29. 加純さん、害獣と戦う。
ちょっとだけ別のお話とリンクしていますが、これは「お絵描きエッセイ」です。
ゴールデンウィークに突入した、穏やかな土曜日の午後。
加純さんは洗濯物を取り込もうとベランダに出ました。この季節、わたしがベランダに出るとき、さらにはそこでの作業中、警戒を怠ることはありません。
そろそろ、あの方がおいでになる季節だからです。
スレンダーなボディには黒と黄色のドレス。長い脚をこれ見よがしにぶら下げて、わたしの目の前を通り過ぎて行く。
そしてちょっと目を離した隙に、あっという間に城を築いてしまう築城の名手。
そう、アシナガバチの女王様です。
庭を飛んでいたお姿は、確認済み。築城予定地を探しているのでしょうか?
ですから、わたしも撃退スプレーを準備しておきました。
木酢液もさりげなく撒いておきました。
巣を掻き落とす為のゴミはさみもスタンバイ。
でも昨年のように、思わぬところでもっと凶悪なスズメバチの女王様とバッタリ出会う可能性もありますから、油断は大敵なのです。
あの黄色いメイクのフェイスは、もう間近でみたいとは思えませんもの。
それだけ注意していたにもかかわらず……
刺されてしまいました。
まさかまさかの洗濯物の中。息子のパンツ(長ズボンの方、ね)に潜んでいようとは!!
チクリという、強烈な痛み。
ブンブンと羽音を立てながら中から飛び出してきたのは、大きなクマバチ。
声も出ないほど驚いたのでした。
…………大丈夫です。
間違いなく、これは「お絵描きエッセイ」です。わたしが書くもうひとつの「害虫駆除エッセイ」ではありません。
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腫れも引いて、悪夢も冷めた5月の半ば、加純さんは害虫ならぬ害獣と向き合うことになりました。
事の起こりは、ツイッター。
とある募集のお知らせが流れてきたのです。
発信人は弐逸 玖様。
弐逸様作品のツイッター宣伝用のイラストを描いてみませんか? と云うものでした。
前々からお名前と作品は存じ上げておりました。これまでも作品の宣伝が流れてくる度に、拝読したいなぁと思っていたのですが、増え続けるブクマの対応に追いつかない加純さんは、なかなかお伺い出来ずにいたのです。
それが、ここでこんな募集を見つけるなんて! 秒速で情報が流れるツイッターの世界では、この出会いはとても貴重で、奇跡みたいなものですよ。
(これは天の啓示かも!?)
と勝手に思い込み、弐逸様作品のイラストを描いてみたいという気持ちが湧き上がったのです。
描きたいといっても、先にも述べましたとおり、加純さんはまだ弐逸様の作品を読んだことがないのです。まずはリサーチに。
募集要項には三作品が記載されており、どの作品のイラストを描くかは絵描きの方で選べるようだったので、早速三作品目を一読させていただきました。
と云っても、短編とあと二作品は長編だったので、長編の方はさわりだけでしたが。
その中で、わたしの絵柄と一番相性が良さそうな作品、文字を追いながら難なくイメージが浮かんできたのが『害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-』だったのです。
https://ncode.syosetu.com/n0478dn/
害虫駆除に毎年苦労しているからでは無いと思いますけど、全く無いとも言い切れない……かな?
どんなお話かとサクッと説明いたせば、タイトル通り「帝国一のモンスター退治屋さんターニャとフェルネンコ害獣駆除事務所の仲間や環境保護に熱心な帝国皇子リンクたちが、現われるモンスターたちを駆除したり保護したり」するのです。
早速、立候補の意思表示をお送りしました。描く気満々なので、こんなキャラデザインまで付けて。
ほら、こちらはよくても、作者様がこの絵柄じゃ「イヤだ!」って場合もありますからね。
アナロク絵であることと、少女漫画タッチ強めであることも、筆が遅いので時間がかかることもきちんと明記しておきました。
履歴書みたい。いや、それより、よくこの絵でパスしたな……。
でもでも、弐逸様とは初めてのコラボになる(←まだOKもらってないってば!)ので、そこはちゃんとお伝えしておかないと失礼ですものね。
実はこの段階で、先にイメージが固まっていたのはサブヒロインのクリシャの方。肝心のヒロイン、ターニャはまだいまいちデザインに迷いがあったのです。
それが伝わっちゃったのか、弐逸様に先に太鼓判をいただいたのはクリシャの方でした。
なにはともあれ、こうして押しかけ絵師が弐逸様の作品のイラストを描くことが決定したのでした。
いきなりキャラデザまで送りつける絵描きに、呆れていたかもしれないけど。
物語を読み進めつつ、第2稿。
まだ主人公ターニャ(左上)のイメージは固まっていません。天才リジェクタでありフェルネンコ女男爵、ざっくばらんで統率力があって強い女性で……、でもまだなにか足りていないって感じですね、この表情。中途半端です。
反対にクリシャは、衣裳まで決定しています。害獣駆除事務所のメンバーでありながら帝国アカデミーモンスター学会所属の博士でもある彼女には、害獣駆除における参謀的な一面を強調してみたくて、あえて一目で学者さんとわかるような格好をさせてみました。
本文中では、害獣駆除のお仕事中にクリシャはこんな格好をしてはいません。これは実用じゃなくて、権威を示す服装ですよね。見るからに動きづらそう。
でも依頼されているのはツイッターの宣伝用のイラストなのですから、キャラの役割が一目でわかるようなものの方がいいと思ったのです。
もうひとり。左下はロミ。同じくフェルネンコ事務所の一員で、ターニャが拾ってきた没落貴族の男の子。こう見えても剣の腕は立つのです。
彼に関しては本文中には外見の描写が無かったので、爵位を剥奪された伯爵家の長男であることやリンク皇子と同じスクールに通っていたこと、ターニャと出会ったいきさつや彼の言動等から、育ちの良さそうな貴族の男の子というイメージで創作し、弐逸様にこんな感じで……とお伺いを立ててみました。
そう。今回細かく創作の過程資料が残っているのは、弐逸様のおかげです。いつもは頭の中で組み立てて適当に描き出しちゃうので、使用前使用後みたいなものしか残っていないのですもの。
そして第三稿。
構図が出来ました。ターニャのイメージがようやく決定。
モンスターを前にした3人。ターニャの振るう『肉切り包丁』のデザインを相談したときのものですね。ターニャの衣裳も出来ています。
第4稿。
例の落書き企画の裏で描いていたのがこの絵です。
第三稿ではコメディタッチで描かれていたモンスター、ブラックアロゥが、幾分写実的になっています。
ブラックアロゥは黒いアリなのですが、6本足の生物が苦手なわたしは、これまで昆虫なんて蝶くらいしか描いたことがない。(しかも着物の模様だから、羽根の模様だけで足ナシ)
でもね、自分でこの構図を考えたのだから、最後まで力及ばずとも、ちゃんとイメージ通り描きたいじゃ無いですか。
しょうが無い(←!?)ネットで調べました。探しました。アリ。
そして、衝撃の事実!!
アリって、ハチ目・スズメバチ上科・アリ科に属する昆虫だったんですね!
でたよ、スズメバチ科! ハチとおんなじ仲間だよ。
確かに。確かに女王様がいて兵隊アリがいる。ピラミッド型の仕組みの上に成り立つ社会性だとか、スタイルのシルエットだとか、そっくりだとは思っていました。
しかも毒針まで持っていて、からだの基本構造はハチと同じだとありました。
ほ~え~!
わたしはハチを描かねばならぬのか!?
去年、心臓が止まるほど怖い思いをした、間近でお顔をご拝謁するハメになった、あのスズメバチですってーーーー!!
クラッときました。
けどね。絵描きの根性って、どこかおかしいのでしょうね。絵の完成のためなら、大っ嫌いな6本足の生物だろうと形態の図解を観ながらせっせと描いちゃうの。
触角のべん節がいくつあるのかだとか、後頭部のカーブの具合だとか、頭盾の下の大顎は左右に分かれているだとか、足は3つの節に別れていて先に爪があるのだとか……。
拡大までして。
絶対に、ばかだよね。
しかし、アリをそのまま描いてもな~んだか迫力が足りない。
モンスターなのですから、もっとインパクトが欲しいと思いませんか? とまで考え始めちゃう。
なにをデフォルメしようかと、特徴の説明やら形態図にアリの種類の写真(6本足がうじゃうじゃ)をあれこれ見たりして……。
はい。第5稿。
スミマセン。ここでいきなりペンどころか、色まで入っています。
いろいろ、写メ撮るのを忘れました。
A4サイズのミューズコットン紙に、コピックライナーのウォームブラウン色0.3ミリと0.5ミリでペン入れをして、コピックのクールグレイとナチュラルグレイでブラックアロゥを塗り終えています。
ブラックアロゥのポージングを少し変え、顔にデフォルメを加えて、凶悪さをプラスしてみました。ヌッと飛び出してきそうな感じ、出ました?
右下に、カエルのモンスター。こちらはツノガエルがモデル。凶悪なアロゥに対し不気味さを。
どっちも苦手だわ~。
彩色をする場合、普通は薄い色から塗っていきます。教本にもそう書いてあります。
たいていの場合はその通りにするのですが、今回はアロゥから塗り始めました。つまり加純さんの中では、この絵の主役は、フェルネンコ事務所の面々ではなくブラックアロゥだったようです。
こいつが決まらなかったら、この絵は無い! だったのかもしれません。
ここまで塗り終わった地点で、ようやく撮影を忘れたことに気がつきました。
コピックに限らず、また画材の特性にもよりますが、塗った色が乾かないうちに次の色を重ねていくという手法がありまして、そうやって色の濃淡やぼかし、階調を作っていくので、途中で手を止めて写メを撮る――なんて余裕がないのです。(←わたしだけ?)
第6稿。
ヒロインのターニャに色が入りました。
ブラックアロゥVSターニャ――の図式完成?
実はここでクリシャとロミの色指定の相談を弐逸様としました。(こんな中途半端な姿を公開しちゃってごめんなさい、クリシャ)
特にロミは描写がなかったので、かなり悩んだのです。主人公ターニャを明るめの金髪、クリシャは栗色となったので、ロミは女性陣ふたりと被らない色がいいなと思っていました。
幸いなことに弐逸様がわたしのデザインしたロミを気に入ってくださって、ふわふわな金髪イメージだという意見を出してくださったのですが、次の章でプラチナブロンドのキャラが出てくる予定があります。
金髪キャラの比率が高いと笑っていらっしゃいましたが、絵描きの立場から申しましても、フェルネンコ事務所のメンバーが横並びになった時、似た様な色が並んで「映え」ない。
ウーン、どうしよう。
意見を交換してうちに、ターニャを基準にすると若干暗めの色のイメージがあるという意見をいただきました。
ならばブルネット系のイメージで紫色や緑色を持ってきても面白いかも――となったのですが、ここで大きな落とし穴が待っていた。
ご覧のとおり、3人の後ろには、もう一匹のモンスターがいます。
このカエルのモンスター、作者様のイメージでは蛍光色とかラメの派手派手なんだそうです。確かに極彩色って表記ありました。しかも全身を覆う毒性、悪臭の強い粘膜。
ひええ、このベトベト感をどう表現したらいいの?
蛍光色とラメは、前の人物たちが目立たなくなっちゃいそうだから止めるとして、極彩色のベトベトヌルヌルですよね。
極彩色の肌に、粘膜がドロッと溢れまとわりついている感じ……でもいいかしら?
そうして配色していったら、ロミの髪の色が紫や緑だと人間以外に見えてきちゃったんです。まるで妖精さん?
わたしはまだそこまでペースが追いついていないのですが、後々妖精も出てくるらしいですから、それじゃマズいですよね。
極彩色のモンスターの前で、ロミを「人間の男の子」と違和感なく観てもらうには、やっぱり奇をてらわない髪色だよね……と云うことで、振り出しに戻り色味を抑えた淡い金髪になりました。
同じ金髪でも、ターニャはY系とYR系をミックスした華やかな色使いで。ロミはE系、アクセントにYG系を少しだけ入れた色合いで、並んでも主人公の方が目立つように。
落ち着いたE系の方が彼の瞳の色の深い青紫色も映えますし、品の良さとか頭の良さそうな感じも得られて、こちらの色に変更して正解だったようです。
最後に通行止めのマークを仕上げて――。
お待たせしました。
こちら完成品。
『害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-』 第1章 黒い矢印。
扉絵風イラストでございます。
新しいことにチャレンジ出来て、ちょっと怖かったけど、少しだけステップアップ出来たような気がします。
怖いだとか大変だとか言いつつ、加純さんがこのイラストが描けたのは、なんと言っても物語が面白かったから!
フェルネンコ事務所の面々とブラックアロゥを、絶対描いてみたいって思わせてくださったから。
弐逸 玖様、素敵な出会いと貴重な機会を、誠にありがとうございました。
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茂木 多弥様の企画『あなたの下書きイラストを勝手に仕上げます』というイベントに参加させていただきました。
わたしの描いた下書きイラストを、茂木様がどうお料理してくださるのか、とても楽しみで。
お渡しした下書きは、こちら。
そして茂木様の作品がこちらです。
可愛くてセクシーなテスとクリスタ。
中途半端なわたしの下絵を、丁寧に、愛らしく仕上げてくださいました。ペン先を変えたり、表情に色気を乗せたりと、いろいろ工夫を凝らしてくださったそうです。
ありがとうございました。大切にさせていただきますね。
* * * *
もうひとつ。リメイクを。
檸檬絵郎様の、レモンリメーカーによるクリスタ。
これも素敵でしょ。
自分の絵が絵師様たちのエッセンスによって違った見方が出来るなんて、なんて面白い試みなのでしょう。
こちらもお気に入りの1枚なのです。
檸檬様、ありがとうございました。大切に致します。
さあて次回こそは、童話の登場人物を描かねば!?
次回は、童話の登場人物の後編にしたいと思っています(希望)!