第十六夜
「ここがママのお家・・・!」
「ほら、入って」
目をキラキラさせて我が家を見やるサツイちゃんを引き連れ、俺はやむなしとばかりに帰宅する。
これからどうするか、そればかりを考えていたせいか、俺はある重大なことを見落としてしまっていた。
それは・・・。
「その子は、誰?」
「あ・・・」
それはここの住居人であり、俺の妹でもあるクーネのことだった。
「ママ、この子こそ誰?誰なの?」
「えっと、それは・・・なんというか・・」
やばい!何がやばいって、この状況だと俺はただの浮気者になってしまうということだ。
クーネという存在がありながら、他の子を内緒で家にあげる。
そんなことをしとみろ!
俺はクーネに嫌われるだけでなく、口を聞いてくれなくなるだけでもなく、この家から出て行ってしまうかもしれない。
そうなったら、俺は廃人から一変して世界を滅ぼす魔王になってしまうかもしれない。
それだけは、それだけは絶対に阻止しなければっ!!
「こ、この子はクーネ。私の妹、です・・・」
「妹・・・」
サツイちゃんはポツリとそう呟くと、徐にクーネへとその目を向ける。
クーネはというと、そんなサツイちゃんの目を真剣に見つめること約十秒。
俺としては心臓がバクバクとなり過ぎて死にそうな時間だったのだけど、クーネが目線を逸らし、俺へと向けたことでその時間は終わった。
しかし、その代わりに・・・。
「お姉ちゃんは、クーネのもの。誰にも渡さない」
実に素早い動きで俺の腕に抱きつくと、サツイちゃんに向かって刺々しくそう言い放つ。
「ちょっと、クーネ!?」
突然のことで一瞬、頭の中が真っ白になっていくのだが、そこはサツイちゃんのこともあって踏み止まる。
「違う、違う!ママは、ママはわたしのもの!わたしのものなの!」
すると、クーネに対抗するようにサツイちゃんも俺の腕へと抱きついてくる。
両方から引っ張られる形となり、俺の腕はミシミシと嫌な音を立てる。
「クーネは兎も角!サツイちゃん!腕、腕がもげるっ!」
「クーネのお姉ちゃん!」
「わたしのママ!」
やめて!?
これ以上したらホントに腕が・・・っ!
「ひゃあっ!?」
「あ」
この時、俺は最も恐れていたことが起きてしまったのだということを、サツイちゃんに抱きしめられた腕を見て理解した。
クーネも流石にやり過ぎたと思ったのか、顔を青くさせていた。
そして、サツイちゃんはというと・・・。
「え、え?これは?これ、は?」
先程まであったばずの場所と、自分が抱きしめている腕を交互に見ながら酷く混乱していた。
はあ、もうこうなったら仕方がないか。
だが、事情を説明するにしても、今のサツイちゃんの立ち位置は微妙だ。
俺の素性を話したとして、サツイちゃんがその秘密を守ってくれるとも限らない。
せめて誓約とは言わずとも、クーネのように確実な繋がりが欲しいところだけど・・・。
「サツイちゃん。とりあえずそれ、返してくれる?」
「う、うん・・・」
微かに震えつつも、その腕を返してくれるサツイちゃん。
「ビックリさせてごめんね?ええっと、そうだね・・・まあ、とりあえず少し、お話をしない?」
「・・・」
余程ビックリしたのか、口をパクパクさせるだけで話すこともできない様子だった。
なんとかうなづくことで話に応じるということはわかったのだけど、本当にアトリエの娘なのかと不思議に思ってしまう。
俺には劣るものの、アトリエも欠損した部位の再生は可能なはず。
ならば、例え腕がとれようがどうなろうが、ここまで混乱することはないはずだ。
それとも、アトリエは実の娘にさえもそのことは教えなかったのだろうか?
そもそも、そんな機会が無かったのだろうか?
いや、それはこれから聞けばわかることか。
もっとも、サツイちゃんがそれを話してくれるかはまた別の話になるのだが。
「お姉ちゃん・・・」
「大丈夫。私がなんとかしてみせるから。でも、クーネにも少し協力して欲しいかな。いい?クーネ」
「うん」
さて、ここからが勝負だ。
折角こうして話に応じてくれたのだから、この機を逃す訳にはいかない。
鍵を握るのは、アトリエとサツイちゃんの関係性と、俺自身のことになるだろう。
最早誤魔化せるものでもなくなってきたため、この対談を通してサツイちゃんと仲良くなれればいいのだけど・・・。
「それじゃあ、まずは何から話そうか?」
「・・・」
「ええ・・・うん。ちょっとお茶でも入れてこようかな?確か、お菓子もあったはずだし」
「・・・」
「ちょ、ちょっと待っててね?」
「・・・」
そう言い残すと、お姉ちゃんは台所の方へと行ってしまう。
取り残されたクーネは、自然とサツイっていう子と一緒になる。
なんか、話した方がいい、のかな?
「ねえ」
「・・・」
「聞いてる?」
「・・・」
むぅ、そんなに無視しないで。
「あなたは、お姉ちゃんと、どんな関係なの?」
本音を隠すことなく、正直にそう聞いてみる。
お姉ちゃんのことを、ママって呼んでいた。
スゴく、気になる・・・。
「キミこそ、ママとどんな関係なの?」
「っ!?」
さっきまで何を言っても全く話さなかったのに・・・。
もしかして、クーネのことを気にしてる?
「クーネはお姉ちゃんの妹。血は繋がっていないけど」
「血は、繋がっていない・・・・・・ハハッ」
「?」
「アハハハハハッ!」
「?」
「血は繋がっていなんだ〜?でもでも、わたしは違う?違う!わたしはちゃんと繋がっているんだよ。ママとはどれだけ仲良しなのかは知らないけど、血の絆に勝るものはない!だから、わたしとキミを比べれば、絶対!絶対にママはわたしを選ぶはず!」
む、言わせておけば。
「クーネだって、お姉ちゃんとは毎日一緒。たまにだけど、一緒に寝たり、お風呂に入ったりもしてる。だから、お姉ちゃんはクーネを選ぶ。あなたのものじゃない」
「こ、こいつ〜!」
「あれ?随分と騒がしいけど、これはいったい?」
あ、お姉ちゃんだ。
今にも掴みかかってきそうなサツイを視界の隅に入れながらも、クーネはお姉ちゃんからお茶を受け取る。
ついでにお菓子も。
「ねえ、ママはわたしとこいつ、どっちがいいの?」
「どっちがいいって言われても・・・」
やっぱり、悩んでる。
でも多分、答えは決まってる。
だって、お兄ちゃんはそういう人だから。
「どっちも、かな?でもね、私はどっちかをなんて選べないよ」
うん、お姉ちゃんなら、そう言うと思った。
お姉ちゃんは、みんなを大事にしようとしている。
だから、誰かを選ぶなんてことはできない。
今は、まだ。
「どっちも大切?ママはママじゃないの?」
「それについてもこれから話そうと思うけど、いい?」
「わかった」
ふう、なんとかなった。
これで、お姉ちゃんもお話ができる。
あとは、頑張って。
クーネは、ちょっと休むから。
そうして、クーネは自分の役目は終わったとばかりに、一息つくためにも菓子へと手を伸ばすのだった。
「え、え?え!ママは、実は男!?」
「いや、中身だけね」
俺はついに秘密を明かしていた。
恐らく、いや、確実に問われたであろう俺の正体。
戦っている時も、サツイちゃんはどこか違和感を感じていたようだったので、最初でなくても確実に問われていただろう。
最初はうまくやり過ごそうとしていたのだが、俺が必死にあれこれ手を尽くしたとしても、結局はここに行き着くと判断したからだ。
それに、俺からこうして話すことによって、少しでもサツイちゃんから情報を引き出したかった。
クーネの助けもあって、少し話しやすくなったとは言え油断はできないが。
「本当のママは?」
「わからない。でも、多分ママ、アトリエもこっちに転生していると思う。えっと、神々が転生してきているのは知ってる?」
「それくらいなら知ってるよ〜?ママのおもちゃたちには何度か会ったことがあるから」
「そ、そうなんだ・・・」
なんというか、やっぱり親子って感じ。
大体だけど、この子のことはある程度ならもう理解できた気がする。
「ま、まあ、知っているならいいんだけど・・・。それで、アトリエは神々の転生に合わせてこちらに転生している可能性が高いという話なんだけど」
「ママが!?え、でもでも、ママはどこに?」
「それはまだ、なんとも。でもそれは時間の問題だと思う。アトリエの性格を考えると、ね」
話でしか知らないけど、アトリエはじっとしていることなんて不可能だろうから、きっと大なり小なり行動はしているはずだ。
今はまだでも、必ず表舞台に上がってくるだろう。
だから、こちらから無理に探す必要はないと考えている。
まあ、サツイちゃんがどうかは知らないけど。
「そうなんだ・・・」
「それじゃあ、こっちからも聞いていい?」
「いいよ?」
「えっと、まあ、聞きたいことは山ほどあるけど、まずはこれからのサツイちゃんの立ち位置を把握しておきたいんだよね」
「立ち位置?」
「そう。具体的に言うと、サツイちゃんは敵なのか、それとも味方なのか、ということなんだけど」
さて、これでサツイちゃんがどう答えるのか、それが重要だ。
味方と言われればそれまでだが、敵だと言われた場合は非常に厄介だ。
こんな場所で戦闘など以ての外だし、何よりクーネを巻き込んでしまう。
中立と答えた場合は、今後の方針を突き詰めればなんとかなりそうなんどけどなあ・・・。
「それはもちろん味方だよ?でもでも、それはママを探しだすまでの間」
アトリエを探すまでの間?
それはつまり、アトリエが見つかれば最悪敵対することになる、ということ?
「うん。まあ、今はそれで十分だよ」
ふう、とりあえずはこれで大丈夫なはずだ。
次は、サツイちゃんがどう行動するのかなんだけど。
「あと、もう一つ聞いてもいい?」
「一つなんて言わないで、何個でもいいよ?」
「え、あ、うん、ありがとう・・・」
ついサツイちゃんが友好的に接してきたということに戸惑ってしまった。
だって、さっきまであんなに俺のことを殺そうとしてきたのに、この差はいったいどういうことなのだろうか?
でもそこは慣れるしかないか。
丁度いいし、この機にできるだけ情報は欲しいから。
「じゃ、じゃあとりあえずは一つだけ。えっと、サツイちゃんはこれからどうするの?」
「どうするって?そんなの決まっているよ。わたし、システリアの妹になるつもりだから」
「へあ?」
いやいやいやいやいや。
ちょっと、どういう風の吹き回し?
「そんなの、絶対に許さない」
「そうそう、絶対に許さな・・・え?」
「お姉ちゃんの妹は、一人でいい」
ちょっとクーネ!?
「別にいいんじゃないかな〜?そっちはわたしの動きを把握し易くなるし、わたしも住む場所に困らずに済むし、お互いにウィンウィンな関係じゃないかな〜?うん、そうしよう!ね?いいでしょ?」
エスパーか?
それとも勘が鋭いだけなのか?
どちらにせよ、こちらの思惑が筒抜けになっている以上、俺から言うことはもうなくなってしまった。
まあ、だからといって特別困ることでもないが。
なぜなら、サツイちゃんからの提案は互いにとって魅力的だからだ。
これに乗らない話はない。
だが、しかし・・・。
「住む場所に、困らない?あなた、もしかしてここに住むつもり、なの?」
「何言ってるの?わたしはそうだと言ったはずだよ?」
すると突然、無言でクーネが指先に魔力を集中したと思ったら、ポッとビー玉サイズの火の玉が現れる。
そして、それをなんの躊躇いもなくサツイちゃんに向かって飛ばす。
俺はそんなクーネの行動に顔を青くする。
しかし、俺が一歩を踏み出すよりも早く火の玉はサツイちゃんの元へ。
とは言え、クーネの火の玉には微弱な魔力しか込められていないため、ほんの少しの熱を与えるだけとなっている。
だが、例えそれだけだったとしても俺からすれば大問題だ。
これをきっかけにこれまでの話がなしになるのを恐れたからだ。
「あ」
もうダメだと、心はすでに諦めろと訴える。
また一からやり直し。
しかし、俺のそんな思いは杞憂に終わる。
「あ、そうだ。今日からはお姉ちゃんって呼ばないと・・・。ん?どうしたの?」
なぜなら、当の被害者はというと火の玉を軽く指ですり潰すと、なんでもないかのように話を進めてきたからだ。
え、怒っていないのか?
「ええっと、まあ・・・その、怒ってない?」
「怒る?なんのこと?もしかして、ママの方が良かったとか〜?そうなの?ねえ〜?」
「え?それは全然お姉ちゃんの方がいいけど」
「ちえ〜つまんない」
俺は心の中で一先ず一息つくと、どうしてあんなことをしたのかを聞くためにクーネと向き合う。
まあ、表情からしてサツイちゃんが気に入らなかったから、だろうけど。
クーネは大した反応もせず無関心を通す態度にさらに不機嫌な顔になっていた。
俺の妹になる、の辺りから段々と不機嫌になっていったのが、今はさらにといった感じだ。
これまでクーネは誰かを苦手になることはあっても、嫌がらせをするまでに嫌いになる人物はいなかった。
そのため、こうした新しいクーネの姿を見ることができて嬉しくもある。
だけど、今は・・・。
「クーネ、どうしてあんなことをしたの?」
俺がそう問いかけると、あれまで不機嫌そうだったクーネの表情が途端に明るくなる。
クーネは俺の質問に答えることなく、勢いよく椅子から立ち上がると、サツイちゃんに向かって一言。
「あなたは、今日からお姉ちゃんの妹になる。でも、それと同時にクーネの妹にもなる。だって、あなたはクーネの後に妹になるから。これからはお姉ちゃんとして、クーネが面倒見てあげる。ふふ、せいぜい頑張るといい、クーネの妹さん?」
「ぐぬぬ。なるほど、そうきたの。でもでも、わたしだって負けないから」
そして、なぜかケンカが始まってしまう。
俺は慌ただしくそれを止めに入る。
これからは騒がしくなる、そう思いながら、サツイちゃん改め、サリィは新たに俺の妹として、共に生活することになったのだった。
一ヶ月半ぶりの投稿です。
いやあ〜ホント忙しかったんですよ?
仕事もそうですが、ゲームとかアニメ鑑賞とかで時間とられちゃったりですね?
まあ、ただの言い訳ですけど。
なるべく一週間で一話ずつ投稿しようとは思っているのですが、これがなかなか。
特に趣味としてやっていることもあってか、どうしても自分のペースでやってしまう節があります。
ですが、いつまでもだらだらとしているのもアレなので、少しは頑張って書いていこうかなと思います。




