四夜
「頼む!このとおりだっ・・・!」
「私からも頼む!今日がダメなら明日でもいい!いや、私たちのギルドに入ってくれるのならいつでも大歓迎だ!一度だけでいいのだ!是非とも考えてほしい!」
突然始まった怒濤の勧誘タイム。
わかった、わかったからっ!だからそんなに詰め寄ってこないでくれ!
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!まずは説明をっ、説明をお願いします!!」
俺は詰め寄ってくる二人にそう言って停止を呼びかけた。
「そうだよな、まずは詳しく話をする必要があるよな」
「うむ」
二人は落ち着きを取り戻した。
いやいや、落ち着くの早すぎない?
まあ、落ち着いてくれたのならそれでいいんだけど・・・。
「まず、俺たちが伝えたいことはただ一つ。システリア、お前に俺たちのギルドに加入してほしいんだ」
う〜ん、ギルドかあ・・・。
「それって、何か加入してお得なことでもあるんですか?」
俺がそう言うと、待ってましたとばかりに胸を張りながらローザさんが説明をし始めた。
「よくぞ聞いてくれた!もし私たちのギルドに加入してくれた暁には、この書庫街に存在する三つの図書館、その全ての閲覧条件が免除され」
「加入します」
俺はローザさんの説明を遮るようにしてその意思を伝える。
そんないきなり過ぎる俺の意思表示に驚いたのか、二人はその動きを完全に止める。
それからいつまで経っても微動だにしない二人。
「加入します」
俺が再びその意思を伝えると、二人の時はようやっと動き出す。
止まっていた時を取り戻すかのように、今度は荒れに荒れ狂ってしまうことになるのだけど、俺にはあまりにもそれが騒がしかったため、二人には心を鬼にして拳骨をお見舞いしたのだった。
以上、ここからはその事後報告です。
「「すみませんでした・・・」」
「時と場所は考えてくださいよ・・・。ここは二階、下に響きますよね?自然と他の人の迷惑になるんですから」
「「はい・・・」」
しっかり反省しているようだし、もう大丈夫か。
さてと、俺もギルドに入るからには本格的にいろいろ考えないといけないかな。
まあ、その大半をこの二人から聞き出すんだけど。
「それじゃあ、ギルドについて詳しい説明をお願いします。これからお世話になるのですから、いろいろと知っておきたいんです」
「いいぜ!俺に任せな!」
ギンガさんが無駄に力強くそう答える。
「いえ、ここは私が。そもそも、ギルド長には仕事がまだおありでしたよね?それはいったいどうするのでしょうか?」
ギンガさんに続いてローザさんもその意を示す。
ついでに仕事が残っていることを暴露されるギンガさん。
「う、うるせえな!だいたい、それを言うならお前も部下の訓練に付き合うんだろうが!それも監督としてな!まさかとは思うが、すっぽかしたりしないよな?大事な大事な部下をほったらかすのか?なあ、騎士様?」
「くっ・・・!」
う~ん、どうしようか・・・。
どうやら二人とも予定が入っているようだし、これは後回しにするべきか?
うん、そうしよう。
「話を聞く限りでは、お二人とも何やら予定が詰まっているようですね。とは言え、こっちも図書館でちょっと調べものがしたいと思っていましたので、これでおあいこですね。では、明日またギルドに顔をだしますので、再度ご説明のほどをお願いしても大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・大丈夫、だ」
「ん?ありかとう、ございます」
あれっ、俺なんかおかしかったか?
まあ、言葉遣いがぎこちないのはどうしようもないよね・・・。
敬語なんて大人が使っているのを聞いたことがある、というだけだし、実際に敬語を使うのも今回が初めてだから、何が正しくて何が間違いなのかもわからないのだから。
でもまあ、難なく会話が成立しているところを見ると、あながち間違っているわけでもないのか?
兎も角、今は図書館へと行こう。
こうしてギルドに加入したことで、閲覧条件が解放、つまり重要度の高い情報も閲覧できるようになっているということ、だと思う。
これは今すぐにでも図書館に行かなければ!
「それじゃあ、もう行きますね」
「ちょっと待ってくれ」
俺がこの部屋から出ようと思い、ドアノブに手をかけるや否や、ローザさんがなぜか俺を引き留めてきた。
「なんですか?」
「これを」
そう言ってローザさんが取り出したのは、なんてことのない簡素な造りをした青いペンダントだった。
「これは、なんですか?」
「やはり知らないか。それはギルド共通で扱われている身分証だ。それを見せれば、図書館のほとんどの本を閲覧することができるのだ」
やっぱりあるんだ、身分証。
しかしなあ、まさかそれがペンダントだとは思わないだろう。
でもまあ、身につけることで防犯できるし、オシャレアイテムとしても利用できるとなれば、それほど悪くないのではと思う。
「いいか?それはあくまでも私のものだ。一時的にその使用を許可しているが、やがてその効力は失われてしまうだろう。恐らくもって二時間。その間であれば、図書館の書物を好きなだけ、好きなものを閲覧可能だ。それと念のためにもう一度だけ言わせてもらうが、それは私のものだ。紛失することなく、私に返すようにしてくれ」
やけに念を押してくるね。
それほどこの世界での身分証というのは価値が高いということなのだろう。
「わかりました。必ずお返ししますね。でも、それだともう一度ギルドにこないといけないことになりますよね?それって大丈夫なんですか?その、お二人のご都合的に」
「それについては大丈夫だ。この馬鹿はどうしようもないが、私ならすぐにでも終わる用事だからな」
「おいローザ!てめぇ部下に押し付けるつもりじゃっ!」
「システリア!早く行くのだ!ここで無駄に時間を削る必要はない!さあ、図書館へと行くがいい!」
そう言って必死に俺を急かすローザさんに若干の恐怖を感じつつも。
「それでは失礼します」
一言そう告げてから退出をした。
退出後、俺はローザさんから借りたペンダントを大事に魔納袋にしまった。
それとほぼ同時に聞こえてくる罵倒の数々。
どうやら再び言い争いを始めたようだ。
でも、もういいよね?俺もう疲れたし、図書館でゆっくりと調べものをするかな。
そう思い、俺は二階から一階へと降りる。
すると、そこにいたのはなんと・・・!
「きたっ!」
「あの娘が団長が連れてきたっていう?」
「でもよ。あんまり強そうに見えないけどな・・・」
「バカ野郎っ!あの子を見てわからないのか?」
「そうだぜ!なあっ、兄弟!」
「お前にもわかるか・・・」
「ああ、わかるさ。なぜなら・・・」
「「可愛いから!!」」
ただの変態がいた。
何の罰ゲームなんだ?これは?
ていうか、人多くね?
一階へと続く階段の上で、俺は見渡しながらに状況を把握する。
変態は兎も角、そこには溢れるようにして人がいた。
どこを見ても人、あっちを見ても人、こっちを見ても人。
人混みに酔うということはこういうことか。
数多の視線とその熱気。
そこにいる人々の会話は、声と声が重なって意味不明な騒音と化す。
「うっ・・・!」
ヤバイ・・・。
何がヤバイって、ここの人口密度が高すぎるということだ。
このままじゃ、俺・・・。
「もう無理」
俺は意を決して人混みへと飛び込む。
全速力で、出口まで。
「邪魔」
「え?」
行く手を阻んでいた男の襟を無造作に掴み、そして放り投げる。
「うわあああああっ!」
男は宙を舞い、そのまま人の群れへと突っ込んでいく。
豪快な音を立てて落下する男。
そしてその下敷きになってしまう男たち。
「どういう体しているんだよ・・・」
「人をあんなに軽々しく・・・」
「お前ら!そこでぼさっとしているじゃねえ!」
「「え?」」
「邪魔」
これまた無造作に二人の男を投げ飛ばす。
だって、出口を塞いでいたから。
「「ぎゃあああああっ!」」
絶叫と共に二人の男は宙を舞う。
「くるなあああああっ!」
しかし、そんなことを言ったところで意味はない。
逃げようとしても逃げられないからだ。
なんでって?それは人が多いから。
「ぐぎゃあ」
叫び声も中途半端に、二人の男の下敷きとなってしまう男たち。
しかし、なぜか女性たちは不思議と巻き込まれない。
俺が投げ飛ばした男の落下地点から素早い身のこなしで離脱していたからだ。
というのは、ここに居合わせている女性たち全員がローザさんの指導を受けているからだ。
と、そんなこんなでまたもや被害者が出てしまったけど、これはこれで仕方ないと思う。
こっちもこっちである意味では人生が終わってしまいそうだからだ。
「出口!」
俺はやっとの思いで外へと飛び出す。
「痛っ!」
しかし、脱出することしか頭になかった俺は、出口の先に立つ人影に気づかず、そのまま突っ込んでぶつかってしまった。
ちなみにぶつかっても痛さは感じなかった。
思わず痛いと言ってしまったのは、前世でのクセということで理解してほしい。
「大丈夫?」
そこに立っていたのは、真っ黒な髪に黒い瞳をした少年だった。
質素な服装をしている少年、しかしその奥に眠る力は強大なものだった。
「反応している・・・それも、ギンガさんとは比較にならないくらいに・・・」
「?」
って、違う違う。
「あっ、す、すみません・・・では、し、失礼します・・・」
消え入りそうな声で俺はそう言い、少年の前から去ろうとする。
しかし、ここでなんと思わぬ形で邪魔が入ることになる。
「あんた、誰?」
少年の後ろから気配もなく現れたのは、透き通るような青い髪が特徴的な少女だった。
「ちょっと、なんで君はいつもそんなに女の子を目の敵にするかな・・・」
「だって・・・」
「はあ・・・もういいよ。いつものことだし」
あっ、いつものことなのか。
あれっ、でもそうか。
この青髪の子が突っかかってくるってことは、俺もそれ相応の少女、ということになるのか。
う~ん、やっぱり自分の姿が気になる・・・。
「えと、さっきはその・・・ごめん。ネネも悪気があったわけじゃないだ、と、思う」
「別にいいですよ。気にしてませんから」
「それは良かったです!でも、何かお詫びとかしないといけませんよね?」
「いえっ、こんなことぐらいで態々お詫びなんて・・・。
それに、これくらいのことでお詫びをしていたら、そちらの身が持ちませんよ?」
「え、いや、でも・・・」
「本当に大丈夫ですから、ね?」
「そ、そう・・・ですか。わかりました。なら、今度何か依頼でお困りのようでしたら、僕たちも力になるので是非呼んでください」
「あ、はい、その時がきたらよろしくお願いしますね。すみません、それでは失礼します」
俺は早口になんとか声を絞り出すと、風のようにその場を後にする。
良かった~!無事に生還!
では気を取り直して・・・。
いざ行かん!図書館へ!
「やっぱりないか」
俺はギルドから少し離れた北門の図書館にいた。
後から聞くに、書庫街のど真ん中に位置するという図書館がギルド内にあったそうなのだが、いくら近いとは言え、あの状況では流石に無理があるというもの。
なので、次に機会があればそちらの方にも行ってみたいと思う。
もしかしたらここにはない書物があったりするかもしれないし。
とまあ、そんなこんなあって、今読んでいるのはこの世界の歴史に関する書物だ。
「うん、アトリエについての情報はなし、か。やっぱりあいつが言っていた通りだ」
俺はあの地下から出る少し前、番人のあいつからできる限りのことを教えてもらっていた。
その一つとして、アトリエに関する情報の抹消があったのだ。
つい先程までは全然信じていなかったのだけど、こうして実際にそれが事実だと知ると、アトリエという存在がいかに大きかったことがわかる。
アトリエがまだ生きていた時代。
当時の神々は、アトリエの存在を後世に伝えてはならないとして、その一切の情報を漏らすことなく死んでいった。
現在転生を果たしつつある神々は、そんなアトリエのことを知っている唯一の存在ということになる。
ではなぜ、神々はアトリエの存在を隠したのか。
それは主に下界の民を想ってのことだった。
神というのは天界、雲の上のさらに上、成層圏の辺りに位置する神界と呼ばれる場所に存在する。
しかし、人間の中にはそんな遥か高みに存在しているのにも関わらず、その神々が放つ神気を感じ取れる人間がいたのだ。
そこから天界には神々が存在するということが伝わっていった。
やがて下界の文明が進化していくと、今度は神々と意思の疎通を試みようとする者まで現れた。
実際に現在でも使われている技術なのだけど、心伝という心と心を繋げるシステムがあるそうなのだ。
残念ながら、俺にはちょっと心伝というものについて理解できなかったのだけど、そういう技術があるらしいのだ。
下界の民は、早速この技術を用いて神々と交信を試みたらしい。
結果としては、半分成功で半分失敗だった。
というのも、確かに神々との交信はできた、のだが、肝心の意思の疎通とまではいかなかったのだ。
できたことと言えば、向こうの神々の声を聞けるということだけだった。
こちらの声は残念ながら届かなかったものの、神々はそんな民の様子もしっかり見えていた。
そこで、神々は急遽神託というシステムを作り、民に助言を与えることで人々を導くことにしたのだという。
その後しばらくの時が流れ、ついに神殺しのアトリエが誕生することとなる。
そして、それから十数年後には、すでに神々は滅びの一手を辿ることとなっていた。
時間も残り僅かとなった滅び行く神々は、下界に普及させた神託を使い、後世に擬似的な神を残すことに決めた。
下界の民は神々の存在を疑ってならない。
一部の地域では信仰の対象にまでなっている。
それに、神は存在するだけでその影響を下界へと与えてしまう。
良いことも悪いことも。
しかし、そんな神々がいなくなってしまったら、その後この世界がどうなってしまうのか、それは実に簡単なことだ。
滅びる、ただそれだけだった。
神々はなんとしてでもこの危機を回避するべく、個々の神々の力を少しずつ集め、一体の神を創造した。
それが現在の一柱神となる、ゼクスなのだ。
こうして誕生したゼクスは、全ての神々の神気を纏い、神々なき世界を支える唯一神となった。
ゼクスは下界の混乱を抑えるためにも、定期的に神託を行い、ゼクスが旧神々の役目を全うしているとのことらしい。
まあ、ちょっと長々となってしまったけど、これがこの世界での神々とアトリエ、その歴史なのだ。
「壮大だよね、この世界の歴史って。しかし・・・今更だけどこの世界ってさ、いったいどんな構造をしているんだ?」
というのも、この世界は驚くべくことに三つに別れているのだ。
今俺がいるのは、魔族地デモナ。
そして、妖精地ルミナと妖姫地アミナがある。
詳しい説明はここ、デモナに関してのものしかなかったけど・・・う~ん、なんでだ?
「まあ、でも今はそれだけでもう充分なんだけど」
現状、特別な目的があるわけでもないし、ましてや世界旅行がしたいというわけでもない。
基本的にはここデモナで活動していくつもりだ。
まだまだ知らないことばかり、できないことばかりなのだ。
そんな状況で見知らぬ土地へ行くような馬鹿ではない。
それに、ここには俺の知りたい情報のほとんどが揃っている。
そんな俺にとってまさに理想的な環境だというのに、それを見す見す手放したりはしない。
「今何時だろう?」
見やすく高所に取りつけてある時計に目を向けると、時計の針はちょうど14時の位置を指していた。
ちなみに、この世界の時計は元の世界と全く同じものだった。
過去に転生者が普及させたものだというが・・・。
「もう時間か。今日は歴史の確認と簡単な地理情報だけか。できるなら、もう少し他にも見ておきたかったなあ〜」
例えば、この世界の必要最低限の知識とか。
この世界でのお金事情とか、魔力というものについてもだ。
「まあ、別に明日でもいいか・・・って、俺今日どこに泊まろう・・・?」
ふと俺がそんな絶望的なことを思い出したのと同時に、ローザさんのペンダントが光を持って時間切れを通告してきた。
畜生!これならもっと普通のことを知るべきだった!
でも現実はこれだ。
俺はどんよりと肩を落としつつ、とぼとぼと図書館を出ていった。
俺はとりあえずギルドへと来ていた。
ペンダントを返せと言われたのだから、ここに来て当然だろう。
とは言え、俺の今日はお先が真っ暗なのには変わりないので、ここでいろいろな説明を受けると共に宿を確保できるかどうかを聞いてみるつもりだ。
「よしっ、行こう」
俺は再びギルドの扉を押し開く。
まだ大勢の人がいたらどうしようかと思っていたけど、それはいらない心配だった。
なぜならそこにいたのは。
「やっときたな!では早速ペンダントを返してもらおうか。そして二階へとついてきてほしい。説明の続きだ」
ローザさんただ一人だった。
え、なんで誰もいないんだ?
あの武装集団もいないし、ギルドの顔となる受付嬢さんもいない。
この二時間の間に何が?
「わ、わかり・・・ました?」
俺は戸惑いを隠せずにそう言いつつも、確かにローザさんへとペンダントを返す。
「おおっ!私のペンダント!きちんと返してくれたこと、感謝する。それでは私についてきてくれ」
あ、また上に行くんですね。
このやり取り、今日で二回目なんですけど。
そんなどうでもいいことを考えつつ、俺は再びギルドの二階へと、再びローザさんの後を追うようにして上がっていくのだった。
一日が長いですね。
本当にすみませんね。
次で一日が終わる予定です。多分。