五夜
「では入ってくれ」
俺は本日二度目となるあの部屋へと足を踏み入れる。
中に入ると、そこにはすでにギンガさんがいた。
「おおっ、やっときたな。ほれ、座れ座れ」
ギンガさんに勧められるまま、俺はソファへと腰をかける。
ていうか、俺ってそんなに遅いのかな?
以外と普通だと思うんだけど・・・。
「じゃあ早速・・・と、言いたいところだが、まずはこれを受け取れ」
そう言ってギンガさんが取り出したのは、たった一つの青い石だった。
そのとき、俺はそれを見てピンときた。
「それって、ローザさんのと同じ?」
「同じ、とは言えないが、確かにローザのそれと同じだ」
同じだけど、同じじゃない?
すると、俺のそんな心の声を読み取ったのか、ローザさんが俺に補足をしてくれる。
「実はな。この石には個人のデータを記録できるという機能があるのだ」
「と、いうと?」
「うむ。この石には魔力を保存する性質を持っている。そのため、この石に己の魔力を焼きつけることができるのだ」
それって・・・。
「もう察しはついているとは思うが、これは私のペンダントと同じく、それが本人であるという証明をしてくれる石だ」
「え、でもそれだと、さっきはローザさんのものを使っていたのに何も言われませんでしたけど・・・」
そうなのだ。
俺はローザさんから借りたペンダントを持って図書館へと行った。
そして、俺はそこで受付をしている女性にローザさんのそれを見せた。
すると何の問題もなく図書館への入館を許可されたのだ。
そのときは特に何も考えなかったのだけど、これが自己証明の役割を果たしているというのなら、俺がこれを持っていても意味はないはずなのだ。
それなのに入れた。
なぜだろうか?
「なに、それは簡単なことだ。私はただそれを預けただけ、それも一時的に貸し与えているとも言ったはずだ」
「え、それでも結局意味はないのでは?」
「いや、それは違う。預ける、というのは、持ち主を一時的に変更すること。そして、貸し与えるとは、その一切の権限を譲与するということだ」
なんかわかったようなわからないような・・・。
「つまり、私はシステリア。お前の魔力を拝借して、私のデータに上書きをしただけなのだ」
「そ、それって大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫ではないぞ?」
ダメなのかよ!
「だが、これもシステリアのためだ。とは言え、バレたら少々面倒なのでな。こっそりともう一度上書きするつもりだ。なに、そう心配しなくても大丈夫だ。多分な」
い、いいのか?そんな軽い感じで。
「それでだ、システリア。お前にはこれがただの石ではないというのを理解してもらったのだが・・・。如何せん、それ故に数に限りがあるのだ」
「それって、具体的にどれくらいですか?」
「そうだな・・・恐らくデモナでは百くらいじゃないのか?」
ギンガさんがローザさんの代わりにそう答える。
少なっ。
え、マジで?
そんな稀少なもの貰ってもいいのか?
「じゃ、じゃあ、ちょっとお返ししても・・・」
「「ダメだ」」
手元が震えながらも石を返そうとすると、ギンガさんとローザさんの二人に揃って止められた。
「どうしてですか?」
「それはな・・・まあ、いいから受け取ってくれ」
「ギルド長。申し訳ありませんが、きちんと説明するのも、ギルド長の立派な仕事なのではないのですか?」
ギンガさんもわざわざ話をするのが面倒だったのか、俺にとりあえず石を押しつけようとするが、それをローザさんが高圧的に非難する。
だけど、ここはローザさんに賛成かな。
俺だって詳しい説明の一つはしてほしいと思っているからだ。
「こちらからもお願いします」
「し、仕方ねえな~。そこまで言うならやってやっても・・・わ、わかった。わかったからっ、その剣を早くしまってくれ、頼むから」
ローザさんが怒りを抑えきれずに実力行使に踏み切りそうになったけど、なんとかそれをギンガさんが収めた。
うん、今のは間違いなくギンガさんが悪い。
「ふう~危なかった。それで、これはな・・・」
この人、全く反省する気がないな・・・。
だけど腐ってもここのギルド長だ、話はしっかり聞かないと。
「これはな、ドラゴンの核だ」
「へ?」
今、なんて?
「どうした?」
「いえいえ、そこはギルド長がどうしたって感じなのですが、その辺はどうお考えなのでしょうか?」
またしてもローザさんが怒りを抑えつつそう言い放つ。
「なんだよローザ。別に俺は何も言っていないだろう?」
「何も言わなすぎるんだろうが!」
「ローザさん落ち着いて!というか、ギンガさんも確かにそれだけだとよくわからないですよ!ドラゴンの核とか言われても、こっちはどんな反応をしたらいいのかわからないんですから」
再び仲裁役として俺が二人の間へと滑り込む。
本当に学習しないな、この人たち。
違うか、この場合ギンガさんが、だね。
「そ、そうか?でもドラゴンなんてトカゲと同じもんだろ?説明なんて必要ない・・・」
「ギ・ン・ガ・さ・ん?」
俺は睨みつけるようにしてそう名前を呼ぶ。
どことなくローザさんと似たようなことをしている自覚があったのだけど、誰でもこういう反応になるのだろうなと思ってしまった。
「システリアまで・・・いや、いいんだ。俺が全部悪いんだよな。わかった、ちゃんと説明するさ」
良かった良かった。
これで少なくともこの時間はきちんとしてくれる、と願いたい。
「あのギンガが・・・いや、これはありえない。私は、夢でも見ているのか?」
あれっ?
ローザさん、その反応はちょっとおかしくないか?
「ローザ、さん?」
「はっ、なんだ、システリアか・・・」
いや、なんだとはなんだ。
じゃなくて、今はそんなことより。
「兎も角、早いとこ話を進めませんか?これでは日が暮れてしまいますよ?」
「そうだな。それじゃあ、まずはドラゴンの核についてだが・・・」
以下省略。
「ありがとうございます。おかげでよくわかりました」
口ではそう言うものの、実際は全然感謝などしていない。
いや、普通は感謝しなくてはならないのだろうけど、あまりにも話が長すぎたんだ。
もっとコンパクトにできなかったのかと声を張り上げて言いたいところだけど、ここは我慢だ。
ローザさんの二の舞は絶対にしない。
「それで、この石がドラゴンの核、心臓だというのはわかりました。それと、この石が自己証明の役割だけではなく、このギルドの一員としての証だということも」
簡単に言えばそれだけ。
それをドラゴンの歴史から今に至るまでを聞かされ、ドラゴンついてのことを細々と説明をされた。
話の内容としては、ドラゴンが九割、石についてが残りの一割。
どんだけドラゴン好きなんだよと言いたかった。
でも後々面倒なことになりそうだったからやめておいた。
「いや、まだだ。システリアはドラゴンについて全然理解が足りな」
「はいっ、お茶をお持ちしました。長々と話をされておられるようなので、ギルド長も一旦休憩をされては?」
「おっ、そうだな。それじゃあ、お言葉に甘えて・・・」
そう言って、ギンガさんはお茶の入ったカップを手に取り、それを口へと運ぶ。
俺も少し喉が乾いていたので、カップを手に取ろうと手を伸ばす。
「システリア。お茶の前に果物でもどうだ?おいしいぞ?」
すると突然、ローザさんがそんなことを言いながら果物が入ったバスケットを差し出してくる。
果物・・・確かにおいしそうだ。
ふとギンガさんを見ると、お茶を全て飲み干したのか、空のカップを机に置いているところだった。
再び視線を果物へと戻す。
その際、俺はなんとなしにローザさんの顔を見てしまった。
「ふふっ・・・ふふふ」
「ローザ、さん?」
ローザさんは不適な笑みを浮かべ、やってやったという達成感で満たされていたのだ。
そのとき、不意にドサッという音が聞こえた。
恐る恐るその音の方に目を向けると、そこにはいびきをかいて爆睡するギンガさんの姿があった。
「こ、これって・・・」
「はーはっはっはっ!やってやったぞ!」
ど、どういうこと?
なんでギンガさんは倒れて、どうしてローザさんは笑うんですか・・・?
「ローザさん、これは・・・?」
「なに、そう心配するでない。ただの睡眠薬だ。まあ、これで今日一日目覚めることはないがな」
怖っ!!
なにこっそり睡眠薬入れているんだよ!
てか、俺の分にも入っていたりするのか?
さっきローザさんが然り気無くお茶から遠ざけようとしていたけど・・・。
「それで、この後どうするんです、か?」
「いや、別に何もしない」
「それは、ギンガさんに?それとも、これから?」
「ギンガの奴はこのまま放置で大丈夫だ。問題はシステリア、お前だ」
俺?あ、今日の宿。
「そうでした!実は、今日泊まるところがなくて困っているんですよ!どうしたらいいですか⁉」
俺は必死にそうローザさんへと言う。
ここで、ここでなんとかして宿をっ!
すると、俺のそんな必死さとは反対に、ローザさんはどこか呆れたように。
「はあ・・・やはりそんなことだと思ったぞ」
俺の現状を正確に把握していた。
「どこか宛があるんですか?」
「ないことない、が。システリアのその魔力量ではいささか無理があるな・・・」
「魔力、ですか?」
なぜこんなときに魔力が出てくるんだ?
もしかして、魔力がこの世界では大きな役割を果たしていたりするのだろうか?
「システリア。お前、いったいどこの生まれだ?流石に魔力がなければ宿に泊まれないのは知っていると思うのだが」
「その言い方だと、逆に魔力があれば泊まれるってことですよね?でもなんで魔力なんですか?」
すると、今度は呆れを通り越して無表情になるローザさん。
その後、ゆっくりと口を開いたローザさんは、俺にカルチャーショックがなんたるかを教えてくれることとなった。
「いいか?この世界において、魔力というのは財産そのものだ。例えば、この果物を買うにしても、それに見あった魔力さえ払えば、それを買うことができる。それは宿で泊まるにしても同じことだ」
な、なんだって・・・。
まさかまさかのお金が存在しないという世界。
その代わりに魔力で買い物ができるという世界。
俺、やっと異世界にきたという実感が湧いたよ。
名を改名したときよりも遥かに。
「でも、魔力なんてないですよ?それじゃあ、実質無一文、ということになりますよね?」
「まあ、そうなるな。だが、やはりというべきか、魔力の保有量は人によって大小が異なる。そのため、魔力が少ない者もなかにはいるのだ。そこでだ。この世界には魔石と呼ばれる魔力の結晶石が存在するのだが、それと引き換えに商品を買うこともできるのだ」
へえ~魔石なんてものがあるのか・・・。
って、自分それすら持っていないんですけど。
「すみません。魔石、持っていないです」
「・・・」
俺がそう言った途端、絶句、という表現が適切だろう。
ローザさんはそのまま声も出せずに固まってしまう。
「すまない。私が力になれることはなさそうだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!お願いしますからもっと考えてください!本当に!」
絶対に嫌だぞ!
野宿なんて絶対にだ!
俺はフカフカのベットでしか眠れないんだよ!!
「しかしだな。これから魔石を取りに行くにしても、もう夜だぞ?」
「あ、もうそんな時間なんですね。じゃなくてっ、自分にはそんなの全然問題ありません!」
だって暗闇でも全然見えるし。
なんなら暗い方が昼間よりも見えやすいし。
「いや、そもそもの話、魔物はいったいどうするというのだ?」
魔物?
「魔物ってなんですか?それと、なんでその魔物が話題に?」
俺がそうやって素直に疑問を問うと、ローザさんは信じられないという顔でこちらを見てくる。
すみませんけど、その顔だけはやめてください。
非常に腹が立つので。
「驚いたな。まさかここまで何も知らないとはな。清々しいにもほどがあるというものだ」
全然褒められてないね、これは。
「なんだか今日はしゃべってばかりだな。だが、これもシステリアのためだ。存分に話してやるとしよう」
おおっ!流石はローザさん!って、俺まだ全然この人のこと知らないんだけど。
「まず、魔物というのは魔力を保有する生物のことだ。近辺では、風の魔力と水の魔力を持った魔物が多いな」
「それって、なんか見えない風の刃を飛ばしてきたり、水の弾を撃ってきますか?」
「それだけはわかるのだな。まあ、概ねその通りだ」
マジか。
じゃあ、俺はすでに魔物には遭遇していたということか。
「そして、魔物は必ず大小の差はあれど、その体内に魔石を保有しているのだ」
「うえっ⁉」
マジで⁉
それじゃあ・・・俺が始末したあの鬱陶しい鳥やら犬やらは魔物で、その体内には魔石もあったと・・・。
「どうした?どこが具合でも悪いのか?」
「あ、いえ、別に・・・大丈夫、です」
「そうか?ならいいのだが」
畜生、あの時この知識があったら・・・。
「そして、ここが一番重要なところだ。魔物はな、夜の間はその姿を完全に消すのだ」
「気配、ではなく?」
「そうだ」
ん?それはどこか洞窟とか茂みとかに隠れるということなのか?
「魔物はその種類に関係なく、日が沈むと共にその姿を魔力へと返還し、大気へと溶けて行くのだ」
大気中に?いや、それもう空気だよね?
そんなのどうしようもない・・・。
「あ」
「その様子だと、自分が何を言っていたのかきちんと理解できた、ということだな。これでわかっただろう?今は完全に手詰まりだということを」
そ、そうですね・・・。
いや待て、ということはだ。
俺はやっぱりこのまま野宿コースということに?
嫌だ、それだけは絶対に嫌だ!
大分しつこいようだが、それだけは絶対に嫌だ!
「それで、私から一つ提案がある」
「提案、ですか?」
「そうだ、システリア。今日は私の家に来い」
「え?」
は?なにそれ?
それだとこれまでのやり取り無駄にならないか?
ていうか、最初からそれを言ってくれれば時間を無駄にすることなんてなかっただろうに。
でも・・・それはそれで一安心。
「というわけで、システリア」
「は、はい」
「帰るぞ」
「お、お邪魔します・・・」
こうして、俺はローザさんの家に泊めさせてもらうこととなった。
そして翌日。
「ふあ~うぅ」
気が抜けるようなあくびをしながらも、俺はフカフカのベットから身をおこす。
昨夜はなんて特筆することもなかった。
普通に夕食をとり、風呂に入り、そして寝た、それだけだ。
強いて何か挙げるならば、この世界の料理は大変美味だったということだろうか。
俺はベットから抜け出すと、素早く身仕度を済ませる。
昨日はローザさんから寝間着を貸してもらい、それを着て寝た。
唯一不満があるとすれば、それがやけに女の子ものだったということだ。
まあ、それはさておき。
俺は昨日着ていた衣服を身につける。
しかしなあ、魔法ってのは本当に便利だよね。
たったの数分で洗濯からの乾燥まで終わらせるんだから。
俺はベットのそばに立て掛けてあった黄金色の剣を手に取ると、簡単だけどきれいにした後に部屋を出る。
「おはようございます、ローザさん」
「ああ、おはよう。もう出ていくのか?」
「はい」
「そうか」
俺は今度お礼をするということを伝えると、ローザさんの自宅を出る。
さてと、まずは魔石集めと情報収集の続きからかな。
今回はローザさんやギンガさんに助けてもらったところがある。
だけど、今日からは違う。
ここから、本格的に活動開始だ。
ただ死ぬことだけを求めて、この世界でせいぜい足掻いてやる!
そう意気込みながら、俺はギルドを目指す。
まずは依頼とやらを受けてみるつもりだ。
初の魔石ゲットと、ついでにその報酬も貰うために。
そして、それから驚きと発見を繰り返しつつも、俺は着々とこの世界に適応していった。
小さないざこざから大きな事件までと、いろいろと騒がしくもあり、落ち着かない日々が続いた。
しばらくしてやっと落ち着いた生活が戻った頃には、すでに一月の時が経っていたのだった。
「すみませ~ん」
「はいは~い!って、システリアさん!おかえりなさい」
「これ、今日の分です」
「うわあ~、それにしてもまた多いですね~」
「毎回それ言うんですか?セレスさん」
「え?なんか雰囲気的に言わなきゃダメかな~、なんて」
「なんですかそれっ」
「うふふ、やっぱり、システリアさんって本当に面白いですね」
「そんなからかわないでくださいよ・・・まあ、いいですけど」
「ありがとうございます。じゃあ、これ。今回の報酬ですね」
「どうも。それと明日の」
「依頼ですね。ちゃんと用意して待っておきますから、そう心配しなくてもいいですよ?」
「じゃあ、お願いします。それじゃあ」
「はい。お疲れ様でした」
ふう、これで今日は終わりか。
しかしなあ、もうあれから一ヶ月か~。
それに比べれば、魔石もけっこう集まったもんだ。
ま、ゼロと今を比べるのもおかしな話だけど。
それに、あの頃と比べて俺は変わったと思う。
以前よりもこの世界の知識を蓄え、書物として残されているものなら大体記憶することができた。
富もある程度築いた。
なんなら家も買ったし。
だけど、それ以上に・・・。
「ただいま」
「おかえりなさ~い」
「お、なんだ。今日は帰ってきてたのか?」
「うん。今日は早かった~」
「そうかそうか」
俺は、この世界に楽しみを見つけたのだから。
「それにしても腹が減ったな。クーネはどうだ?」
「わたしもお腹空いた~」
うん、可愛い。
「よし、じゃあ準備するから、手伝ってくれるか?」
「うん」
結構無理矢理に話を進めた気がする。
大丈夫かな~大丈夫かな~?