だと思いまして。
こういう頼み事は、夫より息子より……断然娘の方が頼りになる!
ホント。娘にお絵描きのことをカミングアウトしておいてよかった、と思ったのでした。(←娘はいい迷惑でしょうね。ごめんね、協力ありがとう)
でもね。このトラブルのおかげで、1枚だけ途中経過の写メがあるの。ツイッターでボヤいたときの、貴重な1枚! (←娘にはもっと分かりやすい写メを送りました!)
R43は娘の帰りを待つとして、出来るところは進めておきましょう。
マオの足下、大輪のばらを赤(R系)の濃色で。赤の女王役なので、ここは赤でないと!――と塗ったのち、夕食の支度のために作業は一時中断となりました。
アリスのお話の中で出てきたピナフォア(エプロンドレス)ですが、伝統的に女児や小児の衣服として用いられていました。昔はお洗濯も大変(手洗いだよ!)だったので、簡単にお洗濯ができて乾くエプロンは、子供服には最適だったのでしょうね。
次回も『テスのマッドティーパーティー』のお話。完成に向けてラストスパート。あの空飛ぶティーカップの案がどこから出てきたのか?
まあ加純さんのやることですから、大体予測はつくと思いますけど……。
次回もイラスト満載でお送りしたいと思います。
それでは、また。